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ep.15『兄者』⑤

 凄之の声で現実に引き戻されたヴォルガーは、凄之と並んで階段を降りていく。


「兄者、あのゴーレムとは何があったんだ? 知っているような口振りであったが……」

「我がやつの上官を殺した」

「なるほど……それで恨んでいたわけか……」


 一旦は納得できる。しかし、疑問も残る。

 あのゴーレムは実力からいって、七沌将直属の部下だと思われた。

 だが凄之が上官を殺したということは、七沌将とゴーレムの間に別の魔族がいたということか?

 この神殿を占拠した七沌将は今から倒しに行くのだ。それ以外の解釈は考えられないが……

 そんな思考を続けているうちに、ヴォルガーは壁に直面した。

 一面に魔法陣の描かれた壁だ。


「万橡の泉の上に建てられた本殿は、この向こうだ」

「あ、ああ……俺も挑むのは初めてではない。わかっている」

「うむ。行くぞ」


 凄之が壁に手を触れると、魔法陣が光り輝き始める。

 そして、魔法陣を覆うように漆黒が広がり……空間と空間を繋げるための扉、ポータルが現れる。

 神殿から本殿までは、物理的な扉で繋がっているわけではない。

 魔法陣によって開かれたポータルを潜ることで行き来が可能となる。

 遙か昔に構築されたこのセキュリティは、万橡の泉を守るため……というよりはむしろ、泉の強すぎる力から人間を守るためのものであった。


 ヴォルガーは凄之とともにポータルをくぐる。

 その向こうにある光景は、今までの戦いと変わらないはずだ。

 石造りの本殿で、侵入者の報告を受けた七沌将が自分達を待ち受けている……それ以外はまずあり得ない。

 そう考えていたヴォルガーは、扉をくぐった先の景色に驚愕した。


「なんだこの……桃色の……!?」


 ヴォルガーの目に飛び込んできたのは、本殿の壁と天井に生える桃色の水晶だった。

 放置された遺跡の壁が蔦に覆われるように、この本殿は桃色の水晶に覆われていた。

 しかし、草木が伸びるのは自然だが、水晶が生える現象など聞いたことがない。

 そしてこの水晶、決して壁や天井の全てをきっちり覆い尽くしているわけでもない。

 花が根を張るように、何かを中心にしてじわじわと伸びてこのような光景になった……そう推測できた。

 その推測を裏付けるように、水晶の広がりの中心には明らかな異物があった。

 古代を生きた昆虫が琥珀に閉じこめられるように、それは桃色の水晶に閉じこめられていた。


「……ゴリラ!?」


 そう、水晶に閉じこめられていたのは一体のゴリラであった。

 優に3mはあろうという巨体は黒い毛に覆われ筋骨隆々であり、その上に鎧を纏っている姿は屈強な闘士であったことを伺わせた。

 しかし、その外観が屈強であるからこそ、水晶に閉じこめられて沈黙した現状の痛々しさはいや増した。


「あれがこの神殿を占拠していた七沌将だ」

「!?」


 訳知り顔で語り出した凄之に、ヴォルガーは思考が追いつかない。


「ヴォルガー、お前も知っての通り魔王軍の目的である『万橡の泉の奪取』には、極めて強力な魔族――七沌将と万橡の泉の結びつきが必要不可欠だ。あの七沌将――ダフマァの死体を泉と結びつけるために使われているのがこの桃色の結晶『ケラシアナイト』だ」


 魔王軍が具体的に、どのような魔術で七沌将と万橡の泉を結びつけているかヴォルガーにはわからない。

 わからないなりに、死後も継続して結びつけるためには外付けの何かが必要というのは納得できた。

 だが、今は最も気にかかるのはそこではない。


「……兄者、何故そんなことを知っているんだ?」

「あの七沌将を殺したのは我だ」

「!?」

(われ)が、魔王軍への入軍を申し出た時に、七沌将で唯一反対したのがダフマァだった。そこで魔王は、我とダフマァに殺し合いを命じた。生き残った方が七沌将として――」


 ヴォルガーは思わず、凄之の肩を掴んだ。


「兄者!? 一体何を言っている!!」

「もう一度言う。(われ)が、魔王軍への入軍を――」

「こんな時に冗談は……ぐっ」


 凄之の肩を掴む手に力が入る。

 わかっている。凄之が冗談を言うような人間ではないということは。

 だが、理解が追いつかない。

 否、追いつかないのではなく、拒んでいる。

 凄之の主張を真正面から受け止めれば、辻褄が何もかも合う。


「な……何故だ、兄者!! 兄者は俺達の中で唯一、師匠に勝った程の、俺達の尊敬する――」

「そうだ、我は師匠に勝った。だからこそ、人間ではいられなかった」


 凄之はただ静かに、ヴォルガーに語りかける。


「ヴォルガー、虚しいとは思わぬか? どれだけ力をつけたところで、人間はあっという間に老いる。あの師匠とて、例外ではなかった」


 凄之の脳裏に、在りし日の師匠――開天盤古の姿が浮かぶ。

 それは、凄之が盤古に勝利した日の光景だった。

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