反撃の狼煙①
とんでもない事態だ。目を覚ますとオオカミに囲まれているうえ、サトルも明璃も行方不明になったのだから。
日付が変わったのに夜なのは変わらず、しかし時計は狂ってはいない。古梶荘内はパニック状態だった。
「てか、メリーさんと花子さんはどこいったんだ!?」
「わ、わかりません。あのふたりに限って、キケンなコトはしていないと思いますが……。うぅ、心配になってきたなあ……」
「ああもう、なんでこんなに寝てたんだろ! 日付変わるまでさ!」
「携帯は依然として圏外、Wi-Fiもない。道は倒木で塞がれ、オーナーはぐっすり眠っている。どうすべきでしょうか」
古梶荘に残された4人はそれぞれにできるコトを探すも、頭を抱える一方だった。無力感に包まれ、やがてため息しか出なくなったとき、外のオオカミの威嚇の鳴き声が大きくなった。
「……誰が来たのか!?」
「威嚇してるなら、オオカミの味方じゃないよね!」
「どうやって迎え入れましょう……。ドアを開ければオオカミが入ってきちゃいますし……」
「案ずるな。勝手に邪魔するぞ」
「その声は天狗様!」
食堂から声がした。4人はそこへ向かい電灯を点けると、暖炉に真っ黒になった三郎が座っていた。
「サブちゃん、あわてんぼうのサンタクロースじゃん!」
「ぶふっ!」
「……笑える余裕があってなによりじゃ、人の子らよ」
真島と魅人が笑いあうも、ふたりには三郎の歯軋りは聞こえなかった。
「あ、あの。禅院くんと明璃さんの行方を知りませんか。花子さんとメリーさんもいなくなってしまったんです……」
「問題はない。聞こえるかメリー、暖炉の前と念じよ」
煙突を通り抜け、暖炉に砂が降る。三郎は横に捌けると、花子さんと手を繋いだメリーさんが瞬間移動してやってきた。
「花子さん、メリーさん。無事でよかったです!」
「心配ありがと。夕七も無事でホッとしたわ」
「それで、ふたりは……?」
「見つからないよ……。どうすればいいんだろう。無事でいてね、お兄ちゃん、お姉ちゃん……!」
メリーさんは両手を組んで祈る。状況は悪いままのようだ。
「三郎天狗様、手がかりもないのでしょうか?」
小林先生の質問に、三郎は首を横に振る。
「わしの砂察知は、あくまでも砂で輪郭を炙り出すだけ。それを見破ったのじゃろう、オオカミめら。一匹一匹がニンゲンの輪郭に似たモノを背負い、走り回って撹乱しておる」
「一匹ずつ、しらみ潰しに当たってみるのは現実的じゃなさそうですね」
「となると、じゃ。紫城明璃はオオカミが背負っておるのじゃろう」
「では、禅院さんは……?」
「誰にも気づかれず戸を開けた形跡もなく、外に出た。あやつなら暖炉から飛び跳ねて煙突から出られるじゃろうが、ススはわしを見ての通り。結論を言うと……」
「言うと?」
「幽霊に取り憑かれたとしか思えん」
幽霊に取り憑かれると身体の主導権が乗っ取られるほか、物や壁を透過できるようになる。三郎には、そうとしか考えられなかった。
「もっとも、たゆたう幽霊が近くにいればのハナシじゃがな」
「幽霊ってコトは、この近くで亡くなった人……あっ!」
魅人は手を叩いてスマホを取り出すも、圏外というコトを忘れていた。
「コワスギチャンネルの人! 見られないけど!」
「例の遺体か。血を吸われて幽霊となってなお、従うとは。よっぽど脅されたか、弱味を握られたか……」
天井からドスンという重い音がした。三郎は砂察知でオオカミが屋根に乗ったのに気づくと、危機を楽しむように笑った。
「ククッ、これでは袋のネズミじゃな。時間がない。戦える者は覚悟を決めよ」
「作戦とかはないの!?」
「強いて言うなら、死ぬな。以上」
「身も蓋もない!」
「なに、助力はする。生命を賭ける行動も意外と病みつきになるぞ?」
試すような物言いに、誰もが黙った。車内ならあれば虚勢を張るのもいざ知らず、表に出てオオカミに立ち向かうのは、気が引けた。
それでも、今が勇気を出すときだ。友達を助けるために。それは誰もがわかっていた。だからこそ――
「わたし、行きます……!」
夕七は声を振り絞った。
「必ず、助けます!」
「そうこなくっちゃね! 夕七、もちろんチカラを貸すわよ!」
樫見の右目の下に、雫の印が現れた。花子さんと能力を共有した証だ。
「それじゃあ、ボクらも情熱出して行こうか! ウンちゃん!」
魅人はポケットから石製の狛犬を放り投げると、その狛犬は大型犬サイズとなり、衝撃をともなって着地した。
「……おれだけ借りる相手いない!」
「じゃあ、わたしのチカラを貸すよ、真島っち。助けたいっていう気持ちがあるなら、共有できるハズだから!」
メリーさんが真島の手を合わせると、受話器の模様が浮かび上がった。初めて空妖との共有を経験して、真島の目が輝く。
「千田、うしろ!」
真島は共有したそばから、魅人の背後に瞬間移動した。
「すっげえ!」
「感動した?」
「けど、ホント一瞬で見てるモンが変わるのはキケンだよな。使いこなせるかな、おれに」
「そこは慣れだよ!」
「慣れか! わかった!」
初めて空妖の能力を共有して喜んでいる真島に、三郎がマスクを外して近づく。
「戦闘向けでない能力なのでな。この面を被るといい」
「サブちゃん、うしろー」
「そのつまらない口に砂嵐でも詰めて窒息させてやろうか?」
「ワッ……! ごめんなさい」
真島は三郎のうしろに瞬間移動しておちょくるも、想像以上の怒気に気圧されたながら、振り向いた三郎にマスクを被された。
「この丸いレンズみたいなヤツ、視界めっちゃ悪い!」
「すぐ慣れる。ともかく、これで戦士は揃った。覚悟を決めたなら、まず試してみるのじゃ」
天井の足音は止んだ。三郎はその幼さの残る顔を不敵に歪める。
「さあ、煙突からオオカミが落ちてくるぞ。そのマスクで射抜いてみよ」
「どうやんの!?」
「構え、念じよ!」
「またそれかよ!」
真島は屈んで暖炉に入り、見上げる。マスクによる視界の狭さと煙突の中の暗闇で、なにも見えない。
「今だ、放てッ!」
「マッシマァァァビィィィィムッ!」
「悠吾くんうるさっ!」
真島の気合いに応えるようにマスクはクチバシを開き、一筋の光の矢を放った。薄っすらと照らされたオオカミが悲鳴を漏らすのが見えた。
「サブちゃん、右!」
真島は瞬間移動して、見事に着地するオオカミを回避した。
「いい判断じゃ」
「あの、マッシマービーム当てたのにピンピンしてるけど」
「わしの面にヘンな名をつけるでない。ヤツらは傷が治る能力じゃ。ほれ、もう威嚇しておるぞ」
「うわーッ! とんできた!」
オオカミは真島に飛びかかるも、前に立ちはだかるウンちゃんの前脚を噛みついた。
その間に樫見は水道の蛇口を捻る。
「ウンちゃん、こらえて!」
「くぅん……」
「ビビッちゃダメー!」
ウンちゃんは石なので痛みは感じないものの、鼻にシワを寄せて食らいつくオオカミが怖かった。
「水が溜まりました!」
「やっちゃいなさい、夕七!」
蛇口から流れる水は、重力に逆らって弧を描きながら宙に留まる。やがてその水が集まると巨大な水球となり、オオカミを閉じ込めた。
「よおし、上出来じゃ人の子らッ!」
三郎は期待以上の動きに、黒い瞳を目を輝かせた。その姿は見た目通りの人の子供ようだった。
「能力の共有は想いの共有ッ! 助けたい一心で動けば、互いにそのチカラを存分に発揮できるじゃろう」
外のオオカミたちはさらに吠え、壁に体当たりまでするようになった。
「相手はあの大群じゃ。模擬戦通りにはいかん。不安はつき纏うじゃろうが、仲間たちと心をひとつに。さすれば全てうまくいく」
「おれたち、助けられるかな!?」
「無論じゃ、わしが保証する」
三郎はニヤリと笑った。
「このまま、失いっぱなしで終わりたくなかろう?」
「はい!」
「では行こう。これからが我らの反撃開始じゃッ!」
「はいッ!!」
もう誰も下を見ない。人と空妖は手を携え、堂々と立ち向かう。友達を助けるために満月の下へ。




