ep.17『憧憬』②
目の前の脅威は去った。
しかし決して、それで安心できる状況ではない。
「ラピアさん!! あの影について何かわかったか!?」
「……あくまで推測ですが、あの影には二つの魔力が入り交じっていました」
「二つ?」
「一つは魔族から放たれる……この前戦った七天将のキルデイルに近いものでした。もう一つは、ヴォルガーくんが解放した……万橡の泉の魔力そのものです」
「!?」
『そのもの』とラピアが断言したことに、ヴォルガーは何かただならぬものを感じずにはいられなかった。
「ヴォルガーくんが寝ている間に、あの水晶を通じて私も万橡の泉の魔力に触れたんです。それと同じでした」
「ラピアさんがそういうなら確かとは思うが……それと魔族の魔力が混ざっていたというのは一体……?」
ラピアは影が作った轍、その目指していた方向を見つめる。
その先……上空に、ぼんやりと映るものがある。
魔王の城だ。
「……まさか、万橡の泉の魔力を魔王城に運んでいた!?」
「ヴォルガーくんが寝ている間に届いた報せですが、ギデオンくん達も七天将を倒していたんです。これで、全滅させることができました」
「なっ!!? それは喜ばしいことだが……しかし、あの影が魔王城に向かっていたとすれば」
ラピアは、こくりと頷く。
「万橡の泉の魔力を奪うという魔王軍の目的……それを果たすための二の矢、だと思います」
外れていてほしい推測だが、ヴォルガーにもすんなりと飲み込めてしまった。
七天将が全滅したからすっぱり諦める、という選択を魔王軍が取る方がそもそも不自然なのだ。
そして、この推測が正しければ、魔力を運ぶ影があの一体だけで終わるはずがない。
「……行くか」
「はい」
ヴォルガーとラピアは、影との戦いで得た情報・推測をクレイオス王国の魔術師に伝えると、魔王城へ向けて出立した。
***
ヴォルガー達の推測は、残念ながら当たっていたようだ。
「らぁッッ!!」
ヴォルガーは街での戦いと同様、薙払うように影を蹴る。
ラピアに分解された影は、ヴォルガーの打撃によって霧散した。
街を出てから、これで二体目だった。
そしてラピアの解析によれば、それぞれ別の『万橡の泉』から魔力を運んできたというのだ。
やはり、魔王軍による計画はまだ続いている。
この状況であれば、勇者ギデオン達も魔王城へ向かっているに違いない。
一刻も早く決着をつける必要があった。
焦りと緊張感は高まる一方であったが、こんな状況でも落ち着きを忘れてはならない。
ヴォルガーは鬱蒼と茂る森の高い樹を登り、空高く鎮座する魔王城の位置を再確認する。
自分達の進んでいる方向は間違っていないらしい、とわかったところで、ヴォルガーは別のものも見つけた。
背の高い鐘楼。
明らかに、教会がある証であった。
「ラピアさん、丁度いいところに教会があった。あそこで休ませてもらおう」
その言葉を聞いたラピアは、不意にびくっと体を震わせて、そして言葉を紡いだ。
「……休むのはいいですけど、多分あの村に人はいませんよ」
「……どういうことだ?」
ラピアが何を知っているのか、どんな事情があるのか。
量りかねたヴォルガーは素直に尋ねた。
「あの村……パイエルオン村にはもう、住んでいる人はいませんから」
ラピア――アスクラピア・パイエルオンは、寂しげにそう呟いた。
***
ラピアの言葉通り、到着したパイエルオン村は建物も土地も長い間整備された様子が無く、荒れ果てていた。
そこらじゅうに草が伸びているのはもちろんだが、建物には経年劣化とは思えない破損も見受けられた。
恐らく、魔物が暴れた跡なのだろう。
ただ一つの例外として、教会だけはまだ時折人が訪れていそうな生気を感じた。
村を見渡すヴォルガーの心にモヤモヤしたものが生まれたのは、被害を偲んでのことだろうか。
「ヴォルガーくんも知っての通りこの地域は万橡の泉が集中している分、強い魔物も多いんですけど、この村はその調査のための集まりから発展して生まれた……とマザーから聞いたことがあります」
そう言いながら教会を見つめるラピアの瞳は、やはりどこか寂しげだ。
「でも、突発的に以前より強くて凶暴な魔物が増えて、この村に住み続けること自体が危険という話になって……みんな、村を後にしました。本当に小さな集落だったから、そんなに大事でもないんですけどね」
「なるほど……聞いたことがあるような話だな……」
後から振り返ってみれば、魔物の凶暴化は魔王軍の影響によるものだった。
人類の前にはっきりと姿を現したのがそこから数年後だったため気がつかなかったが、住民達がこの村を後にした頃には魔王軍は影で活動を開始していた。
――だから住民が避難した集落はこの村以外にもあって、自分が「聞いたことがあるような話」と思ったのも普遍的な話だからだろう、とヴォルガーは思った。
一方のラピアはふと、教会の傍らにポツンと置かれたベンチに目をやる。
そのベンチも、すっかり風雨に曝されてボロボロになっていた。
「あっ、私はよくこのベンチに座って修行をしていたんです!!」
「ベンチで修行……?」
「ふふ、そう言うとなんだか変に聞こえちゃいますね! ヴォルガーくんに渡したチョーカーを、この村に住んでた頃から作っていたんです」
詳細を聞けばヴォルガーも納得がいった。
あの魔道具は小さなチョーカーに莫大な魔力を圧縮して流し込み安定させる高度な技術が無ければ作れない。だから作成自体が魔法を使う訓練になる、という話はラピアから聞いていた。
ラピアほどの実力者であっても、完成には10年以上を要したという話も。
そして一つ、大事なことも思い出した。
「そういえば、まだきちんとお礼を言えていなかったな。ありがとう、ラピアさんの渡してくれたチョーカーのおかげで助かった」
そういってヴォルガーは、引きちぎれたチョーカーを取り出してラピアに見せる。
「15年程かけたものを、こんな風にしてしまって忍びないが……」
「ふふふ、今度はもっと早く完成させますよ!!」
そう言いながらラピアはベンチに腰掛け、眼前に広がる森を眺める。
「この時はまだ……ベルトの部分を作っていた頃ですね。魔力を込めるのに失敗すると破けちゃって、それを修復してからやり直し……大変な作業でしたけど、結構私の性には合ってた気がしますね」
ベンチに腰掛け、ベルトをいじるようなジェスチャーをするラピアを見ていると、ヴォルガーの心がざわついた。
心の奥に閉まっていたものが、不意に開封されていった。
はっきり言ってしまえばこれといった特徴のない、小さな集落だ。
長い人生でほんの少し通り過ぎただけならば、記憶に残らないのも無理はない。
だが、ヴォルガーの心から溢れた言葉は、口を経てラピアに投げかけられた。
「なぁ、ラピアさん……変なことを聞いて申し訳ないが」
ヴォルガーの心のざわめきなど知らないラピアは、優しい微笑みで言葉の続きを待った。
「この村で、その……金髪で青い眼をした男の子に会ったことはないか?」
音が響いて空気が震えるように、ヴォルガーのざわめきはラピアにも伝わった。
「ラピアさんより少し年下の……金髪で青い眼の子供だ」
そう伝えたヴォルガーの髪は太陽に照らされて金色に輝き、青い瞳は俄に潤んだ。




