ep.17『憧憬』③
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教会に拾われた孤児であるラピアは名字として村の名前を与えられ、修道女として育った。
ラピアを拾ったこの村に限った話ではないが、教会はただ神に祈りを捧げる場所ではなく、冠婚葬祭や教育、そして魔物や犯罪からの警護など様々な機能を請け負う施設だ。
病気・怪我の治療も重要な役割の一つであり、修道女であれば治癒魔法を学ぶのは当然のことであった。
ラピアもこのルール通りに育てられた人間の一人であったが、その才能は突出していた。
まだ12の子供であったが、大人達と同じ立場で治療を任されることも何度かあった。
……しかし、才能に恵まれている者ほど挫折を覚えたときのショックも大きい。
ラピアの心に傷をついたのは、思いがけず大きな負傷をした人間が何人もこの村に駆け込んできた時のことだ。
その一団は野草採りのため森を訪れていた。
そう聞くと不用心と思われるかもしれないが、一団は土地勘もあればそこそこ腕の立つ人間もメンバーにおり、一年ほど前であれば安全に過ごせるだけの備えはしてあった。
しかし、魔物の凶暴化は予想以上に急激であった。一団の中には、瀕死状態の負傷者さえもいた。
ただでさえ負傷者が増えてきた時期に追い打ちをかけるような事態。
ラピアがこの地で育って12年、これほど張りつめた空気に包まれたことはなかった。
そんな人手不足の状況で、ラピアも当然ヒーラーとして駆り出された。
しかし、疲労が溜まっていたせいだろうか。
ラピアはミスをした。
怪我人が受けた毒に気がつかず、外傷のみを治してしまったのだ。
他の修道女が気づいたおかげで難を逃れたが、危うく患者を死なせてしまうところであった。
この一件があって以来、ラピアは治療という行為に怯えを感じるようになってしまった。
また、この村の放棄が決まったのもその一件の後だった。
当然のことながら、村というコミュニティを維持するには様々な人間が必要となる。
しかし、この土地は近いうちに戦闘能力を持っていない人間が安全に住める場所ではなくなってしまう、という判断が下されたのだ。
国に嘆願した交通制限も通る見込みで、負傷者のために村を営む必要性も低下する。
村民は別の土地に移住し、その代わり近隣の街からパトロールを出す。そして、救護や避難などのために教会だけは維持する……という方針だ。
仕方のない判断であったが、故郷を失うこととなったラピアの胸は痛んだ。
家族だと思っていた修道院の仲間達もバラバラになってしまう。
両親の顔すら知らないラピアにとっては人一倍辛いことだった。
そして、ラピアはどうしても自分を責めてしまう。
もしも自分にもっと実力があれば、この村を放棄せずに済んだのでは……と。
客観的に考えればラピアには一切責任の無いことではあったが、幼いラピアはそのように考えられなかった。
元々内気だったラピアは、こういった苦悩でますます塞ぎ込みがちになってしまった。
仕事のない時はただ黙々と、修行の一環である魔道具の作成に打ち込んだ。
黒い革ベルトに圧縮した魔力を少しずつ込める。加減を間違えればベルトは破れ、魔力は抜けていく。
だから治癒魔法の要領でベルトを修復し、そしてまた魔力を込め直す……。
そんな風にしてやり場のない気持ちを抑えていたある日のことだった。
「伝説の英雄が訪れている」と小さな村が大騒ぎになった。
魔王を討伐する戦いに何度も参加して数々の武勇を打ち立てた人間が、たまたま長距離移動の途中でこの村に一晩泊まることになったらしい。
ここ最近暗い雰囲気に包まれていた村に明るいニュースが広まることは、ラピアにとっても素直に嬉しかった。
ただ、戦記については疎かったため、その英雄が訪れる喜びというのは正直なところいまいちピンと来なかった。
なのでいつも通り一人で魔道具作りを進めよう……と考えていたのだが、定位置であるベンチに向かう途中で、司祭であるマザーロネウスに呼び止められた。
「村に来てる英雄様に、お弟子さんがいるの。貴方よりも年下の男の子だから面倒を見てあげてね」
マザーは皺の深く刻まれた顔で優しく微笑みながらそう告げた。
子供同士で遊ぶことが気晴らしになれば……という気遣いがあったことは、大人になってから思い返せば理解できる。
しかし当時のラピアとしては、知らない子供というのはどう接していいかわからない存在だった。
村の住民以外の人間とは、治療という役割を通したコミュニケーションしか取ったことがなかった。
マザーの言いつけだからちゃんと遊ばなきゃいけない。でも急に遊ぶのは緊張するから、いつも通り魔道具作りの修行をして、心を落ち着かせてから……。
ラピアは心の中でそんな言い訳を唱えながら、定位置である教会横のベンチに向かう。
すると、そこに見知らぬ少年がいた。
(わっ……綺麗な子だな……)




