ep.15『兄者』⑩
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キルデイルの報告を受けた魔王は七沌将を集め、凄之を魔王軍に引き入れると宣言した。
魔王の見立てでは、凄之は七沌将の誰よりも高い実力を持っている。七沌将の監視役である死神・ザルトシュルトすら超えた実力――要するに、魔王軍でNo.2の強さだ。
そして実力主義を掲げる魔王アゥリマは、その見立て通りの高い地位を凄之に与えると宣った。
反発が起きないはずがない。
この時点では七体全員が健在だった七沌将は、決して友情や絆といったもので結ばれた間柄ではなかった。しかし、魔王アゥリマのこのような気質に対しては全員の感情が一致していた。
一致はしていたが、その感情を表には出さない。
魔王アゥリマが極端すぎるだけで、力を持つ者が権力を握るべきという思想は魔族の心理に深く根付きすぎていた。
七沌将全員が団結すれば魔王アゥリマを打倒することは可能かもしれないが、その後は?
実力の拮抗しているメンバーだ。新しい魔王の座を巡って争いが起こることは間違いない。
結局のところ、彼らが戦争に勝利して魔界を統一したのも、滅びに向かう魔界の寿命を延ばすための侵略に踏み出せたのも、魔王アゥリマという絶対的な強者が存在したからに他ならない。
だから、ただただ粛々と魔王の決定を受け入れる……はずだった。
「……魔王様、俺ぁそいつの入軍には反対だ」
そう述べたのは、七沌将トップの怪力を誇る魔族・ダフマァであった。
ダフマァの外見は完全にゴリラであったが、内面的にもやはりゴリラめいた賢さを持っていた。
少なくとも、キルデイルはそう評価していた。だから、この反発には内心驚愕した。
この反骨精神は間違いなくろくな結末に向かわない。そう確信できた。
「俺達にとっちゃ人間なんざ痰カス以下だがよぉ、あんたにとっちゃ同胞のはずだろう? 威迅凄之とやら。それをあっさり裏切るやつぁ信用できねぇ」
この問いかけに、凄之は眉一つ動かさずただ沈黙するのみ。
答えたのは魔王アゥリマだ。
「ダフマァ貴様、話を聞いていないのか? こやつが本心から人間を裏切ったことはキルデイルが確認済みだ」
「……そういう問題じゃあねぇんだ、魔王様」
あくまでも引くつもりのないダフマァ、その傍らに黒い影がふっと現れた。
ダフマァが影の存在を理解したのは、首筋に冷たく固い感触を覚えた時であった。
死神・ザルトシュルト。
『いつでも魔王アゥリマの命を奪ってよい』という条件と引き替えに魔王に従うこの魔族の使命は、魔王を裏切った七沌将の粛正。
「おやおや、ダフマァさん……反逆ですか?」
自らの命をいつでも果たせるよう、ザルトシュルトの鎌はダフマァの首を刈り取る寸前で止められていた。
「退け、ザルトシュルト」
「仰せのままに……」
魔王に止められ、ザルトシュルトは鎌を下ろしてダフマァから離れる。
「ダフマァ、不服ならば威迅凄之を殺してみせよ。この者は魔王軍に不要だと、自らの実力で示すのだ。負ければ貴様は死に、威迅凄之を新たな七沌将とする」
「……了解」
魔王の指示を了承したダフマァは、一歩進んだ。
「ダフマァ」
隣にいたキルデイルは、決戦に挑むダフマァに一声かける。
「君が負けたら、あの人間の改造は僕の仕事になる。面倒は避けたい。どうか勝ってくれ」
「……死力は尽くすぜ」
ヴォルガーは知る由もないことだが、ダフマァは凄之にとって、拳を解禁せねば勝てない二番目の相手であった。
七沌将トップの怪力を誇るダフマァとの戦いは、凄之の肉体に相当のダメージを与えた。
が、結局のところ勝負は魔王アゥリマの見立て通り……そして、この場にいた七沌将全員の予想通り、凄之の勝利に終わった。
事切れる寸前、その巨体には見合わぬほど小さくなってしまった声で、ダフマァは凄之に言葉を残した。
「……俺に、後悔はねぇ。お前が人間に与したままでも、同じように負けていただろうよ」
蚊の鳴くような声でも、その眼光は最期の最期まで鋭かった。
「後悔するのは、お前の方になるだろうぜ」
その後、約束通り凄之はキルデイルによって魔族になる施術を受けた。
そして魔族になった凄之は、代償として乳首を失った。
全く予想外の犠牲を払った凄之は、ダフマァの言葉通り身を引き裂かれるような後悔に襲われた。
施術後の経過観察をしていたキルデイルがドン引きするほどの慟哭があった。




