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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
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現れた黒幕②

このエピソードには、人体の欠損などのグロテスクな表現があります



「これが……鬼のプレッシャーか」



 風邪とも違う悪寒、日常生活では感じない緊張感。その男が現れたとき、樫見はへたり込み、サトルは文字通りヘビに睨まれたカエルの気持ちを味わった。



 古梶山に巣食う喪服を着た吸血鬼・藍原証悟。彼は微笑みをたたえながら、サトルに向かってゆっくりと近づいてくる。



「あ……あいつだ。あいつに俺は殺されたし、おまえに取り憑けって脅されたんだ!」



 悪霊になりかけていたコワスギお化けは、恐怖のあまり我を取り戻していた。サトルは呆れた。



「こんなコト訊くのも悪いけどさ、なんで死んでるのに脅しに屈したんだよ」



「俺のPCのハードディスクを暴いてやるってよ……。やーばいでしょ! ああーッ、コワスギコワスギィ!」



「は? ンな理由かよ……」



 なにを保存していたのかは聞きたくもないが、そんな理由で取り憑かれたのかと、サトルはコワスギお化けに対して腹が立った。



 しかし、今は怒る場合ではない。サトルは目の前の吸血鬼に目を向けた。



「あんた、勉強家なんだな。昔の人なのに、よく現代人の弱みを知ってる」



「オレがニンゲンの頃使ってたフロッピーと比べりゃ、今のコンピューターはとんでもねェ容量だな。科学の進歩はスゲーよ、ビデオカメラだってとんでもなく小せェしな」



 証悟の過去と現在を照らし合わせれば70歳以上のハズだが、身体も声も若いままだ。



「まっ、科学が進歩したとしても、見事に人の欲は変わらねェわな。そして、その欲が弱さに繋がるコトもよ」



「たしかに。太陽の下で生きられないあんたが言うと、説得力があるよ」



「ははッ、言ってくれるぜ」



 証悟は笑いながら、その青白い指を動けない樫見に向かって伸ばした。



「小僧、全部守りたいか?」



「指一本触れさせない」



「あの幽霊とも友達かい?」



「違う。あれはどうでもいい」



「おいー!」



 きっぱり否定すると、コワスギお化けはサトルの目の前に飛び出してきた。コワスギを通して証悟が笑っているのが見える。



「なあなあなあ、死んだ人間をいじめて楽しいかよ、ええ? 俺だって幽霊だけど怖いんだよ、アイツが!」



「なんもやましいコトがなければ、おまえのPCなんてどうでもいいだろ」



「いや、それは……。なあ、せめてそれはさ、俺が成仏してからやってくれよ、ホントにガチで!」



「なんだその慌てよう、おまえクロだろ! オレの目の黒いうちは、死人に口なしとか言わせねえからな!」



「そんなァ!」



「どいて逃げてろ、ほら!」



 言い争いしてる間に樫見のほうを見ると、ふらつく足で立ち上がっていた。花子さんもそばについている。なんとかなりそうだ。



「小僧、失いたくないってのは大きな欲だぜ。手に入れるより難しいんだ、維持するってのは」



()()()()()()をいっしょの意味するのか?」



「ンなモン結果論さ」



 証悟は内ポケットから黄色い不格好な花を取り出した。月桂樹の花だ。



「さてさて、あいさつはここまでにして。悪夢を見せてやるよ」



 花は強烈な光を放ち、サトルを包む。恐る恐る目を開けると、誰もいなくなった。バクも返事をしない。



「みんなをどこにやった!?」



「オレがおまえを隔絶したンだよ。身の程を理解させるためになッ!」



 証悟は青白い手で拳を作り地面を殴ると、爆音とともにダムの天端が穿たれた。まさに鬼神の如き剛力だ。



 飛び散る礫の向こうで、証悟が赤い瞳を光らせる。



「不思議なモンだな。昔は無力感に苛まれてたのに、今のオレなら……なんでもできる気がするぜ」



「人間をやめたツケは必ず清算されるぞ」



「言ってろよッ!」



 証悟はその拳をサトルに振りかざす。人外じみた剛力なら人間の身体など、枯れ木の枝のようにたやすく真っ二つになる。



 しかし証悟は空妖の身となり、サトルの手には空妖だけを斬る霊剣が握られている。襲ってくる拳に、サトルはその白刃を振り下ろした。



「うがあああーッ!?」



 サトルの手にはなんの手応えもなく、しかし鏡花旅楽は証悟の腕を切り落とした。腕の断面から流れる血に、サトルは気分が悪くなった。



「よくも……よくもやってくれたな小僧ォォッ!」



「言っただろ、ツケは……。おえっ、あーダメだ、直視してらんない」



「見てらンねェか? じゃあ、お望み通り生やすか」



「なんて?」



 サトルは背けていた目を証悟のほうにやると、切ったハズの腕が再生していた。



「オオカミのチカラ。共有してンだな、これが」



「おいおい……ズルだろそれ!」



「いや大したモンだ。見てみろオレを。げっそりしてきただろ?」



 血が流れでたせいで証悟の頬はこけ、痩せ細った。



「これじゃパワーもでない。小僧の血をもらおうか」



「一滴もやらせな……あれえ?」



 震える足でにじり寄る証悟に、サトルは鏡花旅楽を振るおうとするも、手にはなにも握られていなかった。



 戸惑っている間に、証悟はサトルの首を掴む。



「どうだい、ふつうのニンゲンになって吸血鬼と対面する気持ちは?」



「……悪夢だ」



「グッド。いい反応だ。悪夢から醒ましてやるよ」



 証悟は夜空を見上げ、ロウソクの火を消すように息を吹くと、風鈴の音が鳴った。夢から醒めたようだった。



 首根っこをつかまれたサトルには、変化が感じられなかったが――



「ぜ、禅院くんッ!?」



 樫見の驚く声が聞こえた。



「な、なにが夢から醒めるだ。離せよ。話が違うだろ……」



「ようこそ、悪夢のような現実へ」



 サトルは声を振り絞ると、証悟は笑った。視線を下げると、浮いた足元に鏡花旅楽が落ちている。証悟はそれに気づくと、鏡花旅楽を蹴る。小さな飛沫がダム底に落ちたのを物語った。



「よくも……。バク、チカラを――」



「おっと、そこまでだ」



 バクと能力を共有した瞬間、証悟はサトルを寄せると、サトルのうしろ髪を上げて、うなじに一瞬だけ噛みついた。



「な、なんのマネだ……」



「なにって血ィ吸ったんだよ。酒もタバコもやってない、うめェ血だ。なによりもRhプラスでO型なのがグッドネス。これで安心して飲めるってモンだぜ」



「抗原不一致はダメなのかよ、吸血鬼も……」



「世知辛えよな」



 再び血を吸われると、サトルの背筋に寒気が走った。寒気は全身を包み、体温を奪っていく。血の気は失せ、視界が明滅しても、心臓の音だけがやたらと大きく響いていた。



「サトル、生きてるか?」



 バクが冗談混じりに訊く。サトルは微かに首を縦に振るしかできなかった。証悟はサトルが動けないのを確認すると、吸血をやめた。



「この声、小僧に取り憑いてる口か。興味本位なんだが、小僧が死んだらお前さんはどうなっちまうんだい?」



「さあ。宿主が死んだ寄生虫はどうなると思う?」



「ククッ。そうならないための努力はしてンだろ?」



「当たり前だ。我々の生命力を知らないだろう。たまげるなよ、吸血鬼」



「じゃあこれは知ってるかい? 努力ってのは報われねェとよ、努力って言わねンだよ」



「卑屈だな。お日様を浴びていないとこうなるのか?」



「どいつもこいつも減らず口かよ」



「言われ慣れてるさ」



 証悟は腕に力を入れ、首を絞め続ける。血は抜かれ、息も耐えそうなサトルは抵抗すらできない。



「どんな努力をしてンのか知らんが、徒労で終わりそうだなッ!」



「フフ……いや。ワタシががんばる必要もなさそうだ」



「は?」



 突如、轟音が鳴り響いた。



「なんだ、なんの騒ぎだ?」



 証悟はサトルの首をつかみながら、ダムを見る。さっきまではなにもなかったのに、危険水域でもないのに放流し始めた。



「離してッ……」



 施設の人間が行ったワケではない。この怒涛に理屈はなく、文字通りの怒りによって表れた。鋭い剣幕で見つめる樫見によって。



「こりゃなんだ? 小娘がやってンのかい?」



「禅院くんを、離してッ!」



 証悟は笑って腕に力を入れるも、目の前にサトルがこぼれ落ちた。証悟の腕といっしょに。



「おいおい、なんなんだッ!?」



 一瞬の閃きだった。水の刃が証悟の腕を裂いたのだ。サトルの背中にこぼれ落ちた証悟の腕を、バクは食し、笑った。



「なにがおかしいんだ、減らず口。他人に助けられるのが生き延びる努力とでも言うのか?」



「吸血鬼にはわからないか? ヒトはそれを『絆』と言うんだよ」



「ったく、参ったな。久々だね、そんなクサいセリフ」



 樫見は片腕を落とした証悟を睨み続ける。ダムから流れる怒涛は未だ、止む気配はない。



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