1964年、中秋②
夜に寝つけば、当然のように夢はやってくる。今度は見渡す限り、田舎の夜景色。立ち位置は畦道。サトルは瞬時にあのときの夢の続きと判断した。
「ううん。サトル、ここはどこだ?」
バクも着いてきているが、夕方に見たハズの夢を覚えていないようだった。
「夢の中だよ、夕方にもここにいた。覚えてないのか?」
「言ったろ? いちいち覚えちゃいられないさ、夢なんて」
「聞き飽きたよ」
「ワタシは覚えてない」
バクと話しながら辺りを見渡す。ふたりの子供が言っていたように満月が出ており、夜とは思えないほど明るい。だからかもしれない、民家に全く灯りがないコトに、一瞬だけ気づかなかった。
「昔の家庭事情は知らんけど、夜なのに電気をつけないのか? 一軒も」
「月は東の位置、夜更けにはまだ早い。ワケありかもしれないな。キミなら、どんなときに電気を消す?」
「そりゃ寝るときか、家を出るときか……。いや、みんなで?」
畦道を歩きながら集落を見つめていると、小さな灯りが見えた。家の中じゃない、外でだ。右往左往している。目を凝らすと、人が松明を持っているのが見えた。やがて光はどんどん集まり、山へ向かうであろう坂道を上っていく。
「フフ、後者か。よりによって照明に火を使うほどのコトがあるのかな。しかも集団で」
もしもあの山が古梶山ならば、狼神様とやらと関係があるかもしれない。
「満月、逃げる、狼神様……か」
昼に見たふたりの子供を思い出して、イヤな予感しかしなかった。どこか浮かない顔をしていたからだ。
「……行こう。急ごう」
「なにも変わらないのに急ぐとはこれ如何に、ってカンジだが」
ここは夢の中、干渉できないのはわかっている。しかしただ見るだけでも、目を離してはならない気がした。呼ばれた理由がそこにあるハズだと、サトルは思った。
畦道を走り、集落を抜け、ロクに舗装されていない坂道をひた走る。山の中に入り、小川に架かる橋のたもとで列と合流できた。
最後尾からでもわかる異様な雰囲気だが、誰にも見えないのをいいコトにジッと観察しても、その違和感の正体は掴めない。しばらく歩くと、鼓と笛の音が聞こえてきた。山奥へ向かうにつれ、大きくなっていく。
「フフ、祭りかな」
「大勢が一列で歩くような、こんな場所で?」
「変わった風習なんだろう、たぶん」
変わった風習、その一言で済めばいいのだけれど。……だが、そんな思いは一瞬で砕かれた。列が止まり、人々の神妙な視線の先には、角の欠けた石造りの祭壇で、手首を縄で縛られた女の子が膝をついて俯いている。
サトルは一眼でわかった。昼の夢で見た女の子だ。
「……なんなんだ。なんなんだよ。これが祭りのハズがあるかよ! おいッ!」
叫び、人々に訴えかけるも、ただすり抜けるだけだった。
「ミトの神社でやった祭りと全然違うな。……いや、これこそ形骸化していない『祭り』なのかもしれないな」
突然オオカミの遠吠えが響くと同時に、人々は頭を下げた。そして女の子は俯いたまま、ひとりでさらに山奥へと入っていった。
「人身御供なんて、よもや少し昔にあるものとは。ニンゲンとは、かくも……」
「こ、こんなコトを……」
サトルが震える声で言おうとした途端、全てを代弁するような声が飛んできた。
「こんなコトして誰かが幸せになった試しがあるのか! ないだろッ、世界中どこを探しても!」
昼の夢で見た少年だ。彼は手を伸ばし、少女のほうへ向かおうとするも、数人がかりで止められている。
「離せよバカども! なんて平気でいられるんだ、そうやって何人見送ってきたんだよッ!」
すると、すぐに嗚咽が混じった怒号が返ってきた。
「平気なワケがないだろうッ!」
「じゃあ、なんで黙って見てんだ!」
「……しきたりだ! 狼神様の怒りを買い、末代まで呪われる」
「バカバカしい!」
少年は静止を振り切るも、オオカミの遠吠えがまるで号令のように、暗い森に光るふたつの小さな光を揃えた。少年の足が止まる。
「眼光じゃ、狼神様じゃあ!」
「怒りに触れてしまったか!?」
「申し訳ありません、申し訳ありません……」
少年を除く人々は、一様に頭を下げた。眼光は消えるも、少女も森の中へ消え去った。ただ心地の悪い静寂を残して。
「……どうしてオレたち、こんな村に産まれたのかなあ」
少年は膝から崩れ、やり場のない怒りを拳に込め、何度も地面に叩きつけた。血が滴っても殴るのをやめない。
「悲しいよ、とってもつらい。いっしょに見たよな。テレビの中じゃ、聖火を持って走る人がいた。日本中をこれから走るんだよ」
「聖火を持って走る……?」
サトルはつぶやいた。この時代がわかりかけてきた。
「白黒の画面からでも希望に満ちているのがわかったよな。でもさ、なんでオレの住むところじゃ、こんなコトが起こるんだよ……。東京の街とは違う。なにもかもが寂しい」
「証悟、やめなさいッ! 地面を殴るのは!」
「見て見ぬふりをした母さんがオレを止める筋合いなんてない!」
「また帰ってくるから、ねっ!」
「そうやって何人見送った!? ガン首揃えて集まったアンタらの中で、帰ってきたヤツがいるのか!?」
少年の名は証悟というようだ。証悟の母親は必死に諌めているが、聞こうともしない。血と涙が混じり、地面に吸い込まれていく。
「証悟、おまえの絵はとても上手だ。なのに地面を殴るのか? こんなコトに使う手じゃないだろう!」
「もう、見せる相手もいなくなった。こんな手なんて、もう、どうでも。……なあ、ゆかり」
証悟があの少女の名を力なくつぶやいた、そのときだった。サトルに眩しい光が降り注ぐ。夢から目覚めるときだ。無意識に握りしめた拳を開き、ジッと見つめ、光に吸い込まれた。
そして、朝――
「ちょっと、起きなさーい!」
「……いっでえ!」
母の怒鳴り声で起きた直後に、ベッドの柵を殴っていた。すぐさま起き上がり、頭に?マークを浮かべながら赤くなった手を見つめる。
「なんだか、イヤな夢だったな……」
証悟とゆかりの関係を考えると胸が痛くなった。友達が事故というカタチで理不尽に奪われるつらさを経験しただけに、サトルの気は重くなる。
「おお? そんなトコを殴ってどうしたんだ、キミ。悪い夢でも見たのか」
バクは夢の内容を忘れているようだった。相変わらずだ。
「最近、どうも切羽詰まってるな。生きていくには忘れるのも大事だぞ」
「そうかもしれないけどな」
「……まあ、ワタシが言えたコトではないか。すまない。キミの悩みの大部分は、ワタシが取り憑いたコトによるものだろう?」
「いや……宿題を忘れ去れれば、どんなにラクかなって」
サトルは首筋を掻きながら言った。
「フフ、そうはいかないな」
「……なあ、バク。絶対に友達を助けたいけど助けられなかったら、そのコトを忘れられると思うか?」
「それが一度きりのモノを指すならば、ワタシには答えられない。空妖は『死ねばなにも残らない』のだから」
「……そう、だったな」
「ただ、出来るコトならば。もしもじゃなくて、絶対に友達を助けるコトならば、出来なくもないんじゃないか?」
バクは自信満々に言った。それがサトルには頼もしかった。
「病気とかならムリだが、空妖絡みならば任せろ。いつでもワタシのチカラを貸す。常にパワーアップも惜しまないぞ。そうすればワタシたちは無敵だ。違うか?」
「バク……ありがとう」
「キミの呪いとワタシのせいで、周りに怪奇現象ばかり起こる。それに立ち向かうために、キミはなりたいものはないのか?」
「そんなもの、決まってる」
サトルはまだ痛みが残る手を天井に向けて、グッと握りしめた。
「誰かを、救うものに」
暗い気分はなくなった。深呼吸をして、また新たな一日を過ごすときだ。
「でも、そのためには宿題を終わらせなきゃな。逃げちゃダメだぞ?」
「……バクさあ、水を差すなよ〜ッ」




