ep.15『兄者』②
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河原に到着した凄之は鋼猪の処理を解体を始める。
まず、手刀による血抜きを行うと川の水で死体を洗い、そして冷やした。
そして、続く内蔵の処理も手刀で行う。魔物を解体するための刃物はいくつも揃えていたが、鋼猪の毛皮は鋼のように堅い。刃こぼれを防ぐため、最初の処理は素手で行う必要があった。
ヴォルガーもこの辺りの事情は心得ていたので、素手で解体作業を手伝った。
続いて食べられる内臓を取り分ける作業に手を着けた凄之は、ヴォルガーに別作業の指示を出す。
「この辺りにはクロノが生えている。採ってきてみじん切りにするんだ。我の鞄にある包丁を使え」
「ああ、あのハーブか……わかった。採ってこよう」
修業時代、凄之と遠征に行ったときはいつもこの調子だったので、ヴォルガーも簡素な指示で大抵のことはわかった。
指定されたハーブも採集したことがあり、生えている場所も大凡の検討はつく。
ということで動きだそうとしたその時、凄之がヴォルガーを呼び止めるように言う。
「ヴォルガー、クロノのに生えている細かいトゲのことを忘れるな。刺されないよう気をつけるんだ」
それを聞いたヴォルガーは、思わず笑い出してしまった。
「ふ……ははははは!!! 兄者、俺ももう子供じゃない! クロノのトゲでえらい目にあったのだって、もう何年も前の話だ!」
「……そうだったな」
凄之の口角が、うっすらと吊り上がった。
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凄之は切り分けた魔物の腹肉を自前の調味料で味付けし、ペースト状にした野草を脂身の少ない面に塗ると、内側になるよう巻き込んでいく。
凄之は紐で縛った腹肉を鉄串でぶすりと刺してまとめると、次は火の準備に取りかかった。
なるべく乾いた枝を集めて組み上げ、素手で揉みほぐした木の皮を着火材代わりに置く。
そして揉みほぐした木の皮を指にも摘むと、人差し指と親指から生まれる剛力で擦り上げる。
すると、摩擦によって熱された木の皮がヴォォと燃え上がる。
この種火が消えないうちに、凄之は組み上げた枝に狙いをつけ、常軌を逸した肺活量で息を吹きかける。
必然的に、指にあった小さな種火は豪快な火炎放射となり、瞬く間に乾いた枝を燃え上がらせた。
ラピアやリアといった魔法を使える人間と同行している間のヴォルガーは、いつも着火役を任せきりだった。
だから、このように原始的な力業での着火には懐かしさを覚えた。
「よし……ヴォルガー、串の反対側を持て」
ヴォルガーは促されるままに、凄之と共に巨大な肉塊を刺した鉄串を持ち上げる。
そして、熱源から適切な位置を維持するため腰をかがめると、凄之と息を合わせてゆっくり……と肉塊を回し始める。
鉄串を軸に肉塊を回してバランスよく火を通す、という本来であればハンドルのついた器具でも使ってやる作業を、ヴォルガーと凄之は素手で行った。
焚き火の業火、その熱は当然二人の握りしめる鉄串にも伝わり、常人であれば焼き爛れるほどの温度に達する。
ヴォルガー達にとってもやはりある程度の不快感を覚える温度ではあったが、次第に漂ってくる香ばしい薫りがそれを忘れさせた。
脂が滴り落ち、燃え尽きて生まれるバチッという音も否応なしに食欲をそそる。
凄之は昔から意志の堅く一本筋の通った人間……明け透けな言い方をすれば、拘りが強すぎて融通の効かない性格であった。
調理においても凄之が指揮を執る以上は、肉と熱源を彼の納得するベストな距離感で保ちながら焼かなければならない。
表面は香ばしく、内側はしっとりと柔らかい質感を目指す。
肉塊の重量を一定の姿勢で支えながら凄之と息を合わせてじわじわ回転させるこの作業を、疲労と空腹を抱えたまま行うのは、修業時代のヴォルガーにとってみれば最早調理ではなくキツい訓練であった。
脂の焼ける匂いが鼻腔を刺激する度に、いいからさっさと食わせてくれと内心で毒づいていたものだ。
しかし今は、ただただ懐かしい気持ちで胸がいっぱいであった。
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「やはり旨いな……!! 兄者の焼いた肉は……!!」
自分で魔物を狩って調理するとき、凄之ほどには拘らない。
凄之の指導の賜物で下処理は丁寧にするのだが、脂の乗った肉を焼けばまぁ旨いだろうという感覚で調理するし、実際のところなかなか旨い。
しかし、久しぶりに食べた凄之の料理はやはり自分が適当に焼いたものとは別格であった。
香ばしく、柔らかく、臭みは少なく旨味は強い。
食べられる部位はまだまだある。臓物を串で焼き、骨髄をくず肉と煮込んでスープにし……ヴォルガーは記憶の中にあるレパートリーを掘り起こして胸を躍らせた。
「……何年ぶりだろうな、兄者とこうして焚き火を囲むのは」
「お前が力をつけてからは、こんな機会もなかった……か」
ヴォルガーが開天流で修行を積んだのは、両親が死んで入門してから師匠が死ぬまでのおよそ十年間。
しかし、凄之と遠征したのはこの前半部分に限られる。
魔物の凶暴化が社会問題になる時代だったとはいえ、一人前になったヴォルガーが凄之と揃って出向かねばならぬほどの脅威は存在しなかったからだ。
むしろ、成長したヴォルガーは指導がてらに後輩と組むことの方が多かった。
そんな過去の情景を思い返した連想で、ヴォルガーはふと思い出す。
魔王軍による侵略が始まり、これまでに戦ってきた魔物とは比べものにならない魔族の実力を目の当たりにした頃『相手がこれほど強大であれば、また兄者と協力して対処する必要があるのではないか』と考えていたことを。
その共闘が実現しないとしても、開天流の一番弟子であった凄之の名前は新聞などで見かけることがあるに違いないという考えもあった。
No.2であったヴォルガーの活躍が度々新聞記事になっているのだから、凄之であれば尚更……と。
しかし実際には、師匠が死んで門下生が散り散りになって以来、凄之の行方はとんとわからなくなっていた。
「なぁ、兄者……師匠が亡くなってからこれまで、一体何をしていたんだ? こんな世の中だ。やはり……魔王軍と戦っていたのだろうか?」
そう問われた凄之は、数拍の沈黙を置いてから口を開いた。
「……そうだな。我も、お前と同じく魔王軍とは戦った」
「そうか……!! やはりそうであったか!!」
答えを聞くことができて、ヴォルガーはふっと胸のつかえが取れたような気持ちになった。
考えてみれば、ヴォルガーが新聞に取り上げられたのは勇者ギデオンの『自分達の活躍が市井の人達に勇気を与える』という方針の影響もある。
凄之の戦いは自分のそれよりもずっと静かなものだった、ただそれだけだったのだ、と。
一方の凄之も、ヴォルガーに問いかける。
ヴォルガーにとっては想定外の、しかし極めて重要な問いを。
「ヴォルガー、お前は……七沌将に挑むつもりでここに来たのであろう?」
「え゛っ!!??」
何故急にそんなことを聞いてくるのか、ヴォルガーには検討がつかなかった。
「……違ったか?」
「い、いや……もちろん七沌将とは戦うつもりだがこの森に来たのは偶然というか、そもそもここがどこかも曖昧というか……えっ、この近くにいるのか?」
「ああ……七沌将が占拠した『万橡の泉』はこの付近にある」
「そっ、そうだったのか……!!」
考えてみれば、この地域には万橡の泉が集中している。
それが理由か、魔王の城もこの地域に座している。
無我夢中で走り続けたヴォルガーが偶然辿り着いたとしても、おかしくないといえばおかしくない話ではあった。
「……ならば、明日は我とともに行くか、ヴォルガー」




