ep.15『兄者』④
***
明くる日、ヴォルガーと凄之は、万橡の泉を擁する神殿へと進攻した。
凄之と共に強敵に挑む高揚感と使命感に満ちていたヴォルガーも、神殿に入ってしばらく経ち、冷静になったところでふと、一つの懸念に思い当たった。
凄之と二人であれば七沌将であっても攻略することは可能だろう、という考えには変わりない。
しかし、神殿には七沌将以外にも行く手を阻む魔族・魔物が待ちかまえているはずだ。
それは主に、七沌将直属の魔族とそれの使役する魔物だ。
七沌将との戦いに力を温存するためには、やはり他にも協力者を募った方がよいのではないか。
その素朴な疑問を投げかけてみたが、凄之は「問題ない」と返すばかりであった。
しばらく歩を進めてわかったが、凄之のいう通り問題はなかった。
それは、待ち受ける魔物・魔族を片手間で始末できたという意味ではない。
そもそも、二人の行く手を阻むものが何もなかった。
勇者達と神殿を攻略した経験とは明らかに異質な事態。
普通に考えれば好都合ではあったが、ヴォルガーの胸中は妙に騒いだ。
二人だけで問題ないと考えた凄之は、事前にこの状況を調査したということだろうか?
詳しい事情を問う前に、ヴォルガーの感覚は危険を察知した。
神殿を歩き始めて数時間、ようやく……と表現するのも妙だが、ヴォルガーは魔族の気配を感じた。
なかなかに強力な、恐らくは七沌将直属の部下と思われる魔族の気配だ。
目の前にある大階段を下れば遭遇する……いや、向こうからこちらに接近している。
数秒とかからずこちらに辿り着くに違いなかった。
凄之もそのことを理解しているのであろう。何も言わずにスッと、階下から迫り来る気配に拳を構えた。
ヴォルガーも襲撃に備えて拳を構える。
いつの間にか、魔族は気配だけではなく騒音も発していた。
巨大な何かが、その巨大さには見合わぬ凄まじい勢いで接近してくる大きな足音。
常人であっても『危険が迫っている』という実態だけは認識できるような足音であった。
そして、凄之と言葉を交わす間もなく、その巨体は階下から現れた。
「威迅凄之ォォッッ!!! 貴様、よくも抜け抜けとここに現れたものだなッッ!!」
そう叫びながら現れた魔物の姿は、石を組み上げて作ったような人型の巨大なシルエット――所謂、ゴーレムで合った。
一体何の因縁があるのか、凄之の名前を叫んで憤怒するゴーレムはヴォルガーに目もくれない。
「ヴォルガー、合わせろ」
そう言った次の刹那には、ゴーレムの巨大な拳は凄之の眼前まで迫っていた。その拳一つで、凄之の胴体を丸ごと叩けるほどのスケールであった。
凄之は軽々と飛び上がって拳を避けると、そのまま腕に飛び乗り、ゴーレムの頭部めがけて跳ね進む。ヴォルガーも、後に続いてゴーレムの腕を跳ねた。
そして瞬く間に、凄之はゴーレムの背後を取った。
巨体に見合わぬ素早さを持つゴーレムも、凄之のスピードには対応しきれなかったらしい。
一方のヴォルガーはゴーレムの正面に飛び上がり……挟み撃ちの形となった。
「「ハァァァッッッ!!!」」
凄之が背後から、ヴォルガーが正面から、横に薙払うような蹴りを放つ。
その蹴撃は見事にゴーレムの首を捉え、逃れようのない前後からの衝撃は圧倒的な破壊力となる。
「ガァァァァァァッッッッ!!!」
果たして、ゴーレムの首はあっけなくへし折れて吹き飛んだ。
有機的な生物であれば確実に絶命する程のダメージ……しかし、石造りのゴーレムは事情が違った。
頭部の損失で失ったものは視覚か? 声か? 聴覚か?
相対するヴォルガー達に、実状は計りかねるところであった。
いずれにせよゴーレムは、頭部を失った後も攻撃を重ねてきた。
振り向き、自らの背後に舞う凄之を打ちのめそうと拳を叩き込んできた。
凄之はゴーレムの首が砕けて生まれた破片……宙に弾け飛んだそれを足場に飛び上がると、追撃の態勢に入る。
ゴーレムの拳が自らを捉える前に、息の根を止めようと。
空中で、足が天を向くように回転した凄之はそのまま、
「らァァッッッッ!!」
と、ゴーレムの首の跡に蹴撃を叩き込む。
剣士が竹を、繊維に沿って一刀両断するような、美しい動作。
その破壊力はゴーレムの体を砂糖菓子のように崩し、左右に分割せしめた。
そこで完全に、ゴーレムの体は制止し、崩れ落ちた。
崩壊し、ただの石へと還ったゴーレムの体を見てヴォルガーは気がつく。
砕けた石の中に、黒く輝く宝石のようなものが混ざっている。
これは核――一部の魔族にとっては、心臓のような機関だ。
魔族は様々な姿を持ち、その生態は未だ謎に包まれている。蛇のようであってもは虫類ではなく、人のようであってもほ乳類ではない。
ただ、このゴーレムのように無機物で構成された体を持つ魔族に関しては、このような核を有しているケースが多かった。
凄之の攻撃はゴーレムの核をより素早く、反撃を食らう前に破壊することを狙っていたのだ、とヴォルガーは理解した。
そして改めて、ヴォルガーはまだまだ自分は凄之の実力に及んでいないということを実感させられた。
自分一人であっても、このゴーレムに負けることはなかっただろう。
しかし、ここまで素早く鮮やかに倒すことはできなかったはずだ。
感嘆の念を覚えたヴォルガーだったが、戦いの興奮が冷めて思い出す。
このゴーレム、凄之のことを知っているようだった。
凄之も魔王軍と戦っていたと昨晩言っていた。ならば、魔王軍の魔族に恨まれていること自体は不思議ではない。
それにしても、凄之がこの場に現れたことに憤怒するあの様子は一体どんな事情が――
「行くぞ、ヴォルガー。本殿までもう少しだ」
「あ、ああ」




