ep.15『兄者』③
ヴォルガーにとって、これ以上に心強い提案は無かった。
七沌将は、領域の違う敵だ。人類としてはトップクラスの実力を持っている自分でも、単独では敵わない。
悔しいことだが、これまでの戦いで実感させられていた。
「ああ……もちろんだ!!」
凄之と二人であれば、話は全く別だ。
負けるはずがないという確信がヴォルガーの心にみるみる膨れ上がった。
それは、ただ単に凄之の実力を信頼しての話ではない。
幼い頃から憧れ、尊敬していた兄貴分とともに、強大な敵に立ち向かう……人類の命運をかけた決戦で不謹慎かも知れないが、その高揚感がヴォルガーの中には確かに存在した。
「……うむ」
凄之はこくり、と静かに頷く。
「ならばヴォルガー、出来る限り蓄えておけ。空腹で力が発揮できぬとなれば甲斐がない」
「ああ、もちろんだ!!」
ヴォルガーは喜び勇んで肉塊にかぶりつく。
ヴォルガーの咬合力は肉塊を引き千切り、内側に閉じこめられた肉汁は咥内にぶわっと溢れ出る。
瑞々しく溢れたそれはヴォルガーの器官に入り……むせた。
「ごほぉぉぉぉッッッ!!!」
「……『もう子供ではない』と宣いながら、忙しいやつだ」
凄之は静かに、ヴォルガーのコップに熱いお茶を注いだ。
***
ヴォルガーと凄之は、数時間かけて魔物の肉を食らいつくした。
骨髄に至るまで貪り尽くしたが、それでも非可食部位はどうしても存在する。
眠りにつく前に、その屑を処理する必要があった。
「残りは適当に埋める」
そう言って凄之は、地面に拳を叩きつけた。
ドォォォォォォン……
轟音と共に木々は揺れ、鳥は羽ばたき……大地は割れた。
裂け目は焚き火で照らされても底が見えない。ヴォルガーは、魔物の骨をベキベキと細かくへし折って、毛皮とともに奈落へと放り込んでいく。
ヴォルガーが全ての残骸を地中深くに落としたことを確認した凄之は、裂け目を挟み込むような形で地面に両掌を突く。
「フゥゥゥゥゥゥゥン……!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
唸り声をあげ、豪腕をもって大地を揺るがす凄之。
揺れる大地、その裂け目の幅は見る見るうちに狭まり、とうとう元通りに繋ぎ合わされた。
残骸の処理が終わったことを確認したヴォルガーは、凄之とともに魔物への静かな黙祷を捧げると、寝床の準備を始める。
腰に携えた小袋からテントの骨組みを取り出すと、それを目にした凄之は
「ん……!?」
と、本日一番の大きな声を発した。
袋の外観から想像できる容量を明らかに超えた物を取り出す光景には、寡黙な凄之も流石に反応してしまったらしい。
「ああ、すまない兄者。驚かせてしまったか。これは姫……一緒に魔王軍と戦っていた、クレイオスのリア王女が発明した魔道具でな」
「なるほど、魔法大国の王女か」
この話を聞いた者は大抵、魔道具に興味を持ってあれこれ聞きたがるのだが凄之はただ一言、
「やけに身軽だとは思っていたが、得心が行った」
そう口にするのみで、後は何事もなかったようにテントの組立を手伝った。
凄之は無駄話を好まない。
ヴォルガーには積もる話を交わしたい気持ちもあったが、凄之のそういう性格を理解していたので粛々と床についた。
ましてや、明日は二人で七沌将に挑むのだ。
前夜は体調を万全に整えるべき、と凄之は考えているに違いなかった。
「よし……それでは日課の乳首開発を終わらせて今日は寝るか」
ヴォルガーはそう呟いて黒いタンクトップを脱ぐ。
厚く逞しい胸板に、艶やかな桃色の乳首がいつものように浮かび上がった。
愛用の軟膏――不死鳥の涙を袋から取り出すと蓋を開け……と、動作を続けようとしたところで、ヴォルガーはふと違和感を覚える。
隣で横になっている凄之は、じっと毛布に包まれ天を仰いだままであった。
「兄者……乳首はいいのか?」
元を辿れば修業時代、乳首開発を開発して門下生に広めたのは凄之であった。
その凄之が、これから眠ろう、明日の決戦に備えて体を休めようという時に乳首の開発を怠るのはヴォルガーにとって全く予期せぬ行動であった。
「……構わぬ。我の乳首は気にするな」
「……そうか」
凄之が構わないと断言しているのであれば、それは実際構わないのだろう。
それでも、ヴォルガーの胸中には言いしれない寂寞感が残り、結局この夜は乳首に触れないまま眠りに就いた。




