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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
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現れた黒幕③

このエピソードには、人体の欠損などのグロテスクな表現があります



「なに、これ……。胸が、痛いっ!」



 オオカミの群れを止める最中、花子さんに異変が起こっていた。抱えたコトのない怒りが、悲しみが、それらをかき消すほどのドス黒い感情が胸に渦巻く。



「ウソよ……、これが夕七の思いだなんて。あの子に限って、こんな、こんな……。ありえない」



 能力の共有は、感情も共有される。目の前にいるオオカミに向けるのは、花子さんが感じたコトのないモノだった。



「夕七がどうしてこんな思いを抱かなきゃいけないの……。ああっ、止めなきゃ。待ってて夕七!」



 花子さんは切実だった。樫見が強大なチカラを振るうのに、花子さんが覚悟できていなかったからだ。



 樫見らしさを、やさしさを捨てて欲しくなかった。しかし樫見は止まらない。ダムは怒涛の如く放流する。証悟の切れた腕から流れる血もまた、同じように。



「このッ……やりやがったな!」



 証悟は共有しているオオカミの能力を使い、腕を再生させ、倒れているサトルの血を吸う。



「おい、まだ血を作ってる途中だぞ。やめないか、つまみ食いは」



「うるせェな、この減らず口! そうだ、いいコト思いついた」



 また水の刃が閃いたので、ほんの少ししか吸えない。証悟は倒れているサトルの頭を鷲づかみして、樫見に見せつけるように持ち上げた。



「見てみろ、人質だ。少しでも力を入れりゃ、小僧の首が捻じ切れンぞ!」



「こんな状況じゃなきゃ、ツバでも吐きかけてるところだかな。惜しいな」



「いや、なんでそんな余裕あンだよ、口ごときがよ……」



 樫見はひるむコトなく、右腕を薙ぐ仕草をした。すると放出された水が逆流し、天端を這う白波と化した。波は引き際に証悟の足に絡み、身体を底へ連れ去ろうとする。



 証悟が手を離した隙に、バクは翼を生やして飛び、サトルを空に留めた。



「翼とはな! なるほどなァ、そりゃ余裕なワケだよなァ!」



 証悟は天端から落ちそうになるも、足を思いきり蹴り上げた。砕けたコンクリートに突き刺さった足は、水に流されずガッチリと固定されている。



「いいかオオカミども、水を操る小娘の喉笛を掻っ切れッ!」



 証悟の号令で、どこからともなくオオカミの群れが現れた。前から、後ろから攻撃を仕掛けるも、樫見は動じない。両腕を交差させ拳を握ると、ダム湖は吹き出し、水は手の形を作った。



 オオカミの数だけ湖から水の手が飛び出し、オオカミたちをつまみ、ダム湖へと引きずりこむ。



「なんて恐怖映像だよ、オイ。だがいい囮になってくれた!」



 証悟はなんとか天端に上がり、樫見の元へ近づき、月桂樹の花を光らせる。樫見には風鈴の音が聞こえた。



 瞬間、樫見の周りは真っ暗になり、なにもなくなった。証悟が夢の世界に閉じ込めたのだ。



「好き放題やりやがって。もう許さねェからな?」



 暗い空間にはなにもない。ダムの水も。攻撃の手段がないと見るや、証悟は樫見ににじり寄る。しかし樫見は表情ひとつ変えない。花子さんの能力の共有は切れていない。



「許さないのは……わたしも同じッ」



 樫見が流した涙のたったひとしずくは、弾丸のような勢いをつけて、証悟の胸を貫く。舞った血は証悟の目にかかるように操作した。



「ぬああッ、いてえッ!」



 すっかり油断していた証悟は、突然の奇襲に驚くばかりだった。



「オオカミどもッ! 来やがれェ!」



 目をつむったまま号令すると、複数のずぶ濡れになったオオカミたちが現れた。



「見せてやれ、悪夢をォォッ!」



「……なるほど、真っ暗な夢ね」



「だ、誰の声だ?」



 しかし証悟はまだ気づいていない。一匹のオオカミの背に花子さんが乗っているコトを。そしてその両手には、抱えるように浮かせている水球を携えているコトを。



「たしかに悪夢かもしれないわ。一寸先は闇……、あんたの現実になるかもね。そうでしょ、吸血鬼さん」



 花子さんは両手を合わせて水球を潰す。弾けて飛び散った水はオオカミたちの四足にまとわりつき、見えない地面に引っ張る。オオカミはのしかかった水の重さにより、動けなくなった。



「なにがどうなってンだ……」



 証悟は何度もまばたきして、やっと目を開くと、樫見の隣にいる花子さんを見て首を傾げた。



「花子さん? そのカッコ、三番目の花子さんか?」



「三番目って……なんの順番?」



「いやだから、便所に入って三番目の花子さんだよ」



「どうでもいいけど、私はトイレの花子よ。そして今はアンタの敵。そう、言うなれば……ダムの花子!」



「はあ?」



 花子さんはそう言ってドヤ顔をした。対して、証悟は困惑。



「オレは伝説とか妖怪を相手してンのか。冗談きついぜ。たしかに悪夢を見てンのはオレのほうかもな」



「吸血鬼がよく言うわ」



「ああ、だからやめにしよう」



 証悟は指を弾くと、真っ暗な空間は消え、元の風景に戻った。



「もう月があんな上に昇ってる。これ以上血は流せねェ」



「どの口が……!」



 樫見は腕を伸ばしたとき、ダムの放流が止まり、自身も膝から崩れ落ちた。能力の使いすぎによる疲労だった。



「夕七!」



「こりゃ好都合だ。おとなしそうな娘だし、あんまり日常的にやらないコトすると、そりゃ疲れるよな」



「まだ私もいる!」



 息を荒げる樫見の前に、花子さんが立ちはだかる。しかし証悟は背を向けた。



「あー、知ってる。時間だからよ、もうちょっかいはかけねェ。もっとも、そっちから来るならハナシは別だが」



 2回手を叩くと、オオカミが屈んだ状態で現れ、証悟はすぐにオオカミの背に乗った。隙はいくらでもあったが、花子さんは手を出せなかった。



「殊勝だな。都市伝説じゃ、花子さんはトイレに引きずりこむ悪いヤツなのに、ニンゲンと仲良しだなんてよ」



「引きずりこむなら、どうしてそんなウワサが流れるのかしらね?」



「ニンゲンの悪意だろうな。そのほうが面白い」



「面白い、か。それがヒトの想いだったのかな。まっ、慣れっこだけど」



 証悟はため息をついて、花子さんに訊ねる。



「なあ、そこの小娘の想い、どんな具合だった?」



「……とても重かった。暗くて、絶対に許さないっていう黒い意志。私も見たコトない姿だった」



「ヒトを想うからこそ、か」



「アンタもそうなんでしょ。早く明璃を帰してほしいわね」



「オレにも成し遂げたいコトがある、それこそ、ヒトを想うからだ。止めたきゃ止めてみろ」



「私たちはみんなを信頼してる。心配になるのが多いけどね。今は……ひと休みね。夕七のために」



「見逃して後悔すンなよ。小僧によろしくな」



 証悟がトンネルの暗闇に消えると、今までの風景がヒビ割れた。一見すると景色に変わり映えはないが、花子さんのすぐ後ろに、座り込んでいるサトルと小林先生がいた。



 花子さんは夢から醒めたのを理解すると、安心感で脱力しきって樫見の隣で座り込んだ。



「……もう限界だわ。がんばったわね、夕七」



「花子さん? よくわからないけど、なんだか疲れちゃって……。あっ、吸血鬼は!?」



「安心して。ひとまずはどこかに行ったみたい」



「そ、そうですか……」



 花子さんも樫見と同様、限界を迎えていた。証悟に襲われなかったのも強気な姿勢を保ち、水を操る能力を脅威的と思わせたからだ。



「やっぱり花子さんみたいに、もっと水を扱えなきゃ……」



「いいのよ、夕七は夕七のままで」



 花子さんは微笑んだ。なにより安心したのは、樫見の怒りが収まったからだ。でも、と言いたげな樫見に、花子さんは手を柔らかく握る。



「落ち込まないで。上手にできていたわ。なによりの証拠が……」



「樫見さん、花子さん、無事ですか!?」



 小林先生がへたり込むふたりに駆け寄る。視線を動かすと、血を抜かれ倒れていたサトルが立てるまでに回復していた。



「ほら、みんないるでしょ? 悔しいけれど、私たちは休んでいましょう」



「……はい」



 みんなを守れた。ふたりを共有する思いが流れ込む。樫見は空を見上げ、また想う。この星空を、またみんなで見られますように、と。



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