月が見つめる鬼ごっこ③
「うわーっ、揺れる揺れる!」
「舌、噛まないように!」
オオカミに追いかけられながら、車で峠道を走るとは。局所的に崖際に擁壁もあるしガードレールもあるが、やはり緊張が勝る。まったく新鮮で危なっかしいだと、揺れる車内でサトルはしみじみと思った。
「あッ! 圏外になった!」
アシストグリップに掴まりながら、スマホを見ていた魅人は叫んだ。
「これででで、わたたたしの能力もも、スマホじゃ使えないねねねね」
「メリー、ふざけてるの?」
「花ちゃんまで辛辣!」
ガタガタ揺れる後部座席でメリーさんは深刻そうに言うも、小刻みに言葉を続けるせいでそうは思えなかった。
「わっ……ああ」
「先生! 樫見さんが固まってる!」
「励ましてあげてください!」
「樫見さん、ゼッタイに大丈夫だから! がんばってー!」
「あ、ありがとうございます……」
サトルが励ましていると、そのすぐ背後からか細い声が聞こえてきた。バクのものだ。
「うぅ……。ワタシにも、励ましてくれ。サトル……」
「バクは車酔い、いい加減慣れろ!」
「おいキミ、話が違うぞ……ガクッ」
「うおお、チカラの共有が切れた!」
サトルの赤い瞳は元の黒に戻る。これで万が一が起きたとき、立ち向かう術がなくなった。車内に一気に緊張感が高まる。
「みなさん、硬くなりすぎですよ。黙っていても危険なのは変わりませんし、音楽でもかけましょうか!」
こんな状況にも関わらず、小林先生は元気いっぱいの声色でカーステレオの再生ボタンを押すと、緊迫した車内に軽快なピアノのイントロが流れだす。サザンオールスターズの『希望の轍』だ。
「いやー、こういう曲がかかると、こんな道も海沿いの道に見える……ワケないって! そんな気分にならないんだけどコバちゃん!」
「むむ、じゃあ変えますか」
次の曲は攻撃的なギターとシャウトが響く。ディープ・パープルの『ハイウェイ・スター』だ。
「なんか古そうな曲! でもいいぞ!」
疾走感のあるサウンドに乗って峠道を駆ける。曲が終わっても、オオカミたちはしぶとく追いかけてくる。
「じゃあ次はおれがかける!」
「いよっ、DJ真島さん!」
「ウソでしょ、前ふたりのテンションおかしいよ!? なんでそんなにノリノリなの!?」
魅人のツッコミに答えはなく、ウキウキしながらスマホの音量を最大にした。
「おれの答えは……これや!」
流れた曲は、赤い服の配管工が活躍するあのゲームの、スターをとって無敵になったときの音楽だ。
「ははぁ、いい選曲です。シャレが効いてますね!」
「道から落ちても無敵時間だ! オオカミを蹴散らしてGOーッ!」
「それはシャレにならないよー!」
虹色に光りながら走るのは気分だけでも、黙ってるよりかは盛り上がるほうがいいだろう。サトルはそう思い、しみじみ頷いた。
「サトルくん、ちょっと悪ノリしすぎって思わない?」
「そうだな……。でも無敵だからってコースから落ちると、ふつうにタイムロスだもんな」
「マリオカートじゃないんだから! 落ちたときロスるのは命だよ! 小林先生、もうちょっと、ね?」
「千田さん……運転手は私ですよ!」
「この独裁者ーッ!」
異様なテンションで盛り上がりながら、車は駆ける。やがて車体の周りには、オオカミは見えなくなっていた。
「おっ、撒いた、撒いたぞ! やっとあきらめやがったな!」
「文明の利器に敵うモンですか!」
「オオカミより小林先生の運転のほうが怖かったんだけど〜っ」
真島は賑やかさのなくなったサイドミラーを見て、音楽を止めた。小林先生は速度を緩めるも、走るのは止めない。峠道は山に挟まれた上り坂になった。
行き先が気になったサトルは訊ねてみた。
「ところで、どこまで行くんです?」
「道なりに行ったところにですね……取ってるんですよ、宿を。今日、明日とお泊まりしますよ!」
「やだぁ、着替えとか持ってきてない!」
「いいじゃねーか、学ランで。下着は裏返して着れば!」
「よくそんな発想できるな真島ァ!」
「ボクも聞いて驚いたんだけどさ、よく宿の予約できましたね。先生」
「ええ。おそらく、あの事件以降に客が来なくなったのだと」
「ああ、そうかも。じゃなきゃ明璃ちゃんも含めて、こんな大人数を泊められないもんね」
「紫城さんと早く合流したいですね」
左右とも鬱蒼とした林だったのが、いきなり開けた場所が現れた。ウインカーを出して減速する。
入っていく先は、普通の乗用車が数台停められるくらいの小さな駐車場だ。そんな駐車場には、他に車は一台も停まっていない。
「到着です。みなさん、おつかれ様でした」
「外だーッ!」
駐車場に入ると、みんなですぐに外に飛び出した。足場が揺れないとは、なんとありがたいコトか。
「おれたちが泊まるとこって、あそこ?」
「はい。なんでも非日常を売りにした、隠れ家的ペンションだとか」
「隠れ家なのは間違いないね」
ぼんやりと灯りのついているペンションは、まるで小学生が書くような三角屋根に煙突がついた、大きな家そのものだった。
木をイメージしたであろう茶色の外装と派手な赤い屋根は、山の中という立地も含めて、たしかに非日常を味わえそうだ。看板には古梶荘と書いてある。
「さて、私含めて6人で予約しているのですが……」
「待たせたな」
三郎が砂雲で降りてきた。三郎のうしろには、目を覚ました明璃がいる。
「明璃さん、よかったあ……」
「夕七。その、ごめんね。あたしのせいで迷惑かけたみたいで」
「とにかく無事でよかったです。三郎天狗様もありがとうございました」
「うむ……」
小林先生が頭を下げる。しかし三郎はスッキリしない様子だった。
「サブちゃん、どしたの?」
「聞くがよい、人の子ら。今しがた倒木があった。閉じ込められた」
「「ええーッ!?」」
「オオカミどもめ。追いかけたのも挑みに来たのも、よもや時間稼ぎとは。ヤツら、したたかよのう」
出し抜かれた、という気持ちがマスク越しからも伝わってくる。
「わしの能力で持ち上げるのはワケないが、オオカミどもは止められん」
「じゃあ、どうすれば……」
「うむ。泊まってゆっくりしておれ。オオカミどもはわしが監視する」
「結局は予定通りじゃん! じゃあみんな行こうぜ!」
真島が先頭に立ってズンズン進んでいく。それに釣られ、みんなもペンションへ向かっていった。
「おっと。しばし借りるぞ、禅院の呪継者を。話がある」
「オッケー。じゃあ前で待ってるね」
三郎はみんなでペンションの前に行くのを見送り、誰もこちらへ向いていないのを見ると、サトルの両肩に手を置いた。
「おまえの戦いを見せてもらったが……。なぜじゃ?」
「なぜって、なにが?」
「わしが紫城明璃を保護したと言った、その後じゃ。なぜ戦う気を失くした?」
「そんなコトなかっただろ? オレだって必死だったよ」
「そうかの。背中の口よ、お主はどう思った?」
「ああ、ちょっと待って。バクは今、車酔いでダウンしてんだ」
「口が車酔いとは、おかしな空妖じゃな」
「でもそれさ、バクにも言われた。戦う理由は自分のためとはならないのか、って」
「して、その答えは?」
サトルは少し黙ったのち、目をつむって首を振った。
「わからない。戦う理由なんかなきゃ、そもそも戦う気もない」
「自分に興味がないとでも?」
「……それもわからない」
「これだけは聞いてくれ」
三郎はマスクを外すと、サトルと歳の変わらないであろう少年の顔立ちが表に出た。しかし年相応ではない鋭い眼差しを向ける。
「まずは自分のために戦うのじゃ。それが皆を守るのにも繋がる」
「どうして、そんな深刻そうに」
「禅院の呪継者――いや、覚悟を決めたニンゲンは皆そうだったからじゃ。自分のコトなぞ省みず……」
「だから、まだ呪われてると?」
「意地悪を言うつもりはないが、綺麗事をほざくつもりもない。ただ、自分のために全力を尽くせるようにしてほしい。言いたいコトはそれだけじゃ」
三郎は恥ずかしそうに、すぐにマスクを被った。
「三郎さんの誠意、受け取っておくよ。それと明璃を助けてくれてありがとう」
「話は済んだ。皆の元へ行くがよい」
「三郎さんが戦いたいときは、また言ってよ。オレ、あんたのために全力出すから」
「言ったそばから。自分のために戦わんか、この大バカ者めっ!」
三郎は砂雲で上空に上がったのを見て、サトルもペンションに向かう。
「自分に興味がない、か。あながち間違ってないのかもな」
残した宿題を思い出しながら、ぽつりとつぶやいた。




