暗夜に駆ける①
放課後、サトルたちはいつものように居候しているオカ研部室に集まった。
……明璃を除いて。
特になにも言っていないが、まとめ役を買って出た魅人がホワイトボードの前に立つ。
「というワケで、『古梶山怪奇事件』をまとめまーす」
水性マジックのキャップを開けて準備すると、サトルは手を上げて、食い気味に止めた。
「ちょ、ちょいストップ。明璃は来ないのかな。魅人、見なかった?」
「そういえば来ないね。てっきり来るものだと思ってたから、声もかけなかったよ。夕七ちゃんは知ってる?」
「いえ、わたしも……」
明璃が昨日に訊いてきた質問が、頭の中によぎる。
『サトルはさ、あたしがどこかへ居なくなっても、探してくれる?』
証悟たちの夢を見てから、なぜだか不安になる。大事な友達が、どこかに行ってしまいそうで。
「歯医者に行ってるとかじゃねえ?」
「……うん。そうだな、きっとそうだ」
真島が言うように、なんらかの用事があるのだろう。サトルはそう納得させた。
「それじゃ続けるよー。えへへっ、やっとオカ研らしいコトしてるね」
魅人は機嫌よく、ペンをホワイトボードに走らせる。
「サトルくんが突然『私を見つけて』って声を聞いたら、夢を見るようになったんだね?」
「うん。その声の主はゆかりって女の人だ」
「そのゆかりさんが贄として捧げられたのが、前の東京オリンピックの年だね。大昔だよね」
「幼馴染の藍原証悟が再会したのが、ソウルオリンピックの年。24年ぶりに再会したゆかりは空妖のオオカミを従えてて、洞穴の中で木と一体化してたってワケ」
「は? ワケわからん」
「真島、受け入れる。いいな?」
「アッハイ」
真島が地蔵のように固まったところで、樫見は手を挙げる。
「あの……。わたし、藍原証悟さんについて調べてみたんです」
「なになに、聞かせて?」
「木になったゆかりさんと会ってから、お寺や神社を回ったり、頻繁に海外へ渡るようになったみたいで……。行き先は中国とか、ベトナムとか、オーストラリア、ほかにもヨーロッパの国々とか」
「すげー飛び回るじゃん。めっちゃカネ持ちだったんだな」
「描いた絵は、最高で億で買われたみたいですね……」
「ウワーッ、なんだそれッ!? いい時代だったんだな、バブル時代!」
「それで、海外に渡った理由ですが……。ごめんなさい、わかりませんでした」
「それに寺や神社にも? なんでだ、わからないコトだらけだ!」
サトルは真島が騒いでいないと、沈黙が重くなると思い、適度に騒がせておくコトにした。
「理由か。ねね、サトルくん。もしボクらの中でさ、誰かがゆかりさんと同じ状況になったら、どうする?」
「ンなモン決まってる、治しかたを探すしかないだろ!」
「きっとこれだね。即答ありがとう」
魅人はうれしそうに微笑みをサトルに向ける。サトルも言ってからハッとした。
「と、するならば……結局、治しかたを見つけられなかったみたいだな。ゆかりは逆に『証悟を助けて』みたいなコト言ってたし」
「そうかもしれません。海外を巡って以降は、消息を絶ったみたいですし……。でも、助けてって言ってるから生きている、のかな」
「助けてってなにをさ? 生きていれば70代だろ。年金生活が苦しい独居老人とかなんかな?」
「それ切実すぎるだろ、真島……。いや、そもそもさ。そもそもの疑問なんだけど」
サトルが言いかけると、スマホのバイブレーションが小刻みに揺れる。通話画面を見ると、メリーさんの文字。首を横に傾げつつ、通話のボタンを押した。
「もしもし?」
「もしもし、あたしメリーさん。あのね、今ね――」
「あーっと、部室の前で!」
「部室の前にいるの!」
電話が切れると同時に、部室の入り口が勢いよく開いた。そこには能力により瞬間移動してきた人形の空妖、メリーさんがいた。
「明璃お姉ちゃんいる!?」
「どうしたんだ、いきなり入って早々。いないよ」
「えー、そっかあ……」
メリーさんはうなだれた顔を上げ、サトルに青い瞳を向ける。
「いつもね、明璃お姉ちゃんとラインしてるんだけどね、今日は既読つかないんだよ」
「たしかに明璃ってすぐ返すよな。てか毎日?」
「はあ、しつこいのかな。嫌われちゃったのかなって……」
「ンなコトないよ、明璃がそれだけで嫌うワケない。きっと明璃も、メリーさんとのラインを楽しんでたと思う」
「そうかな。……そうかもっ」
メリーさんに笑顔が戻ったと思えば、矢継ぎ早やに部室の入り口がまた開いた。
「次は誰ッ……!?」
濃い砂煙の中から現れたのは、ペストマスクを顔につけ、高いゲタを履いた人形の空妖、飯綱三郎天狗だ。
「サブちゃん、おひさー。ビックリするわ、その仮面」
「人の子め、黙っていれば好き放題言ってくれる……」
「サブちゃん、しゅきしゅきい!」
「好き放題言ってくれる……」
真島と三郎のやりとりに、サトルは露骨にため息をつきそうになったが、訊きたいコトがあったのでこらえた。
「三郎さん、なんの用すか?」
「伝えたいコトがふたつある」
三郎は部室に入り、ホワイトボードを一瞥して頷く。マスクでこもった声は、深刻そうなトーンだった。
「古梶山か。うむ、話が早い。人の子等よ、この辺りで遺体が発見されたという情報を知っておるな」
「うんうん。カラカラになったユーチューバーのね」
「その犯人は、どういう存在なのかを教えにきた」
「妙に含みのある言いかたすね。わざわざ三郎さんが伝えるってコトは?」
「うむ、空妖絡みじゃ。犯人はご存知であろう、『吸血鬼』と呼ばれるモノじゃ」
「吸血鬼? じゃあ、カラカラになったのは」
「想像通りでよい」
元より吸血鬼として産まれるワケではなく、人から吸血鬼に成るというイメージがある。それはサトルの疑問と合致していた。
「三郎さん。……あるのかい? 人から空妖に変化するコトは」
「一時的とはいえ、性別が変わったニンゲンがそんなコトを疑問に思うとはのう。どれ、話してみなさい」
サトルは夢の内容を語ると、三郎は空いている丸イスに座り込み、マスクの下で深呼吸をした。
「古梶山に住まう空妖のオオカミに果実を食べさせる、木と化したニンゲンか。そこに吸血鬼が現れたのは偶然とは思えん」
「それで、質問の答えは?」
「答えはイエスじゃ。ニンゲンを空妖に変える空妖は存在する」
三郎は外に出て手を空に掲げると、拳を握りしめて開くと、青白い光を放つ霊桜の花びらがあった。それはより強い光を放つと、虚空に一見ふつうのコウモリの映像が浮かび上がる。
「それがこの吸魂コウモリ。こやつに噛まれると、吸血鬼になってしまう」
「そいつは日本にいるのか?」
「かつては存在した。認識すればすぐにわしらが駆除するし、もし噛まれて吸血鬼と化しても、陽が落ちてなければすぐに死んで、記憶から消去されてしまうのでな。そういった理由がある故、吸血鬼が生存できるのは稀じゃ」
「ふうん……?」
サトルは考えを整理した。吸魂コウモリは日本にいないが、まだ世界のどこかにはいる。かつ夜でないと活動できない。逆説的に言えば、それらを知っているなら生き延びるコトができるというワケだ。鬼らしく、いかなる手段を取れば。
「だが……木と化したニンゲン、か。すまんが答えられん。オオカミも含めて、改めて調べてみよう」
どうにもキナ臭くなってきた。今までの情報が証悟とバッチリ当てはまる。サトルはそれの可能性を頭の片隅に入れた。
「それで、もうひとつの話ってのは?」
「うむ、それが――」
みんなと別れた帰り道はひとりぼっち。サトルは空が暗くなるにつれ、決意に固めた。明日は中秋の名月。あの夜と同じ月は、また悲劇を呼ぶ気がして。
「あの月は、夢と変わらないな」
悪い予感が息に出る。絶対に連れ戻せと、胸の高鳴りが唆す。
「キミ、ひとりで行くつもりか」
「オレは『成る』って決めたんだ」
サトルは大きな月に向かって手を伸ばし、握りしめた。掴めはしない、だが近づくコトならばできる。空を駆ける翼があるから。
「さあ、飛ぶぞッ!」
サトルの大ジャンプに合わせ、バクは口から黒い翼を広げた。人妖一体の少年はひとり飛び立つ。月満ちる、悪夢の舞台へ――明璃を迎えるために。




