月が見つめる鬼ごっこ②
「さて、どうする?」
サトルが跳び乗った木にオオカミたちは群がる。しかもその一匹は登ってくる始末だ。大ジャンプしたときには、既に疲労困憊だった。逃げるにしても、身体が言うコトを聞かない。
「三郎さんに期待するしかねえかなあ」
「他力本願とは、キミらしくない」
「だって……戦えてたのもバクのおかげだし、チカラになってくれた命のおかげだし」
「戦う理由がなくなるとキミは気が抜けるんだな。呆れるよ」
「戦う理由なんて……。戦う必要なんて、ないならそれに越したコトはない。誰が好き好んで……」
「ちがう、ちがう。自分を守るため、というのは理由にならないのか?」
「……ん? ちょっと静かにして」
エンジンの音が目立つ。視線を下げると、峠道を走る風変わりな車を見つけた。かなりのスピードが出ている。
「見ろよ、やべー車だ。旗なんてなびかせてさ」
「珍走車なぞに……。ワタシは重要なコトを訊いているつもりなんだかな」
見上げて月を眺めてもしょうがない。見下げてオオカミを見ても怖いだけ。何気なくその車に立てられた旗を見ると、ずらりと文字が書かれていた。心臓がドクンと鳴った。
「えっ――」
――場面は変わり、遡るコトほんの少し前。
オカ研一行、古梶山へ向かう道中。
「どわーっ、コバちゃん怖い、運転荒いって!」
「えっ、そうでしたか?」
町を抜け、峠道に差し掛かったところで、小林先生の駆る自動車は唸りを上げる。助手席に座る真島も叫ぶ。
「すみません。いつものように運転してました」
「いつも!? 海行ったとき安全運転だったじゃん! こんなクネクネした道を2速で走るなんて、先生のキャラじゃないってばよーッ!」
「はわ、あわわ……。暗いし、人もいないし……」
「野生動物いるかもだしーっ!」
「あっ、じゃあ減速します……」
後部座席の樫見と魅人も戸惑いを隠せないが、その後ろに座るメリーさんと花子さんは目を輝かせている。
「うひゃーっ! たのしーっ!」
「ちょっとちょっと、メリー、はしゃぎすぎよ」
「花ちゃんだってでしょー!」
「ま、まあ否定しないけど」
花子さんはコホンと咳払いして、怪訝な目つきでルーフを見上げた。
「でも……アレで気づくかしら? あんなの立てて、珍走団もいいトコよ」
「サトル兄ちゃんライン見てくれないから、こうするしかないよ!」
「でも気づいたら、すぐ近くにワープするんでしょ? 危ないかもしれないし、わたしも着いて行こうか?」
「花ちゃん、気持ちだけ受け取っておくね。へーきだよ。わたしだって覚悟してるもん!」
「そう……。ひとりのほうが身軽よね。がんばってね」
「うん!」
メリーさんが残念そうに頷いた瞬間、その姿は音もなく消え去った。能力が発動したのだ。
「メリーが瞬間移動したわッ! みんな、スマホから目を離さないでよ!」
「オッケー!」
危険なのはメリーさんもわかっている。だけど、友達のためにやるコトはやる。車中にいるみんなは、そう決意した。目的のひとつ、まずはサトルと合流するコトだ――
――場面は戻って、古梶山山中、木の枝の上。サトルは愕然とした。
「――えっ?」
決して読もうと思ったワケではなく、文字が読めるが故の気づきだった。視界に入った車に立てられた旗には、こんな文章が書かれていた。
『サトル兄ちゃんへ。わたしは今、兄ちゃんのうしろにいるの』
「うしろだって!? うしろには……なにもないぞッ!」
「キミ!」
バクが叫ぶ前に、うしろを向く前に、サトルはうしろに手を回した。やぶれかぶれで握り締めた拳は、たしかにメリーさんの手首を掴んでいた。間一髪だ。
「よう、メリーさん。少しだけ重くなったか?」
「女の子に重くなったなんて言っちゃいけないんだー!」
「少しだけって言ったろ?」
「それでもダメなの!」
サトルは右手でメリーさんの手首をつかみ、左手を幹に回して自分の身体を支える。空妖にも見た目通りの重さがあるのは知っていたが、体重が増えるのは知らなかった。
「手首、平気か? 痛くない?」
「それよりも下のなにー!?」
「オオカミ。空妖だからメリーさんにも襲ってくるかも」
「じゃあ、こんなぶら下がってちゃパンツ見られちゃうじゃん! やだー見るなケダモノー!」
「スカートで山に来るかふつう!?」
「空妖は自由なの!」
メリーさんはもう片方の手で、スカートのポケットに入れてあるスマホに手を伸ばすも、手と反対側なので中々届かない。
「ちょっとサトル兄ちゃん、手震えてきたよ。落とさないでよ、ゼッタイ落とさないでよ!」
「そんなフリするとマジに落とすぞ! ……そうだ、チカラがあるだろ。オレに『隣にいる』って言えばいいじゃん!」
「なるほど! アタシはサトル兄ちゃんの隣にいるよ!」
メリーさんが言い終えると、腕の重みは一瞬でなくなる。ホッとしたのも束の間、バキッと音が鳴った。メリーさんの重みで枝が途中で折れたのだ。
「うわーっ!」
「ちょっ、今助けるぞ!」
サトルの左目が熱を帯びた。赤い瞳はメリーさんを逃さない。
迷いなく木から跳び降り、落下するメリーさんを追い越して、肩に手を回した。地面にはオオカミの群れが口を開けて待ちわびている。
「キミがメリーのクッションになるのはいい。さあ次はどうする?」
「オオカミのエサになる気はない!」
「ううん。わたしがさせないから!」
その右手にはスマホが握られていた。メリーさんは落ちながらラインのアプリを開き、叫ぶ。
「わたしはふたりの間にいるよ!」
音声入力だ。そう言った直後、ふたりは瞬間移動した。
「うおッ、なんだ!? ここは!?」
「よおし、作戦成功だね! 待ってたよサトルくん!」
「禅院くん、無事でよかった……。メリーさん、お疲れさまです」
小林先生の運転する車内へ。サトルは不意に埋もれたイスの感触に驚いたが、安堵する樫見と喜ぶ魅人の顔を見て落ち着いた。
「樫見さん、魅人……」
「ったくよ、なんでひとりで行ってそんなに学ラン汚すんだよ」
「禅院さん、私たちはひとりではありません。そうでしょう?」
「真島、小林先生……」
「まったく、世話が焼けるよ!」
「メリーさん……重い。オレの足はイスじゃないぞ」
「また重いって言った!」
「メリー、隣空いてるわよ」
「花ちゃん、隣!」
メリーさんは能力を使い、花子さんの隣に瞬間移動した。
「重いって2回も言われたーっ!」
「おー。よしよし。デリカシーがないわね」
いつもの日常の光景に安心したいが、まだ明璃はいない。三郎と早く合流したい。そんな思いと、みんなに助けられた自分の不甲斐なさがため息となって出てきた。
「……みんな、ごめん。ひとりで勝手に動いて」
「まあ、それはいつものコトだろ」
真島がぶっきらぼうに言う。まさかこんなまでに軽く流されるとは思わなかったが、かえってそれがありがたかった。まだ油断できないから。
「それよりも紫城さんは?」
「三郎さんが保護してるみたいだ」
「よっしゃ、サブちゃんナイスぅ!」
「それと……もうひとつ謝らないといけない、かも」
「……ん?」
真島はサイドミラーを覗きこむ。暗くてよくわからないが、なにかが追いかけてくるような影があった。
「たぶん、オレのニオイを追ってきてるヤツらがいる。オレも感じるんだ、そいつのニオイを」
「ヤツらってまさか……?」
「ああ、そうだよ」
小林先生は急カーブを曲がるためブレーキを踏み、ギアを落とす。するとブレーキランプの赤い光が、その影の正体を暴いた。
「「オオカミだーっ!」」
メリーさんと花子さんは同時に叫んだ。窓を覗けば、右に左に後ろにもオオカミがいる。慌てる雰囲気になりかけたとき、小林先生はいつになく声を張り上げた。
「みんな、慌てないでくださいッ!」
カーブを曲がりきると、車は車内の絶叫に負けないくらいの唸りを上げ、急加速して坂をのぼる。
「私が逃げ切ってみせますから」
「こ、こんなに頼れるコバちゃん初めてなんだけど……」
オオカミに追いかけられながら、この状況を楽しむように小林先生はニヤリと笑う。
大人が、タガを外せるからだ。
「みんな、しっかり掴まっててくださいね。……ふふっ、腕が鳴るなぁ」
どんなにスピードを出しても、正当な理由がある。それに、見ているのは月だけだから。




