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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
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閉じ込められて古梶村



 どこかで風鈴が鳴っている。耳鳴りかと間違えるくらいのか細い音で、遠くでせつせつと鳴っている。



「これは……あのときと同じだ」



 寝床に入ったサトルは、すぐに気づいた。夢の通い路。また夢を見せたいのか、どんどん音が近づいている。最後の音が反響すると、暗闇の視界は晴れ、もはや懐かしさすら覚える田舎の風景が広がった。



 しかし、以前とは様子が違う。曇り空が目立ち、稲が張っていた田んぼは土が乾燥してヒビ割れている。夢の中とはいえ、かつての乙筒木村とは思えない。



「なんだ……なにを見せたい?」



「なにを見せたいって? まあ、なんでもいいだろ」



 独り言のつもりだったが、まさか後ろに誰かがいると思わなかった。サトルは急いで振り向く。そこには、いつか夢で見た男が大の字で転がっていた。



「ただ、少しだけ話そうぜ」



「藍原証悟……」



「いきなり年長者に呼び捨てとは感心しねェな。ったく、最近の若モンはよ」



「この夢はアンタが見せてるのか?」



「ああ、そうだよ。ゆかりの声を聞いてここまで来たのか? 初めてだぜ、夢が共鳴すンのは。遠路はるばるご苦労さん」



 なぜか喪服を着ている証悟は、サトルと目を合わせようとせず、曇り空を暗い瞳で見つめながら口角を上げた。その笑みから悪意が滲み出ていた。



「おまえが明璃に夢を見させて誘ったのか。オオカミまで操って」



「あ? ああ、あの娘は明璃っていうんだな。そうそう、察しのよろしいようで」



「……なんで明璃だったんだよ」



「だから声が届いて、夢が共鳴したからだよ。オレたち、似たもの同士なんだろうな」



「誰が!」



「ちゃんと見てたぜ、なんせオレも化けモンでな。まっ、もう察しはついてるだろうがね」



 証悟は初めてサトルに目を向ける。その瞳は赤く光った。



「オレが吸血鬼ってコトはな。どうよ、小僧。似合ってるかい?」



「おまえが血吸って殺したヤツにも訊いたのか? いい感想が聞きたきゃ、友人でも作ればいいだろ」



「ったく、冷てェな。ここまでなるのに苦労したのに」



 証悟は立ち上がり、土を払う。



「描いた絵売っ払って、海を股にかけた。アメリカ、ブラジル、中国とかソビエトとか、内戦中のカンボジアにも行った。これも全部、ゆかりを元に戻すためにな」



 ゆかりを元に戻す。その言葉にウソはなさそうだ。



「オレは努力した。言うなれば、子供だった頃と……あの頃と『変わらない努力』。だが元に戻す糸口すら見つけられず、いたずらに歳を重ねる一方だ」



 サトルが思い出したのは、証悟が子供の頃の夢だった。あの拳が血まみれになるくらいの悔しい思いを、未だに抱えているのだろう。



「焦ったよ、マジに焦った。ゆかりも動けないのに、オレまで加齢で動けなくなるって」



「笑えない冗談だ」



「だろ? だから、わずかな可能性にかけた。逆転の発想だよ」



「……ああ、そうか。その結果が」



「ルーマニアのトランシルヴァニア。吸血鬼伝説のささやかれる地でたしかに()やがったんだ、ニンゲンを吸血鬼にするコウモリが! もちろん委ねたぜ、この下らないニンゲンの身をなッ!」



 証悟の目は血走っていた。赤い瞳を爛々と輝かせ、しかしその表情は冷笑気味だった。



「不老にして不変、血さえ吸えば人智を超えた剛力だってある。……もっとも、代償も大きかった。お天道さんの下じゃ歩けねえ。オレを照らし導くのは、いつだって月だ」



「そのぶんじゃ、国に帰るのにずいぶん時間をかけたみたいだな」



「小僧には面白ェハナシじゃねェよ。ニンゲンをやめりゃ、ニンゲンの道理なんざ通す必要ねェんだから」



 血を吸って、吸い続け、この吸血鬼は帰ってくる過程で人を殺したのだろう。上がった口角から、サトルはそう直感した。



「……そして帰ってからも、犠牲を出した。オレの友達まで巻き込んでッ」



「まあ悲しい犠牲だ、心が痛むよ。これもオレの夢を叶えるためさ。わかるだろ?」



「わかってたまるかッ!」



「夢を叶えるにはな、戦わなくちゃならねンだ。受験だってそうだったろ? 他人を蹴落として、蔑ろにして、そこでやっとチャンスが手に入る。……まだ可能性でしかねェ」



 証悟は虚空を力強く握り締めた。あの悔しい思いを忘れず、空妖になってまで晴らさんとしている。他の生命など切り捨てて。



「可能性をモノにするなら! 全てを捧げなくてはなあッ! 空妖とかいうのになってでもオレは夢を叶える! 理不尽には理不尽でぶつかるしかねェだろッ!」



 誰も望まなかった未来を理不尽という言葉で括るならば、サトルも腹を括る。居心地のいい日常を壊されないように。



「たしかに似たもの同士みたいだな、オレもアンタも。変わらない努力か、いい言葉だ。……心底、都合のいい」



「ククッ、気に入った。小僧は心を鬼にする準備はできたか? だったらすぐにこの夢から醒めろよ、すべて手遅れになる前になァ」



「もうアンタにかける同情の余地はない。待ってろ吸血鬼、夢なんざ終わらせてやる」



「ああ、止めてみせろよ」



 証悟は後ろに倒れ込むと、いきなり姿を消した。そこにいた、という形跡もなくなっている。



「さて、オレもそろそろ夢も醒める頃だろう」



 サトルは光の束が降ってきて、宙を浮く感覚を待つ。しかし、中々こない。思わず首を傾げた。



「おいおい待てよ。なんでだ。なんで起きない。起きろ、起きろオレ!」



 顔をバシバシ引っ叩いても頬をつねっても、なにも起こらない。むしゃくしゃして頭を掻いていると、あるコトに気づいた。



「もしかしてオレ……自力で夢から醒めてないんじゃね?」



 最初は明璃に引っ叩れて起こされる。次は母の声に起こされて――もしくは柵を殴った痛みか。



「んでその次は、樫見さんが手を握ってくれたんだよな……。うなされてたからって」



 間違いなさそうだ。夢を見たところで、自力で起きてなんかいなかった。



 とはいえ、温泉の後は夜食を楽しみ、そして男女別れた相部屋で寝たハズだ。真島か魅人か、起こしてくれるのを待つしかない。



「おーい! 誰か、オレを早く起こしてくれーッ!」



 サトルの心からの叫びは、やまびことなって虚しく響いた。誰もいない、夢の中の廃村で。







 一方、古梶荘では――



「千田、見つかったか!?」



「ううん、いない!」



「温泉は!?」



「見たよ! いるワケなかったよ!」



「どうなってんだ、この状況は!」



 館内はパニックになっていた。パニックと言っても、慌てているのは4人だけ。



「禅院くんも明璃さんもいなくなるなんて……。でも、探しにいけないし」



「……私たちは、自分にできるコトを考えましょう」



 混乱の原因はふたつあった。ひとつはサトルと明璃の失踪。



「今できるコトなんて、ここで怯えてるしかないじゃんか!」



「けれど、これでは……」



 そしてもうひとつは、館内がオオカミに囲まれているコトだ。



「どこにも動けない」



「今までのピンチなんかより、ずっとヤバいじゃねえか! おーい、誰か、おれたちを助けてくれーッ!」



 満月の下で、真島の叫びは夜空にこだました。



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