第1話 ナメクジ龍
初めまして、月城 晶と申します。初めての投稿となります。
初回は、3話分(18:10、19:10、20:10)投稿し、翌日から1話づつ投稿します(19:10)。
カクヨムでも同時に連載します。
楽しんでいただけたら幸いです。
「できた!」
「かわいい! ナメクジね」
「え……」
「え?……」
カイルとエレナは、見つめ合った。
ぷっくりとした胸に、細長い胴体。尻尾は魚の尾ひれで、手足は三日月の形をしている。頭に、触覚のような角が二本。
目だけが、やたらと大きかった。
どこか、とぼけた顔つきの土人形だった。
――これを、ナメクジと言われたのか。
「エレナ、これはね、ドラゴンや龍と呼ばれている生き物だよ」
「龍? 龍ってあの町の広場や神殿にある大きな像のこと?」
「そう! それそれ」
「アハハ! 確かに、言われればそうかも。じゃあ、ナメクジ龍ね! 名前を決めようよ。カイルは何がいい?」
「えぇっ……ナメクジは決まりなの?」
「うーん……」
頭を掻いた。
「ルーン……」
「ルーン? なんで?」
「わからない、なんとなくそう思った」
「ふーん、私はかわいいから好き、ルーンちゃんにしよう。決まりね」
エレナは笑顔で土人形を撫でた。
*
カイルとエレナは、今日も泥沼で馬車を待っていた。ルナフォールからゴミを捨てに来る馬車だ。
やがて、馬車が来た。
業者が降りて、運転席の後ろのレバーを回す。荷台が斜めに持ち上がって、ゴミが泥沼へ滑り落ちていった。
泥が、ゆっくりと飲み込んでいく。どこへ行くのかは、誰も知らない。底なし沼が満杯になることはなかった。
「気をつけろよ~」
業者は、少し離れたところにいるカイルたちをちらりと見て、それだけ言って去っていった。孤児院の子供がゴミを漁っているのを、知っていて見逃してくれている。
「行こう! さっき、光るのが見えたんだ」
カイルが駆け出した。前に来たときも指輪を見つけて、沈める前に取れなかった。
「指輪なら高く売れるのよね。みんなに、おいしいもの食べさせなくちゃ」
エレナも駆け出した。
最初はカイルの魔道具集めの趣味だった。いつも泥だらけになってゴミばかりを持って帰ってくるカイルをエレナがあきれるのが日常だった。
「また拾ってきた」
エレナは玄関口で腕を組んで通せんぼしていた。
「ゴミじゃない」
「ゴミでしょ」
「魔道具」
「壊れた魔道具でしょ」
「直せる」
「直せる数じゃないでしょ。部屋に入りきらなくなるっていったでしょ」
カイルは皮手袋を一周ぐるりと眺めた。片方だけしかない。もう片方はどこかに行ってしまっているが、それでも上等な品だ。魔力の通る糸で縫われている。汚れてはいるが洗えば問題ない。
「これは上等な――」
「臭いわ」
「――品なんだけど」
「臭いって言ってるの」
「少し汚れているだけで――」
「今日一番臭い」
カイルは手袋の匂いを嗅いだ。臭すぎた。泥と何かが合わさった匂いで、嗅いだ瞬間に鼻と目が痛くなり吐き気がした。
「……捨てさせていただきます」
「ありがとう」満面の笑みでエレナは続けた。「他のもお願いね」
「これは上等な――」
「全部臭いわ」
「――品なんだけど」
エレナはもう部屋に戻っていた。
風向きが変わったのは、ごく最近だった。
エレナが十二歳になった年に、魔力を生み出せるようになった。拾ってきた魔道具に魔力を入れると、動いた。しかも、長く動いた。
――普通より、持ちがいい。
何度か試して、カイルはそう思った。
ゴミが、お宝に変わった。
その年の終わりに、エレナが魔力熱で倒れた。
村には、ガン爺がいた。カイルに土人形を教えた男だ。
自称「土魔法の皇帝」。何が皇帝なのかは誰も知らないし興味もなかった。
村人にとっては、単なるひげ面の酔っぱらった爺さんでしかなかった。
そのガン爺が、寝ているエレナの脇に座って額に手を当てた。
カイルは、見ていた。
ガン爺の顔から、赤みが引いていった。目が急速に澄んだ。年中酒臭い男から、匂いが消えていた。
ガン爺は、汗をかいていた。
「ありえん。この力は……」といったきり黙り込んでしまった。
「エレナは大丈夫なの?」横で見ていたカイルが聞いた。
「普通であれば魔力熱は数日休んでいれば収まる。魔力を帯び始めた体がついていけないだけじゃから、体が魔力に慣れてくれば時期によくなるはずじゃ」
ガン爺は、苦しむエレナを見つめていた。
「じゃが、この魔力は強すぎる……」
「カイル、ラザロを呼んできてくれ」ガン爺が言った。
「はい、分かりました」カイルは部屋をでてラザロを探しにいった。
ラザロは孤児院の責任者だった。ヴァルナ教の神父として派遣されてきたが、カイルは一度も、この男が祈っているのを見たことがない。
ラザロはすぐに見つかった。例によって小部屋で酔っぱらって、机に頭を載せて寝ていた。
「ラザロ、ガン爺が呼んでる」
「ガン爺……まだ生きてたのか……うにゅ」一度起きかけた真っ赤な顔をしたラザロはそのまま頭を後ろに倒し再び眠りにつこうとした
「エレナの様子がおかしいみたい。すぐに呼んで来いっていわれた」
エレナという言葉を聞き、ラザロは少し正気に戻ったのか、頭を正面に向きなおした
「エレナ……エレナがどうしたって!!」
「熱でうなされてる。すごく苦しそうでガン爺がなんか変だって言ってる」
「わかった。すぐにいこう」ラザロはふらふらしながら立ち上がった。
エレナの元に戻るとラザロの顔からも赤みが引いていった。
「これは……」
「ラザロ、この子はいったい何者だ」ガン爺が聞いた。
ラザロはそれには答えず、すぐに布団に呪文を唱えはじめ、それが終わると部屋の中にも呪文をかけ始めた。
それを見ていたガン爺は怪訝な顔していた。
その後、ラザロとガン爺はカイルにエレナの様子をみさせ、二人は食堂でしばらく話し込んでいた。
数日が経ち、エレナは体調が回復して以前と同じように動けるようになった。そのときからエレナは一人だけ呪文をかけた部屋で寝るようになり、定期的にラザロから特別な呪文を施されるようになった。
「エレナは魔力が強い。定期的に魔力を抜かないと体内で溜まってしまう。それを抜くための治療だ」ラザロは、カイルにそう説明した。
まだ子供であったカイルたちはそんなことは忘れ、貧乏な生活だったが泥底村での幸せな日々を送っていた。
「食事代がない、援助もない、酒代もない……何もない」
ラザロは机に頭を乗せたまま言った。酒瓶が三本転がっていた。
「酒代はあるじゃないですか」とカイルは言った。
「これは薬だ。朝の薬、昼の薬、夜の薬」
「三回飲むんですね」
「そういうこと」
カイルは孤児院の窓から外を見た。昨年の冬から子供が一人増えて、今は四人になった。本部からの支給は途絶えたまま——ラザロを嫌う上層部の仕業だとラザロ本人が言っていた。
「ガン爺に頼めないの?」
「あの酔っ払いに頼める面の皮は俺にはない」
「ロザさんは?」
「あの酔っ払いに頼める声帯は俺にはない」
「ベルトさんは?」
「あの酔っ払いに頼める腕は俺にはない」ラザロは一拍置いて付け加えた。「文字通りな」
沈黙……
「ラザロも飲んでるじゃないですか」
「俺は神父だよ~。これは聖なる水ね」
カイルはため息をついた。
窓の外、ガン爺が沼のほとりで土を捏ねていた。ロザが小屋の前で何か呟くように歌っていた。テオがまた意味の分からない叫び声を上げながら走り回っていた。ナル婆がそのテオを箒で追いかけていた。
どこかで鍋の匂いがした。エレナが夕飯を作り始めたのだろう。
泥底村の夕方は、いつもこんな感じだった。
村に集まるのは、皆なにかに失敗した人たちで、皆、なにかから逃げてきた流れ者。そしてなぜか皆酔っぱらいだった。
そんな村の生命線がルナフォールから流れてくるゴミだった。
ゴミがお金のなる木になったのは、エレナのおかげだ。
カイルが拾った魔道具を修理し、エレナが純度の高い魔力を充填する。それをルナフォールで売る。純度の高い中古の魔道具は高く売れた。瞬く間に酒代以上のお金が稼げるようになった。今年は何とかひもじい思いをせずに冬を越せそうだった。
そんな村の生命線がルナフォールから流れてくるゴミだった。
ゴミがお金のなる木になったのは、エレナのおかげだ。
カイルが拾った魔道具を修理し、エレナが純度の高い魔力を充填する。それをルナフォールで売る。純度の高い中古の魔道具は高く売れた。瞬く間に酒代以上のお金が稼げるようになった。今年は何とかひもじい思いをせずに冬を越せそうだった。




