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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
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化け物ふたつ②



 サトルは夢を見た。どこかの民家の縁側で、将来の夢を語らう夢を。暑い日差しに照らされて、時折やわらかな風が吹き、風鈴を鳴らす。



「ねえ、証ちゃん。あたしの夢ってなんだと思う?」



「知らないよ、そんなの。なあに?」



「それはね……証ちゃんのお嫁さん!」



「……えッ!?」



 目の前にいる女の子の瞳は混じりっ気のない希望に満ちあふれ、ジッと見つめてくる。証悟とゆかりの夢だ。サトルは証悟の目線になっているのを察した。



「オレがお婿さんになるってコトか!?」



「うん! それでさ、この村でふたりでゆっくり暮らすの!」



「あはは。なんだそりゃ、おばあちゃんみたいだ!」



「笑わないでよー!」



「でもさ……。いいな、それ。ゆかり、絶対に叶えよう! 大人になるのが楽しみだ!」



「それでね、たまにね、いろんなところを旅してね――」



 微笑ましい夢は走馬灯が巡るようにまだ続く。小川でフナを釣って、虫アミ片手に野山を駆けて……。そして、あの満月の夜が来た。



 ゆかりが奪われたあの日から、村に対する恨み辛みが募る。程なくして村を出ていき、誰のツテもなく東京を彷徨った。



 東京は白昼夢の砂漠だった。大勢の人による大勢の希望、そして大勢の欲望。働き、稼ぎ、買い叩く。社会全体の上昇志向。息苦しさすら覚える。



 だからこそ絵を描いた。街中から陽炎が立ち上るような、異様な熱気。同じような顔をしてスーツを纏い、電車に詰められる様は葬列のようで、どこか受け入れ難く、しかしその熱気に取り憑かれたように喧騒を描いていた。右手の痛みを忘れながら。



 寒さと自身の悪臭がキツくなってきた頃、画家を名乗る老人がスケッチブックを覗き、才能を褒めてくれた。



 四畳半一間の部屋を与えられ、老人に言われるがまま絵を描き続けた。なんでも描いた。週刊誌の表紙、絵本、ポルノ映画のポスター、果ては有名絵画の贋作まで。全ては生きるために、カネのために。



 そんな生活が二年経ったとき、老人の元を去った。技術とカネは工面できたからだ。それから日本中を旅しながらその土地の風景を描き、マスメディアに目をつけられると神童と呼ばれるようになった。



 賞賛はあった。もちろん批判もあった。けれどそんな評価など興味がなく、ハエの羽音よりも耳障りな塵芥に過ぎなかった。絵描きの旅を続け、やがて青年となり、歳を重ねるにつれ世を儚むようになった。



 学生運動に身を捧げる歳の近い若者からは、学もなく変わる気のない厭世家と言われ、オイルショックへの不安が蔓延すると紙をムダにするなと言われた。



 ロクに学ばず地に足つけず、なぜ絵を描いているのか? そんなコトは自分自身でも答えられなかった。描いていた明るい未来に裏切られ、生きるコトにも無関心になり、目に見える世界に存在意義を見出せなくなっていた。



 そんな狂乱の時代が過ぎると、新たな混沌が生まれた。バブル景気。描き続けていた絵が、信じられない値段を突きつけられた。



 あの不況から手のひらを返すように、忘れたように、人々は現在しか考えず狂っていた。そんな社会に嫌気が指したとき、ひとつのニュースが入った。故郷がダムの底に沈むと。



 行きたくもなかったが、せめて墓代わりに描いてやろうと、郷愁と追慕が足を動かせた。そして月桂樹と一体化したゆかりと再会した。



 空妖という存在を認識すると、蒙が啓けた思いだった。無限の可能性と新たなる世界を見出すと、富や名声などもはや無用の長物だった。



 きっとゆかりを元に戻せるハズだ。生きる希望が湧くと、様々な文献を漁り、各地へ足を伸ばした。だが元に戻す一向に見つからなかった。



 ならば、方向を変えればいい。木と一体化した人間を戻す伝説を探す方法よりも、もっと有名なもの。例えば、不死の伝説。オレが不死になって寄り添えば、ゆかりは寂しくないハズだ。



 不死を授かるアイテム――人魚の肉、エリクサー、アムリタ。神話上の眉唾物だ。なにも見つからず、探しているうちに歳は重なっていく。身体が動くうちに、どうしても欲しかった。



 何度も海を渡り、後に辿り着いたのが吸血鬼の伝説。かつてトランシルヴァニアと呼ばれた地、そこの洞窟で吸血コウモリに噛まれ、吸血鬼のチカラを授かり、人間をやめた。



 永遠の夜を手に入れるも、日本へ帰るまでに困難を極めた。飲まず食わずで生きられるのはいいが、どうしても不便が生じた。昼に歩く度胸はなかったし、切り傷でも負えば傷は塞がらず、血がどんどん流れていってしまう。



 どんな存在になっても、生きづらさは変わらなかった。それでも目的があるぶん、生きる意欲はあった。ニンゲンの道を外れ、殺人を犯しても開き直れるくらいには。



 法を無下にしながら、暗い大地をさまよい、海を渡る船底を這いずり、苦労を重ねて帰国した。



 日本は変わっていた。世紀末に蔓延る閉塞感、厭世観。空妖もいるなら、きっと恐怖の大王とやらもいるのかもしれないと思った。結局なにも起こらなかったが。



 主観でいちばん変わったのは、やはり故郷が沈んだコトだ。子どもの頃の全ては水の中。だが村にいた連中は、今までの所業を水に流せたと思っているのなら許せないと、皆殺しにしようと思ったが、夢の中でゆかりに止められた。



 そこでオレは、初めて孤独感がなくなった。ゆかりのそばに寄り添い続け、ずっと夢を見ていれば幸せを感じていたのだが。



 長く夢を見ているうちに、魔が差した。現実でゆかり解放し、吸血鬼にして、いつまでもいっしょにいたくなった。村が行っていた人身御供は、イス取りゲームのようにひとりが抜けて、もうひとりが木と一体化するのではないかと予測した。



 ここが山奥とはいえ、夢を操るチカラがあれば、きっと感応して来るだろう。



 夢見るままに、待ちいたり。



 20年近く待ち続け、そのときがついに来た、というのに――



(オレは……誰なんだ?)



 サトルは自分という存在が揺らいでいた。証悟の記憶が一気に流れ混んでくる。



「あんまりじゃないかッ! 少しでも長く触れたかっただけなのにッ!」



 感情もだ。この世にある全ての言葉が慰めにならないほどの悲しみは、サトルの意識を塗り潰す。



「まるで呪いじゃねェか、産まれたコト自体が。土地も、生命も、みんなみんな全部ッ! ……こんなの、あんまりだ」



(こんなに悲しいのは久しぶりだ)



「またオレは……独りになったのか」



(そうだ。生きるコトは、失い続けるコト。忘れていた、この苦しみを。だったら、いっそ独りで――)



 サトルは証悟の悲しみを共有して意識が一体化しそうになると、聞き馴染みのある声がした。



『おいおい、キミはなにをすっとぼけたコトを言っているんだ?』



(そ、その声は……)



『独りになりたい? いやあ、残念だったな。キミが離れたくても離れられないのが、ワタシのそんざいだ。フフ、歯がゆいか?』



 いつもおどけたような、それでも慮ってくれている言いかた。何度、安心させてくれただろう。



(……ああ、いい夢だな。オレは独りじゃないんだ)



『うんうん、きっとそうだな。それで、他に言うコトは? いつまでカッコつけてる気だ?』



「いや、そんなつもりは……。ああ、ありがとう」



『フフ、世話が焼けるな。ほら、キミの名前を呼んでいるヒトがいる。聞こえるだろう?』



 確かに聞こえた。大事な人が呼んでいる。幼い頃から、ずっとそばで支えてくれた人。そうだ、明璃を追ってここまで来た。



「待ってろ、明璃!」



『受け取れ、ワタシの呪いを。キミのチカラを振るってやれ』



「もう遠慮はしない。オレはバクを含めての禅院サトルだ。……行こうぜ、バク」



 そして目覚めた先に、怯える吸血鬼が見えた。明璃に迫るその小さな背中を許すワケにはいかない。許せるのは、世界が存在を忘れさせるまでだ。



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