天才は作られる
スコーン。コン。コン。…
白球は、緑の卓をえぐるように叩き、床にバウンドした。
「…やはり」
女教師は、鋭い目で向かい側の男を睨んだ。
そして、手を腰に、しゅた!と、人差し指を男に向けて指す。
「私の見込んだとおり。お前は、十年いや百年に一人の、逸材!」
女教師は、相手の反応も反論も許さず、続ける。
「そのむちゃくちゃなスイング。見事な空振り。弱々しい踏み込み。揺れる腹。これだけやって、上達しないのは、人と同じ物差しでは測れない潜在能力のため!お前は、卓球の、天才!!」
「ーお、俺が」
「そおっ!天才は枠に入らない。この私がその能力を開花させましょう!」
「コーチ…」
「岡!エースをねらえ!」
「コーチぃぃ。」
アオイさん。それはテニスです。あれは目ダヌキで、こちらはアザラシ。
しめしめです。碧さんのアニメ好きのおかげで、王子やる気スイッチ入りましたね。
今日の王子は意気消沈していました。
昨日の間食は叱りましたよ。叱りましたとも。で、夕飯はサラダだけになっちゃったのは自業自得です。
本人も辛かったと思いますよ。朝の犬の散歩の後、計量したら、200グラム増えてるんですから。あれだけ山登りして、ですよ。しのびの一件で早駆けで山下りしてるもんで、今朝の筋肉痛はマックスです。
それなのに、朝食のテラスでは、男の子チーム女の子チームが、和気藹々としています。楽しい旅を全うしろと言ったのは自分ですからね。辛さも悲しみも共有する相手がいなくて、心折れちゃったんでしょうね。いじけて、床にごろごろするんです。
悲しみのアザラシ。
本来ならアゼリア杯水球大会みたいに、ゲーム性があって、みんなとわいわいやるのが性に合ってるはずです。
ん?ゲーム?
で、私、思い出したんですよ。列車でアオイがラケット取り出していたのを。
卓球!
不審者から身を守るためにも、トレーニングは室内が必須。そして、負けず嫌いでゲーム好きで飽きっぽい王子ががんばれるスポーツ。
最適じゃありませんか。
しかも、ここには、中学校卓球部顧問が転移している!
「そうだけど、卓球の練習って、地味よ。どんなスポーツも基礎トレからだもの。素振り百回とかさあ。アザラシに我慢できるの?」
「ふふふふ。私は碧の実はアニメオタクで腐女子なことも、知っているのですよ…なりきってください。スポ根アニメのコーチに!」
んな、むちゃくちゃなあ~という彼女の文句を聞きながら、アオイの荷物から、さっさかさっさかラケットとボールを出しました。
「よくこんなものありましたね。おお、ボールはセルロイド製とコルク製がありますね。ひい、ふう…1ダースですか。ラケットは、桐ですか?4本も。ラバーはタイヤ用のゴムを薄く貼ったんですね…。」
「えへへ。温泉と言えば卓球でしょ?スリッパでもいいんだけど、せっかくだから作ってもらったの。子供たち連れてくることになっちゃったから、楽しませようと思って。」
ーこういうとこです。こういうとこが、アオイ~~
…大丈夫です。我慢します。早くミッション片付けて二人きりになりましょう…
「天才には、天才のメソッドがある!」
「俺は、天才だ!」
「努力できることが、天才である!」
「俺は、天才だ!」
素晴らしい。天才天才、と、反復横跳びしながらの素振りをかれこれ200は続けています。
フォアハンド、バックハンド、フォアハンド、バックハンド…
「右をためてぇ、左を踏み込んで、叩く!」
「ビンタ!」
「右をためてぇ、左を踏み込んで、叩く!」
「ビンタ!」
…分からない人は、第1部「王子断罪」をお読み下さい。高速フォアハンドスマッシュです。
「左脇から~高速で上半身をねじりつつぅ~振り切る!」
「バックビンタ!」
「高速でぇ~振り切る!」
「バックビンタ!」
王子、スマッシュはすべてビンタですり込まれております。
「股関節回してぇ、ためてぇ~身体の前の玉を、打つべし!」
「ドライブ~ビンタ!」
「ためてぇ~前の玉を、打つべし!」
「ドライブ~ビンタ!」
王子、真剣です。がんばれ、がんばれ。
「はい~休憩。けいれんの元になるから、汗はしっかりふいて冷やさないこと。しっかり水分をとりましょう。」
かれこれ1時間、素振りだけで王子を動かしましたよ。さすがです、鬼コーチ。王子いい汗です。うれしそうに辛そうにしています。よかったです。
「アオイ、どうですか?上達ぶりは」
私はウインクしながらアオイに振りました。
「王子は天才。人とは比べられないわ。彼のペースに任せましょう。こんな逸材を指導できて光栄です。」
アオイはちゃんと乗っかってくれました。
王子、汗を拭き拭き、頬がひくひくしています。しっかり聞き逃さなかったようです。
「コーチ殿、そろそろ玉を打ちたい。」
「素晴らしい。その向上心。孤高の天才はやはり凡人とは違うのね…いいわ、やりましょう!」
カコーン
「ビンタ!」
カコーン
「ビンタ!」
凄いです。まったく台にかすりもしないホームランを打ち続けています。
「その強打、そのパワー。台に打ち込まれたときの相手は恐怖です!さあ、ラバーを寝かせて打つ!」
カコーン
「ビンタ!」
凄いです。アオイ。凄いです。碧さん。
女教師は女優です。ほめ殺ししまくって、やる気スイッチを押し続けます。
その技、そのボキャブラリ、その表情。女教師のスキル、チートすぎます。
信じられません、王子が動いている、動いています!
これは、旅最高の消費カロリーかもっ。
女教師、最高!
♪エースエースエースゥ♪ リアルタイムで観てた人、いないでしょうねえ。
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