ep.17『憧憬』⑥
話を聞いてくれたことに安心したラピアは、ついでにもう一つの提案をする。
「あと、その、帰るときは教会の魔力を探知して帰ろうと、思ってます」
「教会の……?」
「教会は正午に鐘が鳴るから……その鐘と一緒に魔力を出して、私みたいな魔法が使える人間なら、その、森で迷っても大丈夫にしてるから……」
「……あっ」
その反応で察した。
この少年は、帰る時のことを全く考えずに飛び出したらしい。
「……ふふっ」
思わずラピアは笑みをこぼした。
「ご、ごめんなさい……」
笑ったことを怒られるかもと思ったが、少年は自分の考えの足りなさを素直に謝った。
本当は、思ったよりもとっつきやすい子なのかもしれない。
「大丈夫です! その、もしかしたら、あの魔物は私のベルトを落としてるかもしれませんし、早く拾って帰りましょう!」
「……うん」
少年から魔物を倒そうと躍起になっているような空気を感じていたが、足跡を見失った失敗のおかげというべきか、素直に帰ってくれそうだった。
今ならベルトの捜索を一旦諦めて村に引き返す、という提案でも受け入れてもらえるかもしれない。
そう思案しながらも、ラピアは魔力の探知でベルトを探し始める。
近くにあれば儲けもの、遠くにあるならそれを少年に伝えて帰宅の提案をしよう。
ラピアは探知を始めて、すぐにベルトの居場所を掴んだ。
――それと同時に、ラピアの背中を冷たい感覚がゾワリと襲う。
ベルトの居場所は近い。
いや、どんどん近づいてきている。
「あっ、危ない」
「え?」
先程まで落ち着いていたラピアが突然狼狽え始め、少年も困惑する。
「き、来てる!! 気をつけて!!」
ラピアが叫ぶのと、突如として現れた魔狼が彼女に襲いかかったのはほぼ同時であった。
「っっ!!!」
少年は咄嗟に、ラピアに飛びついてそのまま倒れ込んだ。
突然襲いかかってきた魔狼の攻撃は避けることが出来た。
しかし、それで安心できる相手でないことも思い知らされた。
ラピアに言われるまで接近していたことに全く気づけなかった。
足音もろくに立てずに忍び寄っていたのだ。
一人で追っていれば、察知も出来ないうちに殺されていた可能性すらある。
少年が立ち上がり現れた魔狼の方を見ると、黒いベルトをくわえたままであった。
やはり、村に現れたのと同じ個体だ。
追跡に気づき、群に近づかれる前に始末することに決めた……といったところであろうか。
いずれにせよ、明確な害意があることは確かだ。
少年が立ち上がると同時に、攻撃を避けられた魔狼も再攻撃のため体勢を立て直す。
少年は察知する。魔狼が狙っているのは、未だ立ち上がれないままのラピアだ。
魔狼からすれば、馬鹿正直に戦う能力を持った人間とぶつかり合う理由もない。まずは戦えない方から攻めるという選択は当然であった。
まず、この当然の選択を潰さねばならない。
少年は拳を構えると共に、殺気を放った。
「ッ!!?」
その瞬間、ラピアに向けられていた魔狼の害意が全て少年へと向かった。
少年が師事している格闘技における『殺気』とは、漠然とした空気感のことではない。
魔力を放つことで、自分に対する警戒心を強制的に引き上げる技である。
それは、自らが盾となり他者を護るための技だ。
少年は弟子入りの際、強力なダメージを与える技よりも真っ先にこの技の習得を望んだ。
「グルルルルゥゥゥ……」
唸る魔狼は赤い瞳で少年を睨む。
それにしても、魔物にとって魔力を多分に含んだあのベルトは余程魅力的なのだろうか。
少年と対峙するこの状況でも一向に手放す様子がない。
しかしそれは、対決において牙という手段を手放すことでもあり、少年にとっては好都合でもあった。
この好都合が変わらないうちに畳みかける……と少年は考えていたが、やはり魔狼の動きは素早い。
飛びかかってくる魔狼を少年が対応する形となってしまった。
鋭い爪を振りかざす魔狼。完全に回避するのが難しいと判断した少年は、それをいなすことにした。
なるべく爪に接触しないよう、魔狼の攻撃を受け流す形で……。
そして出来た隙に攻撃を加えよう、と考えていた。
少年のこの考えは、半分は成功した。
「ッ!?」
しかし受け流す中で、魔狼の爪が胴着の袖に引っかかった。
爪はその鋭さ故に胴着を切り裂き、少年はこれで怪我をすることもなかった。
だが少年は胴着越しに感じ取った。
爪が鋭いというだけではない、魔狼の膂力の強さ。
静かで、そして素早い動きを可能としている身体能力。
一歩間違えれば胴着ごと持って行かれそうなその衝撃に、少年は受け流すだけでも精一杯で反撃には至らなかった。
ただ、魔狼の隙を突くチャンスはまだある。
飛びかかった後の着地。その瞬間であれば対応が難しいはずだ。
その思考の通り、少年は着地した魔狼の背後から距離を詰め、ガラ空きの腹に蹴りを叩き込んだ。
「らぁっっ!!」
「ぐぁぅッッッ!!」
少年の読みは当たった。
魔狼はものの見事に吹っ飛ばされた。
蹴りの衝撃で、魔狼はくわえていたベルトを落とす。
勝てる、と確信する。
そもそも村で見かけた時から、そう判断したからこそ追いかけてきた敵だ。
吹っ飛ばされた魔狼は木に叩きつけられる。そこを狙ってもう一撃喰らわせよう。
しかし、木に叩きつけられるはずの魔狼は、四つの脚で木に『着地』した。
「!!?」
経験不足から来る慢心。
少年は思い知らされたばかりのはずなのに、侮ってしまった。
魔狼の素早さと静かさを実現させるその膂力を。
魔狼は木を踏み台にして体勢を整え、その勢いのまま少年へと飛びかかった。
少年の蹴り、その威力の分だけ魔狼の動きも素早かった。




