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ep.17『憧憬』①

 激闘を制したヴォルガーは、近隣の街で体を休めた。

 再会後にラピアから受けた治療は当然完璧なものではあったが、宿に到着したヴォルガーは気を失ったように丸一日以上眠ってしまった。

 そうなったのは肉体の疲労もさることながら、精神的なものも原因だったのだろう。

 ヴォルガーはあの戦いのことを誰にも――ラピアにすら話す気にはなれなかった。

 彼が眠っている間には吉報もあった。

 ヴォルガーが運んできた七天将の死体とそれを包む水晶をクレイオス王国の魔術師が解析し『万橡の泉』との繋がりが断たれていることを確認したのだ。

 繋がりを断つ方法は実にシンプルで、ヴォルガーが神殿から死体を離した時点で完了していた。

 だが、繋がりを断てたと判断するには、言うまでもなく専門家の知識が必要だった。


 そしてもう一つの吉報は、勇者ギデオン達の勝利。

 大陸の中心であり、人類発祥の地であるこの地域には万橡の泉が集中している。

 ヴォルガーと同じく七天将に挑むために訪れたギデオン達もまた、目的を果たしたのだ。

 これによって、大陸にある全ての万橡の泉が解放された。

 この世界の資源を狙った魔王軍の計画は潰えた。

 この事態を受けて魔王はどう動くのか? 大人しく撤退してもらえればありがたいが、そのような都合のいい話があるだろうか。

 ……そんな思案をヴォルガーが始めるより前に、状況は動いた。


 疲労困憊で眠り続けていたヴォルガーは、人々の悲鳴で目を覚ました。

 宿から文字通り飛び出したヴォルガーの目に飛び込んできたのは、黒く巨大な影であった。


「なんだ……あれは……!?」


 数々の魔族・魔物を打ち倒してきたヴォルガーでも見たことのない、蠢く黒い影としか言い様のないものが街を這っていた。

 その大きさは、よくある一軒家と同じくらいだろうか。

 這うスピードはさほど速くはない。そこらの人間の全力疾走程度に見える。

 ぱっと見の印象では、影に害意は無いように思えた。

 影は何を襲うでもなく、喰らうでもなく、ただ一直線に這う。

 人間の定めた道とは無関係に、建造物も高い樹木もただただ這って乗り越えて進んでいる……その事実が、影の作った轍で見て取れた。

 影に重さは無いらしく、それが通ることで建物や道路が潰れることはない。しかし這った跡は、黒く焦げる。

 それは、影が強いエネルギーを伴っている証拠に他ならない。


 どう対処すればいいかはわからないが、放置しておけば人々に危険が及ぶ。

 一直線に進む過程で屋根に登った影にヴォルガーは接近し、そして逞しい脚を振りかざす。


「らァッ!!」


 ヴォルガーの蹴りは、影にヒットした……と表現してよいものか。

 影に実体があれば間違いなくそれは『打撃』になっていたはずだ。

 しかし実際には、ヴォルガーの脚は影に沈んで、そして再び出てきただけであった。

手応えは全くない。

 ただ、強いエネルギーによる焼けるような熱さを感じただけだ。


「くそっ、どうすれば……!!」


 ヴォルガーは地上に降り立ち、影に併走する。

 この影がどこに向かっているかはわからないが、放置するわけにはいかない。

 せめて、進行方向にいる人の救助くらいはせねば。

 そう考えていたヴォルガーの隣に、ラピアが走って合流してくる。


「ヴォルガーくん! あの影に攻撃して何かわかりましたか!?」

「わからん!! 煙か霧のような性質なのかとも思ったが、攻撃してみた限りは違う!! 魔力そのものが塊になって動いているようにしか思えん!!」

「……わかりました!! 試してみます!!」


 そう言ってラピアは、這い続ける影の前に立つ。

 そして襲い来る影に向けて両掌をかざした。


「ハッッ!!!」


 ラピアがかざした掌に、影が引き寄せられていく。

 一直線に進み続けていた影は、ラピアの誘引によって留められた。

 留められた影は巨大な球状にまとまるが、目的を果たそうと蠢き続けている。

 押し留めているこの状態も、長くは続けられそうにない。


「くっ……」


 押し留めながらラピアは、影の解析を試みる。

 ヴォルガーの言ったとおり、やはりこれは魔力の塊に思える。

 だからこそ、誘引でこうしてまとめることができた。

 しかし、光線の様に正真正銘の一直線に魔力を飛ばすならともかく、生き物が這うように魔力が動くなど聞いたことはなかった。

 一体何が……と思案しながら影の魔力を解析していると、ラピアは一つの結果に至った。


「これは……!!?」


 その解析結果に基づく推測は、ラピアを恐怖させた。

 だがそれでも、今この事態を打開する手がかりは掴めた。


「っ……んんんん」


 ラピアは歯を食いしばって、影を押し留める両手を徐々に離していく。

 離れていく両手に従って、影は二つに分かれていった。

 黒い影と、プリズムのような光に。

 分かちながら、ラピアは光の方を手元から解放していく。光は雲散して消えていく。

 光が解放されるごとに、魔力を押し留めるための負担が見る見る軽くなっていくのをラピアは感じた。

 そして、影は消えゆく光を追いかけるようにうねうねと蠢いた。

 全ての光を解放したラピアは、残った影を出来る限り凝縮させていく。

 凝縮すればするほど影は光を求めて蠢く力は強くなり、ラピアが維持するのは難しくなる。

 両手で抱えられるボール程度の大きさになったところでラピアは、


「ヴォルガーくんっっ!!」


 そう呼びかけて球状の影をヴォルガーに投げつけた。


「!!!」


 ラピアの意を咄嗟に汲んだヴォルガーは、投げつけられた影を薙払うように蹴る。

 今度は確かに、触れて打撃したという実感・衝撃があった。

 ラピアの分離・凝縮によってようやく干渉することができた。

 そしてヴォルガーの強烈な打撃を喰らった影は、果たして霧散した。

 もはや目的のままに動く力も残っていない……そう願いながら霧散する影を見つめていたヴォルガーとラピアだったが、どうやらその通りになったらしかった。

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