ep.17『憧憬』⑦
「あっ……!!!」
咄嗟に後方へと跳び、回避を試みる少年。
しかし、先程の蹴りでベルトを落とさせたことが仇となった。
魔狼は後方へと回避した少年を追いかけるように、着地後に再びの跳躍。
そして、その鋭い牙が届いてしまった。
「ぐぁぁぁっっっっ!!!」
魔狼は少年のふくらはぎに噛みついた。
その威力は、肉を刺す牙の痛みだけではない。
下手をすれば骨を砕かれる。右脚を完全に持って行かれる。
恐ろしい確信が少年を襲った。
「わぁぁぁぁぁっっっ!!!」
最早、技と呼べるような整然とした動作ではなかった。
とにかく、力任せに脚を振り回した。
その目的自体は果たせた。魔狼は右脚から牙を放し、そして振り回された勢いで飛ばされた。
しかし、そこまでであった。
無事着地した魔狼に対して、右脚に重傷を負った少年。
これほどの怪我を負った状況でどう戦うか……それを瞬時に判断できるほどの経験など少年には無い。
次に魔狼が攻撃してきたとき、まともに反撃できるような余裕は無かった。
果たして魔狼は、少年に向けて飛びかかってきた。
少年には、魔物を討伐した経験が何度かあった。
この魔狼を倒せる自信もあった。
しかし思い返してみれば、今までの討伐は全て師匠の監督下での戦いであった。
自分一人で戦おうなど、とんでもない思い上がりであった。
魔狼が襲いかかってくる間に、少年の心に後悔がぐるぐると渦巻いた。
また噛みつかれる。今度こそ終わりだ。
そう思った瞬間、少年の耳に声が響いた。
「届いてっっ!!」
少年は右脚に熱を感じた。
出血・痛みによる熱ではない。
優しい温かさを。
そして少年は、飛びかかってくる魔狼に向けて右脚を繰り出した。
負傷しているはずの右脚が、下から突き上げるような美しい直線を描いた。
「ッッ!!??」
魔物は賢い。
怪我をした少年がまともに動けないということも判断できたし、それを前提にした攻撃を仕掛けてきた。
だからこそ、少年の右脚による反撃は全くの予想外であり、不可避であった。
噛みついてボロボロにしたはずの右脚は、すっかりと健やかさを取り戻していた。
「ぎゃぅっっ!!!」
少年の蹴りをモロに喰らった魔狼は、犬と変わらないような呻き声を発して地面に落ちた。
そして、ピクピクと震えている。
絶命こそしていないものの、気絶してしばらく立ち上がれないのは明らかであった。
なんとか死線をくぐり抜けた少年は、ふと足下に気づく。
『届いて』という声とともに脚を包んだ温かさ、その正体。
一輪の白い花が落ちていた。
少年はその花を拾い、ラピアに問いかけた。
「これ……お姉さんが?」
「は、はい……よかったです、無事で……」
問われたラピアは、ほっと胸を撫で下ろしている。
少年の少ない知識でも察することが出来た。
ラピアは近くに咲いていた一輪の花に治癒魔法の力を込めた。そしてそれをダーツのように投げ、少年の怪我を癒したのだ。
その時、森の深くまで聞こえる鐘の音が二人の耳に響いた。
正午を告げる音であり、森に迷った人にとっての道しるべだ。
戦いを無事に終えることができたのだ、という安堵感が二人の胸に沸いてきた。
「そ、そうだ! さっきのはその、応急処置だから、ちゃんと治させてください」
「……わかった」
少年は素直にラピアに従って、噛まれたふくらはぎを診せた。
白魚のような細く柔らかい手に優しく撫でられる感触がこそばゆく、恥ずかしかった。
しかしそれは温かく、安らぎもあった。
「なんていうか、その……お姉さん、すごいヒーラーだったんだね」
「えっ」
恥ずかしさを紛らわすために口走った褒め言葉だったが、それは本音でもあった。
「もう痛みもないし……ちゃんと攻撃も出来たし……」
「それはその、君の基礎体力とか、魔力とかのおかげで回復が早いのもあって……」
つい先程までぶっきらぼうな態度ばかり取っていた少年に、これほどストレートに褒められるとは思ってもいなかった。
ラピアはもじもじと返事をしてしまう。
しかし、嬉しい気持ちは嘘ではなかった。
「あ、あの……私、その、最近自信が無くなってて……」
「え?」
「だからその、君のことはちゃんと治せて、よかったです。ありがとう」
「……お礼いうのはこっちでしょ」
「あっ、あ、そっか、ごめんなさい」
「謝るのも変でしょ」
「あ、あぅ……」
とにもかくにも、治療は完了した。
お目当てのベルトも拾い、後は帰るだけ……というところで少年は気づいた。
「……お姉さん、いつまで座ってるの?」
「じ、実はその、さっき襲われたときにびっくりして、腰が抜けちゃって……」
「それ、治せないの?」
「ご、ごめんなさい」
少年は半ば呆れながら、ラピアに背を向けてしゃがんだ。
「えっと……?」
「僕がおぶって帰るから、掴まって」
「えっ!? でも、その、私の方が少し大きいし」
「鍛錬でお姉さんより重いものを背負って走り回ってるから大丈夫」
「そ、そこまで言うなら……」
どちらにせよ、この森に長居するのが危険な以上選択肢は無いも同然であった。
ラピアは素直に少年に掴まり、おぶってもらった。
ラピアを背負って歩く少年の足取りは安定感があり、確かにこれなら村まで帰るのも大丈夫だろう、とラピアも納得した。
それは納得できたが、やはり恥ずかしい。
年下の子供におぶってもらうのも、男の子におぶってもらうのもラピアには恥ずかしかった。
だからその恥ずかしさを誤魔化すように、そして先程褒められたお返しも込めて、ラピアは少年にお礼を言った。




