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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
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見えない足跡を追って③



 いつの間にか日が落ちていた。山間から見える星はまばらで、明かりはなにひとつない。月明かりすらもない。視界も足場も悪い中で、証悟はひたすら古梶山を登っていた。



 息を切らしながらも、それでも足を止めなかった。血走った目をした証悟を止める人間はどこにもいない。もちろん、この光景を夢で見ているサトルにも止められない。



「思い出したくもない道だ……!」



 静まり返る山中に聞こえるのは、水のせせらぎ。覚えがある道だが、小川に架かっていた橋は朽ち果てていた。まばらに飛んでいるホタルに目もくれず、証悟は足を濡らし進んでいく。



 狂気すら感じる歩みを見て、サトルはふと、『彼を助けて』という声を思い出す。それがどういう意味なのか、直にわかるだろう。躊躇のなさに確信した。



 山道を歩き続けると、ついに石造りの祭壇に着いた。かつて、ゆかりが跪いた祭壇に、証悟があぐらをかく。



「オレが来たぞ、ゆかりッ!」



 度を超えた大声に、サトルは思わず耳を塞いだ。そこら中の木に止まっていた鳥たちが、一斉に飛び立つほどだった。



 再び訪れる静寂とともに、木々の奥からふたつの光る点が次々と現れる。唸り声もする。しかし証悟は全く動じず、再び怒鳴り声を張り上げた。



「あのときと同じだな畜生どもッ! ゆかりはどこだ!」



 狼神様と執拗に言っていたので仮にオオカミだとして、あのときとは20年以上の時が経っている。寿命を迎えているだろうから、そのオオカミとは違うだろう。



 それでも証悟のタンカには、一斉に吠え出した。獣とは思えない連携だ。



「誰のためによ、ゆかりは犠牲になる必要があったんだ。村の人間どもか、それともおまえらのためか? 後者だったら恨むぜ。この山から出られない、取るに足らない命のクセによ!」



 恨みのこもった怒声に、ふたつの光る点は木から飛び出し、シルエットを作り出した。その見た目は、やはりオオカミそのものだった。真っ黒な毛皮で覆われ、瞳は黄色く、想像を超える大きさだった。



 それが証悟の目の前で、鼻にシワを寄せ、キバを剥き出しにしている。噛みつかれるものなら、すぐに喰われてしまうような迫力があった。荒い息が顔にかかっても、証悟は怖気づくどころか、むしろ笑った。



「ハハッ、人を見るのは初めてかい? ワン公」



 オオカミが裂けた口を大きく広げた瞬間、女性の声がした。



『みんな下がって。いい子だから』



 オオカミたちは森の中に消え去った。証悟は立ち上がり、眉間にシワを寄せ困惑する。



「……なんだよ。ゆかり、どうなってるんだよ。子供をあやすみたいに」



『証ちゃん、来てくれてありがとう。そのまま真っ直ぐ歩いてくれる?』



「……言ったとおりなんだろうな? いい子だからって」



『もちろん。足下暗いからね、ゆっくり来てね』



 証悟は祭壇から降り、言われた通りに歩き始めた。暗闇に目が慣れたのか、木々の隙間を避けていく。



 横に後ろに目を向ければ、オオカミたちが目を光らせている。ゆかりの言いつけを守っているのは、どういう関係だろう。襲わないとは言ったが不安なモノは不安だ。



『あっ、ここで止まって。そこに穴があるでしょう?』



 目を凝らすと、山腹に穴が空いている。屈めば入れるくらいの大きさだ。



『見えた? そこに来てほしいの』



「来られない理由があるのか?」



『ええ。私を見てもらえたら、理解してくれると思うわ』



「ワケがわかんねえよ……」



 証悟はぶつぶつと呟いて、暗い洞穴に入る。夜の暗さに慣れたとはいえ、段違いに暗い。



「どこまで歩けばいい? おっと、声がよく響くな。広いのか」



『そこで止まって。躓くから』



「なんだ、この曲線は。根っこ?」



『それを跨いでね。あとは真っ直ぐ歩いて……ここで止まって』



 声が近い。ゆかりがそこにいるのは間違いない。



「いい加減こっち来いよ。帰ろう、こんなトコに留まってないで!」



『ダメ。それはできないの』



「なんでだ!?」



『見せてあげるから。……みんな、集まって』



 オオカミが集まるのかと背後を警戒するも、それは間違いだった。ゆかりの呼びかけに応じたのは、無数のホタルだった。広い洞穴を照らしながら、証悟を横切り、一点に集まると、それは浮かび上がった。



「久しぶりだね、証ちゃん」



「な、なんだよ。コレ……」



 証悟とともにサトルも愕然とした。目の前にあったのは、女性が付いた木だった。肩から下が幹と一体化しており、突き出た肩から伸びる腕も細い枝と化し、その先には小さなザクロのような果実がなっている。



「私だよ、ゆかりだよ。だいぶ変わっちゃったけどね」



 ゆかりの目も口も開かない。たしかに老婆の言う通り、死んでいない。



「ウソだ……ウソだッ!」



「ホントだよ」



 ひたひたと足音がする。振り返ると、オオカミが証悟に無視し、ゆかりの前に来た。そして小さな果実を食べた。



「いてて。どう、おいしかった? ……そう、よかった」



 オオカミは満足と言いたげに、ゆかりの顔を舐め回して、また外に出ていった。



「証ちゃん。私ね、贄になったあと、オオカミに育てられたんだ。この子たちはね、空妖っていうんだって」



「知るか知るか知るか! オレはゆかりに会いにきたんだ! どこにいるんだよッ!?」



「あの子たちは狼神様って崇められてたけど、親が欲しかったみたいでね。だからね、私がお母さん代わりになってるんだ。育ててくれたお返しにね」



「人がッ! 木と一体化するワケないだろッ! どこだ、ゆかりはッ!?」



「……聞いて、ホントなんだよ。小さい頃言ったよね。証ちゃんの夢も私の夢も、叶えられなくなっちゃったね」



「……ウソだ。それを知ってるのは、ゆかりだけじゃないか」



 証悟は膝から崩れ、涙を流した。傍観しているだけのサトルも、なぜだか苦しくなる。



「大人になった証ちゃんも見れたし、好きだった絵も描き続けてるってわかったし、今日はいい日だった。証ちゃん、がんばってね。いつまでも応援してるから」



 ゆかりは枝になった腕を、証悟に向かって伸ばすも、彼は見向きもしない。



「クソッ! クソッ! こんな現実があってたまるかあああッ!」



「あっ、証ちゃん!」



 ノドを枯らし、走り去っていったのを見届けると、サトルの頭上に光が降り注ぐ。



 夢から覚めるときだ――








「はッ!?」



「わあっ!?」



 サトルは息を荒げながら目を覚ました。悪夢を見て間もない暗い気持ちと痛みが胸中を支配するも、隣で驚いている樫見を見て、落ち着いた。



「樫見さん、オレをずっと?」



「……はい。とてもうなされてて。だ、大丈夫ですか?」



「うん。大丈夫、大丈夫。いや、ちょっと恥ずかしいな、この歳で悪い夢に怖がって」



 ぎゅっと握られた手を見ながら、サトルは微笑む。



「悲しくて、つらい夢だったけど、でも、樫見さんがいてくれてよかった。ありがとう、傍にいてくれて」



「い、いえ。わたしなんか、これくらいしか」



「これくらいなんて……。樫見さんがいてくれたから安心できたから」



「――それが、言えなかったっていう夕七のモテる要素?」



「そうそう。なんというか、安心感がね……」



 サトルは無意識に答えたあとで我に返った。いつの間にか、バケツを持ちながらニヤニヤしている花子さんがいた。



「ふたりとも手繋ぎながら顔真っ赤にしちゃって。どう? 水ぶっかけて消火する?」



「やばい、恥ずい! 被りたい、水!」



「やっぱナシ。これがホントの水いらずってヤツね。バーイ」



「おま、水差しに来ただけか!?」



 花子さんはクスクス笑いながら、図書室を出て行った。時計を見ると、休み時間は終わりそうだった。



「HRに戻ろうか……」



「は、はい……」



 ふたりは司書の先生の冷たい視線を背に、図書室を出て行った。悪夢を見た気分など吹っ飛び、気まずさと高揚感がそれぞれ同居するドキドキが胸を支配した。



「あ、あのっ。さっき言ってくれたコト、ホントですか?」



「……どうだと思う?」



「ズルいですよ、その言いかた……」



 それでも、手は繋ぎっぱなしだった。



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