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湖の危険

 ある日にんげんは犬に乗ってのんびり揺られていました、魚の姉も一緒です。

なぜならその日は湖という広大な水場に犬掻きで漕ぎ出したからです。

見慣れない透き通った湖面に身を乗り出そうとするにんげんを、犬の身体をヒトデの足でがっちり捕まえた魚の姉のが支えて落ちないようにします。

 にんげんは泳げません。だから湖に落ちたら大変です。

何せこの湖、畔に立ってみても向こう岸は遙かにけぶって見えないほど広く、その深さはお母さんの下半身ほどの深さという以外、ほとんどの兄弟は知りません。

どのくらい深いか知っているのは一部の深い場所を住処にする兄弟だけです。

 そんな場所ですから、にんげんを落とすわけには行きません。

この辺りはまだ浅い方ですが、それでももう犬の脚は底に付きません、ゾウと同じか、それより大きい犬の足が付かないのです。

湖底は遥か下に、透き通った湖にはお母さんが乳の雨を降らせるため、大きな魚が沢山居ます。

その姿を見て、犬掻きする犬の背中で腰まで水に浸かってにんげんは楽しんでいるのですが、犬の下から急に影がぬっと現れました。

「どっかーん!」

 楽しそうな声と共に、にんげんが何だろうと思う間もなく犬が宙を舞いました。

犬が宙を舞うという事は当然、にんげんと魚の姉も空中に投げ出されるわけです。

「な、何!?」

「ふあっ」

 再び湖に打ち付けられるまでに見たのは思い切り手を広げた藍色の髪を裸身の上半身にまとわり付かせた女性の身体を背びれ側が黒い魚の頭から生やした姉の姿でした。

湖面に打ち付けられる衝撃、慣れない水中の視点、目の前を囲む泡に混乱してにんげんが思い切り息を吸おうとすると、魚の姉が思い切りにんげんの鼻と口を覆います。

そして息が出来ないと目を白黒させている間ににんげんを抱えて湖面の上に顔だけでも出します。

「ふがっ…苦しいよ魚の姉!」と訴えるにんげんに、魚の姉は申し訳なさそうに、「ごめんなさいにんげん。でも陸の生き物が水の中に入って慌てて息をしようとすると危ないからね。仕方なかったの。」と答えました。

それに対してにんげんは「そうなの?それじゃあ魚の姉が助けてくれたんだ。ごめんね、ありがとね。」と言って、ぎゅうっと魚の姉にしがみ付きました。

 そんなにんげんを宥めながら魚の姉が、「いいのよ。貴女が無事なら。犬、犬早くにんげんを乗せてあげて!」というのですが、犬の姿が見当たりません。

どうした事かと辺りを良く良く見渡せば、「ははは!お前犬かぁ!珍しいなぁお前が水の上に来るなんて!よしこのしゃちの姉が遊んでやるぞ!」と言いながら獰猛な顔つきの姉が犬を水の中に引きずり込もうと手で掴んでいる所でした。

 魚の姉は「鯱の姉さん、やめてください!そんな事をしたら犬に嫌われますよ!」と声を掛けました。

鯱の姉がその声に「えー?楽しいじゃない水中。どうせ犬は水呑んだくらいじゃしなないんだしー…」といいわけします。

魚の姉はぴしゃりと「死ななくても苦しい思いをさせられれば普通嫌いになります。鯱の姉さんはそんなだから他の水辺の兄弟に嫌われるんですよ。」と言い切りました。

 すると鯱の姉は犬を掴みあげられるほど大きな身体を縮こまらせて、「な、なんだよぉ。水中を引き回すのなんて遊びだっていうのに皆怒るんだもんな…水中から空中に飛ぶのだって気持ちいいから皆に味合わせてやってるのに…」と弱気です。

ですが魚の姉は容赦しません、「鯱の姉さんが楽しくても他の皆には大変な事なんです。水辺の怪物の中でも随一の力持ちだという事を忘れないでください。…鯨の姉さんを小突き上げて水上に追い上げる遊びは最近してないようですが。」という具合に。

もしかしたらにんげんが危ない目に遭ったので怒っているのかもしれません。

「う、もう随分あの遊びはやってないよ…鯨の奴は本気で泣くしお母さんにも怒られたし。今じゃ水の中の兄弟は烏賊の兄以外はみーんな私のこと見かけると逃げようとする。逃がさないけど。」と反省しているのかしていないのか解らない鯱の姉。

 そんな鯱の姉ににんげんは一言「鯱の姉は魚の姉よりずっと大きいのに、魚の姉には勝てないんだね。」というとあははと笑いました。

鯱の姉は「うっせ。お前にんげんかぁ?一番下の兄弟の癖に生意気な。いじめ…」と楽しそうな顔で肩から上だけ水上に出しているにんげんを水中に押し込もうとして、魚の姉に止められます。

「鯱の姉さん。にんげんは息が出来なかったら死にますよ。」と。

 それを聞いた鯱の姉は動揺して「え、え?兄弟なのに死ぬのかよ。よわっちいんだなぁにんげん。そ、それじゃあやめとく。」と手を止めました。

しかし相変わらず手には犬を掴んだままです。

 そこでにんげんが「ねえねえ、犬放して。犬の背中に乗ってたの、だからまた乗りたいの。」と言うと。

「ああ、だから下から見たとき犬しか居ないように見えたのか…ところでにんげん、宙を飛ぶのは楽しかったか?」と答える鯱の姉。

にんげんは「…よくわかんなかった。よくわかんないうちにどっぱーんとして、じゃぽーんって。何が起こったのか分からなかった。あれ、面白いの?」と正直に言いました。

鯱の姉は「ああ…お前にもわかんないのか…私は楽しいんだがなぁ…。ま、いいや。犬の背中より私の手に乗らないか?浅瀬まで送ってやるよ。」とちょっと意気消沈してから言いました。

にんげんが「あさせ…?」というと、魚の姉が「湖の浅い所よ。鯱の姉は大きいから深いところまでしか入れないの。」と教えてあげました。

するとにんげんは「うん!じゃあ犬と一緒に手に乗せて!」と言いました。

 こうして、鯱の姉の手の上に乗っかって岸辺に向かう事になったのですが。

「…酷い目に遭った。」と漏らす犬をにんげんが撫でて「だいじょーぶ、だいじょーぶ。」とあやしたり。

「わー!ひろーい!…えっと、なんかもやっとしてる!」というにんげんに魚の姉が「青い、かしら?」と言ったり。

鯱の姉が「どうだ、私の手の上も犬の背中に負けないもんだろ。」と自慢げに言って、にんげんに「うん!鯱の姉すごい!すごい!」と言われて有頂天になったり。

色々ありましたがにんげんの水遊びは楽しく幕を閉じましたとさ。

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