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ep.17『憧憬』⑤

***


 村を訪れた英雄は、一晩休んだ後の午後には出発する予定だ。

 一日目にほとんど会話をしなかったのだから、結局あの青い瞳の少年もどんな子なのかわからないまま村を去っていくのだろう、とラピアは思った。

 そう思いながらも、ラピアはやはり気になった。

 自分よりも小さい――恐らく、10歳かそこらの子供が伝説的な英雄に師事をするのはどんな事情があるのだろうか。

 他のお弟子さんはいないようだし、余程特別扱いなのだろうか。親御さんはどうしているのだろうか。

 気にはなったが、内気な自分がこれを彼から聞くことはないだろうとも思った。


 そして次の日、修道院での仕事を一通り終えたラピアはいつも通り魔道具作りの続きをしようと教会のベンチに赴いた。

 今日もあの子がいるかもしれない……という期待なのか不安なのかわからない気持ちもあったが、予想は外れた。

 ほっとしたような、がっかりしたような気持ちでベンチに座り作業をしていると、ラピアは不意に何かを感じ取った。

 ヒーラーとしての修行を積んだことで育まれた勘とでもいうべきだろうか。

 背中にじわりと冷たい汗が流れるような悪寒に襲われた。

 その嫌な予感を裏付けるように、森に繋がる目の前の茂みがガサっと動いた。


「グルルルルルルゥゥ……」


 うなり声に目を向けてみれば、物音とともに現れたのは黒い毛並みと赤い瞳を持った一頭の魔狼であった。

 サイズは大型犬程度であったが、魔法の修行を重ねてきたラピアには見た目よりも高い危険性が伝わってきた。


「あっ、あぁ……」


 逃げたり助けを呼んだりといった行動を取るべき場面と頭ではわかっていたが、ラピアは竦んで声も出せなかった。

 ラピアの頭の中では『この土地は近いうちに戦闘能力を持っていない人間が安全に住める場所ではなくなってしまう』という情報がずっしりとした重みをもって思い起こされる。

 魔物は賢い。戦闘能力を持った人間がいるこの村は自分達にとって危険だ、ということは承知だから滅多に近寄ることはない。

 赤ん坊の頃からずっとそうだったから、ラピアは油断していたのだ。

 思わず、手に持った革ベルトをぽろっと落としてしまう。


「ガゥッッ!!!」


 魔狼はラピアに向かって飛びかかった……と思いきや、落とした革ベルトをくわえた。

 恐らく、ラピアがベルトに込め続けた強い魔力に反応したのだろう。


「あっ!! そっ、それは……」


 大切なものだから持って行かないで、と声をかけたい気持ちになったが、そんな話が通じるはずがない。

 そしてベルトをくわえた魔狼は、そのまま森へと走り去っていった。

 ラピアはただ、呆然とする他なかった。


「お姉さん!?」


 聞き覚えのある声が耳に響いた。

 昨日の少年だ。どうやら、今日もこの場所で鍛錬をするつもりだったらしい。

 相変わらず白い胴着を着た少年は、ラピアに駆け寄って尋ねる。


「大丈夫!? さっきの魔物は!?」

「わ、私は大丈夫ですけど、魔物がベルトを……どうしよう……」

「……大切なものだったの?」

「はい……一人前になった証で、貴重なもので、もう二年も魔力を込めてたのに……」


 それを聞いた少年は一言、


「わかった」


 と言うと、走り去った魔狼の跡を追うように森へと向かっていった。

 急な判断に唖然としていたラピアは少し遅れて、


「ま、待ってください!!」


 と、少年を追いかけた。


***


 森は危険だが、しかし入れば100%魔物と出くわすわけでもない。

 予想外の魔物と会わないように……と願いながら、ラピアは少年の後をついていった。

 ついていきながら、本当は森へ入る前に言うべきだった言葉が頭に浮かぶ。


「あ、あの……」

「何」

「あのベルトのことは諦めるから、その……大丈夫だから……」

「一度人里に降りた魔物はまた同じことをするかもしれないし、関係ないよ」

「あ、うん……」


 そうラピアが返すと、また二人とも黙って森を進む。

 進んでいる間に、ラピアの頭には様々な考えがグルグルと巡る。

 勝手に森に入らず、マザーとかこの子のお師匠様とか、大人の人に相談するべきだった。

今からでも引き返して大人の人に話すべきだ。

 でも、自分がそう提案してもこの子はきっと一人で突き進んでしまうに違いない。

 だったらやっぱり、自分もついて行くべきだろうか。

 でも、一人でも戻って話した方が無難な気も……。

 まとまらない思考を続けていくうちに、どんどん二人で森の奥へと突き進んでしまう。

 突き進んでいたのに、少年が突然ぴたっと足を止めた。


「……どうしたんですか?」

「……足跡が、見えなくなった」


 少年の言う通り、雑草や落ち葉があろうとはっきり見て取れた魔物の足跡が、突然ぱったりと消えてしまっていた。

 魔物は追跡を逃れるために足跡を残さない歩き方をすることがある、とはラピアも聞いたことはあった。


「どうしよう、師匠はどうしてたかな、こういう時……」


 ひたすら強気だった少年は、不測の事態に突然おろおろと狼狽え始める。

 しかしその姿を見て、ラピアは少し安心してしまった。

 本気で不安になっている子を見て思うことではないかもしれないが、人を寄せ付けない態度をとり続けていた少年に年相応の子供っぽい面を感じて和むような気持ちになってしまったのだ。


「あ、あの……大丈夫、と思います」

「大丈夫って、なんで?」

「えっと、あの魔物がくわえたベルト、あれには私の魔力が沢山込められていて、それで、あの魔物が持って行ったのもそれが理由だと思うんですけど、私の魔力だから頑張れば探知できると思って……」


 ラピアの話を聞いた少年は、出会ってから一番の素直さで、


「……わかった」


 と答えた。

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