反撃の狼煙②
古梶荘――倒木により道は塞がれ、陸の孤島と化したこの周りにオオカミは群がっていた。
「……ねえ、せーので玄関開けるよ」
人里離れた山の中、満月照らす狂気の夜は騒がしい。人に限らずとも、空妖に限らずとも。
「せーのっ!」
「マッシマァァァビィィィィムッ!」
魅人が古梶荘の入り口を開けた拍子に、真島が三郎から借りたマスクを被り、ヘッドバンキングをしながら光線を放つ。
そんなニンゲンの奇行を目にしたオオカミたちは、クモの子が散る如くバラバラに離れていった。
「先陣を切るよ、ウンちゃん! 巌となりて聳え立てッ!」
ウンちゃんはオオカミに負けないくらいの咆哮を上げ、魅人のかけ声に応える。徐々に徐々に大きくなるも、控えめに鳴いたところで止まった。
「ランクルくらいのサイズになってんじゃん!」
「いいでしょ、お先!」
魅人はウンちゃんに跨ったうえで、横に寝かした耳をバイクのハンドルのように握る。石の巨体にシシの身体能力。ただ走るだけで、オオカミたちには脅威となる。
ただし、それは地上にいるときだけ。一匹のオオカミがウンちゃん飛び乗り、無防備の魅人に牙を剥く。
「そりゃさあ、こうなるとは思ったけどもさーっ!」
揺れに耐えながらオオカミは魅人に噛みつこうとするも、開いた口が塞がらなかった。口内には大量の砂が詰まっている。三郎の攻撃だ。
「言ったろう、助力すると」
「こんなガチ死闘になるなら、あかなめの剣のひとつやふたつパクっておけばよかったかもね」
「ククッ、違いないな」
オオカミたちがウンちゃんに気を取られている隙に、小林先生と樫見と花子さんは車に乗りこむ。
「近づけるところまで、乙筒木ダムに行きます!」
「せ、先生。なにか確証は……?」
「幽霊は水辺に集まりやすいですから! 幽霊に取り憑かれた禅院さんはきっとそこです!」
「な、なるほど〜……」
「いいの? そんなので」
樫見は根拠が薄いといまさら言えず、車は唸りを上げて発進した。やはりオオカミは見逃さない。
「こうやって引きつければ、みなさんも楽になるでしょう」
突如、ルーフになにかが落ちてきた。これには昨日の経験も相まって、内心では余裕綽々だった小林先生も覚悟を決めた。
「乗ってきましたかね……?」
あんのじょう、オオカミがフロントガラスに顔を見せてきた。
「サプラ〜イズ! 怯むモンですか!」
「先生、あの……窓を拭いてくれる水をお願いします!」
ウォッシャー液を出した瞬間、それは宙に浮くと、樫見の目の下に浮かぶ雫模様も水色に光る。
「降りて、オオカミさん!」
樫見が手を伸ばすと、窓を拭くだけの少量の水は渦巻きを作り、オオカミの鼻先を包むと、渦巻きはオオカミをひょいと持ち上げた。
「いいわね、夕七。もしかしたら、わたしより使いこなせてるかも」
「謙遜しすぎですよ、花子さん」
「そう、謙遜したの。わたしが夕七にできないコトをするからね」
「また乗ってきた、お願いします!」
フロントにしがみつくオオカミに対して、花子さんは冷徹な目つきで睨む。そして一点に留めたウォッシャー液を指さし、横一文字に切ると、薄く延ばされた水のカッターはオオカミの前脚を切断した。
「これはできないでしょ?」
「む、むごいです……」
「夕七はやさしいから、ね」
サイドミラーから見える光景は、ふつうの動物ならば心の痛むものだ。しかし悶え苦しむオオカミたちは起き上がり、再び車を追う。前脚が切断されたオオカミもいつの間にか元通りになって、ふらつきながら立ち上がった。
「面倒くさいわね。ダムはまだかしら?」
「ええと。そろそろ別れ道に差し掛かるあたりだと思います」
山中を進んでいると、小林先生の言うとおり別れ道があった。ひとつの道は倒木で塞がれ、もうひとつの道は遠くにフェンスが立てられている道だ。
車はウインカーを出し、フェンスのある道に直進する。ヘッドライトに照らされたフェンスを見ると、中央にチェーンが巻かれ、一周した箇所に南京錠が掛かってるだけだった。
「これならいけますね」
小林先生は口角を上げた。
「先に謝ります。先生らしいところを見せられず、申し訳ありません」
「あの……いまさらかなと」
「あそこのフェンス、ブチ破っていきますよッ!」
「だと思いました〜っ!」
「あのチェーンを切ってください!」
「わかったわよ。いい大人なのに、空妖よりも自由なんじゃないのお?」
花子さんはウォッシャー液で再びウォーターカッターを作り、指を縦に切った。錆びついたチェーンと南京錠がいともたやすく千切れたところに、車は当然のように突っ込む。
日常では聞かない音に、樫見は思わず目をつむった。対照的に花子さんは笑っていた。
「センセイいっけないんだ〜ッ。超絶大胆反社会的行為遂行ォ〜ッ」
「あ、後がこわいですよ……」
「今のうちに笑ってくださいよ、責任はすべてわたし持ちですから!」
フェンスを抜けた先には一車線の狭いトンネルがあった。コンクリートで覆われた比較的新しいものでも、照明はない。ライトをハイビームにして、一気に加速する。
やがてトンネルを抜けると、。木の一本もない開けた場所に出た。今までいた場所とは別世界のようで、小林先生は思わず「おおっ」と興奮した。
「さて、根拠の乏しいままここに来ちゃったけど、いるのかしらね。彼」
「それに三郎さんの仮説が正しければ、幽霊に憑かれて透明だって……。大丈夫かなあ、その幽霊が悪霊じゃないといいけど……」
「どう炙りだすの? センセイ」
「まあ、任せてください」
小林先生は白い粉状のものが入った小ビンを取り出した。
「ねえ、センセイ。それって……」
「そう、塩です!」
樫見と花子さんは目を見あって凍りついた。もちろん寒さではない。大の大人が、まさか迷信に迷信を重ねる行為をするとは思わなかったからだ。
「では、ダムの上に行きましょう。いるなら、きっと真ん中辺りですよ。花子さんはしんがりを頼みますね!」
「ねえ夕七、たぶん今が一番心が通じ合ってるかもね」
「あは、あはは……」
3人は車から降りて、ダムの天端を歩く。右も左も水に満たされた場所。樫見は初めて見る光景に、思わず声がでた。
「この湖に、村が沈んでるんだ……」
その隣で小林先生は塩ビンの青いフタをおもむろに開けた。
「この清い塩で顕現願いまーす!」
「いや、清い塩って。市販品だし」
「あっちょ、ちょっとシケってる」
ビンの底をバシバシ叩く小林先生に、花子さんはため息をついた。
「よし出てきた。それ!」
食卓ではこんなに使わないだろうという量を、ダムに振りかける。
樫見はまるで粉雪が降ってて冬を先取りしたみたいみたいと思ったが、小林先生の姿を見て考え直した。花子さんはダムに塩を撒いている先生が先生で、この国の将来を危ぶんだ。
塩を撒いている先生ですら、誰も期待していなかった。しかし手がかりが少ない以上、なんでも試すしかなかった。
だか、その結果は――
「し、塩だーッ! 祓われるーッ!」
「「「ホントに出たーッ!?」」」
幽霊を暴いた。3人は叫んだ。
「ウソでしょ、信じられない……」
「ウソでしょは俺のセリフだよ、なんで見つかったうえに、みんなして視えるんだよ。しかも女が3人! 俺の配信ですらいなかったろ。いや、いたかな? いやいや、いないいない」
3人はふよふよと浮いているおしゃべりな幽霊に気を取られていたが、そこから視線を下げると、サトルが仰向けに転がり、うなされている。
「禅院くん!」樫見が駆け寄る。
「あー、ちょいちょい。こいつ今ね、夢見せられてるから」
「また、こうやって醒めてくれれば……」
「なんそれ!? 女の子に起こしてもらうの羨ましすぎんだろ!」
「禅院くん、起きてください!」
樫見はサトルの手を握る。前回よりもより力強く、想いが伝わるように。




