第七十六話 楽になりたい
「おや?いきなり静かになってどうしたのですか……ああいえ、話さなくて結構です。
今理解しましたから」
私は踏みつけられたまま動けなかった。
物理的に、ではない。立ち上がる勇気が、無かった。
私がここで何か行動を起こしてしまって、もし誰かがどこかでそのせいで不幸になっていたら……
そう考えてしまうと、動くことができない。
「ふむ……可哀そうですねぇ……同情しますよ。
責任を負いたくない……それは私も同じです。それで、いい話があるのですが」
いい……話?
*
「はぁ……はぁ……この階段……いつまで続くんですか……!?」
私達はサツキのいる場所までの階段を登っていた。
サラマンダーはともかく、ウンディーネも私と同じく洗い息をついていた。
「後二、三分登れば到着するはずです。頑張ってください!」
エルゲは息切れもすることなく私たちの先頭を登っていた。
機兵の肉体はやはりスタミナが段違いなようだ……。
「その……サツキは大丈夫でしょうか……?」
私は誰に聞くわけでもなく、呟くようにその言葉を言った。
「何言ってんのよ、あいつのことだからもうとっくに倒してんじゃない?」
サラマンダーは私の言葉を冗談のように笑い飛ばす。
「そうですよね!サツキにあったら、どんなふうに倒したか聞いてあげましょう!」
*
「何を言っている……!?私がそんなことに従うわけ……!」
「ふむ……悪くない話だと思いますけどねぇ……」
私はホークアイの言った言葉に驚きを隠せないでいた。
だって……奴が言ったことは……!
「私共の評議会に入ってしまえば、後は何も考えなくていいのです。
それに、貴方はもう自分の意思で行動したくないんですよね?」
「っ……!」
確かにホークアイの言う通り、私はこれ以上自分が何かをしたせいで誰かが苦しんでしまう、『死神』などと呼ばれてしまっていることに今とても後悔している。
「それに、もうあなたの友達はいないんです。もはやあなたの居場所はどこにも無い……」
…………どこにも…………私の居場所は…………
それだったら…………いっそ…………
*
「っ……!」
「どうしたのよフレイ、不安そうな顔しちゃって」
私はサラマンダーに声をかけられ、少し声を上擦らせ返事をする。
「はっはい、何か胸騒ぎがしまして……サツキが心配ですね。少し先を急ぎましょう」
私はよく分からない不安を覚え、階段をさっきよりも倍早く駆け上がっていく。
「ちょっ……ちょっとフレイ!待ちなさいよー!」
ウンディーネの声も無視して、私は階段を駆け上がっていく。上へ、上へ、上へ。
その時、不意に頬に冷気を感じた。
とても寒い、まるで冬の川のような冷たさが。
*
「……もう……」
「ん?どうしました?」
「もう……楽になりたい……何も考えないでいたい……」
私はぽつりと、胸が苦しくなるような思いで呟いた。
「おやおや……なるほど、これは……ふふふ……良いでしょう。
このバッジをおつけになってください。そうすれば、あなたも我々の仲間、指示を受けて行動するだけでいられますよ」
ホークアイはスーツから鷹の意匠が彫られた、ホークアイの付けているものと同じバッジを取り出した。
これを付ければ……私も自由に……
私は何も言わずにそれを手に取る。
ローブにそれを刺すと、頭が急に軽くなった。
悩みや疲れが吹き飛ぶ。それと同時に……何かを忘れた。でも、思い出せないのだから大して重要なことでも無いのだろう。
「……ようこそ、ホークプロフェッサー評議会へ。歓迎しますよ。サツキさん」
ホークアイは私に手を突き出し、握手を求める。
その時だった。
「サツキ!」
誰かの声が聞こえてきた。何故私の名前を知っているのだろう?
その声がする方向を見ると、女の子がいた。白い髪をした、小さな女の子がいた。
「えっと……君、誰?」
「え……?」
その女の子は、不思議と私の質問に驚いた顔をした。
「残念ですがフレイさん……もうあなたの事はサツキさんの記憶に残っていないのですよ。
惜しかったですね。あともう少し早ければ止められていたかも……」
ホークアイは女の子に向かって笑みを浮かべていた。
サツキの命運はいったい……!?