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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第4部 追慕編
79/133

1964年、中秋①



「……ん、ここは?」



 見知らぬ声に導かれ、サトルを包んだ光は、夢の通い路。頬を撫でる風に起こされ目を開けると、満天のいわし雲が広がっていた。



「着いたか、夢の世界に」



「これが夢の世界なのか? なんだか現実と変わらないじゃないか」



「そうだろ、バク。思っている以上にずっとリアルだろ」



 サトルは『霊桜たまざくら』という、夢を見せる不思議な桜を通して、様々な形で夢を見るのに経験があったので、戸惑いはなかった。



「しかしまあ……とんでもないド田舎だな」



 それは夢を見るコトには、だ。身体を起こすと、周りには一面の田んぼと山々がそびえ立っていた。黄金色の稲穂と色づいた山のコントラストに、サトルは綺麗な風景と感じる前に息を呑んだ。



 田んぼを連なる木製の細い電柱や、遠目に見える三角屋根の平屋建ての家屋。それに今立っている場所も畦道のド真ん中だ。人の気配もなく、風と虫の声しかしない。



「オレのじいちゃん家のトコみてえだな。なにを見せたいんだ?」



「ん? サトル、声が聞こえるぞ。子供のだ」



「どっちから?」



「正面から。おっと、キミの向きと反対側だな」



 振り向いてみると、小さな人影が走っていた。麦わら帽子と短パン、レジ袋の底を切ったようなブカブカのタンクトップを着ている少年と、同じような格好をした少女の姿。少年の手には、彼らの背丈よりも長い虫網を持っている。



「なあに? あのカッコ……。あんなの白黒写真とか映画でしか見たコトないぞ」



 なんて時代錯誤だろう。しかしわんぱくな見た目とは裏腹に、彼らの表情は暗い。ゆっくり歩いて近づくにつれ彼らの話し声が聞こえる。



「ねえ、今日なんでしょ? 中秋の名月……。どうして私が選ばれたんだろうね」



「知らない。だけどさ、あんなのに着いていく必要なんてないよ!」



「だけど、断ったらどうなるのかな」



「じゃあさ、オレといっしょに逃げよう! いっしょなら怖くないだろ?」



「そう、だね……」



「それでさ、都会に行こう。ビルとかハイウェイを描きたいな!」



「うん……」



 ふたりは表情の冴えないまま、サトルの身体をすり抜けて、遠目に見える集落へと向かっていった。



「見たか? あの少年の膝とか腕、一部分だけ赤かった。血が出てたぞ」



「バク、あれはたぶん赤チンって殺菌剤だ。昔が舞台のマンガで読んだ」



 あのふたりの格好に、立ち並ぶ木の電柱。現代にしては違和感がありすぎるので、サトルは結論を出した。



「つまり、ここはオレたちの知ってる時代じゃない。けっこう昔だな」



「昔? ここは昔の日本の景色なのか。フフ、まったく不可思議なコトばかりだ。キミのそばにいると退屈しないよ」



「不可思議なヤツがなんか言ってら」



 サトルもふたりに着いていこうと思った。田んぼの真ん中で学ランを着た高校生が追ってくるなんて、子供には怖いだろうが、夢なので問題はない。



「コレは干渉できない劇場型の夢だからな。思うままに動こう」



「型とはなんだ、型とは。キミ、そんなに夢を見てるのか?」



「まあな。ずっと戦闘の訓練もされてるよ」



 サトルはほぼ毎晩、夢枕に武士が現れていた。名を又兵衛。霊桜に取り憑く幽霊だ。



 その霊桜の能力は、記憶をフィルムとして見せたいモノを夢として見せる能力。青色に淡く光る花びらの数だけ、夢と記憶がある。



「バクともやったけど、忘れたか?」



「キミというヤツは。いちいち夢を覚えちゃいられないだろう」



「それはそうだ。まさか空妖に正論かまされるとは」



「だろう? 夢ばかり覚えてないで、少しは計算式や原子の名前でも覚えればいいじゃないか」



「余計なお世話だ!」



 集落には、まだ着かない。日差しが照っていても、秋めいた空は涼しげに風を吹かしている。きっと昔は、現代よりも気温は低かったのだろう。鼻歌交じりに歩きたくなる心地よさだ。



 田舎道を歩くのも、たまにはいい。サトルはそう思った。






  アオオーン……




         アオオーン……






 なにかの鳴き声が聞こえるまでは。



「これは驚いた。オオカミの遠吠えが聞こえるくらい昔とは。歴史的発見に立ち会えるかもしれないぞ、サトル」



「いやあ、まさかだろ」



 オオカミが生きていたのは19世紀までだ。きっと、そこまで昔ではない。そう推理した。



「じゃあ、キミはなんだと思う?」



「んー……威勢のいい野犬とか?」



「それはそれで怖いな」



 集落に近づいてきたところで、お年寄りの怒鳴り声が聞こえた。



狼神オオカミ様がお鳴きになられたぞ~! 皆、古梶山ふるかじやまに頭を下げたまえ!」



「なにアレ、コワ……」



 不穏な鳴き声に不穏な風習だ。この村には、なにかあるのだろう。だから夢を見せられた。



「これが呼ばれた原因か?」



「キミじゃなきゃならない理由、というワケだな。ビンゴかもしれないぞ」



 そう考えるのが自然だろう。怪奇に向かっているこの状況に胸の高鳴る。興味と怖いモノ見たさが混じりあう感情は、サトルの足を速めていた。



 しかし、それも束の間――



「ん? まぶしいな」



 上空から柱のような太い光が降り注ぐ。夢から現実に戻る合図だ。



「えっ、もう? もう夢終わり? なにもわかってないままだぞ!?」



「おお、キミの身体が宙に浮かんでいるぞ。UFOに連れ去られる時って、こんなカンジだろうか」



「どこでそんなコト覚えたんだ、バク……」



 なぜこんな断片的な夢を見せたのか、見当もつかない。しかし気になる言葉はいくつかあったので、それを覚えていればいい。



「さあ、目を覚ますぞ」



 田舎の風景が真っ白の光に染まり、やがて徐々に暗くなる。真っ暗な視界がまぶたの裏であるコトに気づくと、サトルはゆっくりと目を開けた――









「おはよう、サトル。お早いお帰りね」



「おう、明璃」



 そこに広がっていたのは、いつもの光景だった。明璃が手をかざしているコト意外は。



「もしかして、引っ叩いてた?」



「ンなコトより、宿題」



「きびしいなあ」



 時刻をスマホで確認すると、ものの5分しか経っていない。



「それで、どんな夢だったの?」



「フフ、驚けアカリ。ワタシは全く覚えていないぞ」



「バクちゃん、それ自信満々に言うコトじゃない!」



 サトルはなにも見るワケでもなく天井を見上げ、つぶやいた。



「古梶山と狼神様……」



「古梶山?」



 すると魅人が咄嗟に反応して、サトルにスマホを見せてきた。



「ほら、この『コワスギチャンネル』の投稿者が亡くなった場所がね、古梶湖の近くって」



「古梶山に古梶湖……。偶然か?」



 スマホを取り出して古梶山と検索すると、やはり古梶湖の近くらしい。ここ周辺に夢で見た村があるのかもしれないが、まだ情報が少なすぎる。



「昔の風景に狼神様に、私を見つけてって言葉に……。ワケわからん! 宿題どころじゃねえ!」



「禅院、それはちゃんとやれって!」



「サトルが頭抱え出したから、今日はこれで解散かしらね」



「そうだね。野球部もサッカー部も帰り出したし」



「また明日、ですね」






 夏に比べ、日が落ちるのが早くなった。暗くなる前に、サトルは明璃と帰路についた。



「……まだ考えてるの?」



「そう見える?」



「難しい顔しすぎ」



「明璃にはできないな、隠しゴト」



 空を見上げると、一番星が輝いていた。その隣には、ぼんやりと控えめに光る星が見える。



「明璃だったらさ、私を見つけてって、どんな時に言う?」



「えっ? そりゃあ……」



「難しい顔しすぎィ~」



「こら、茶化すな!」



「あはは、ごめんて」



「ったくもう……そんなの、見つけてほしいときに決まってるでしょ」



「まあ、それに限るよなあ」



 明璃も空を見上げ、飛ぶカラスを見えなくなるまで目で追った。



「サトルはさ、あたしがどこかに居なくなっても探してくれる?」



「んー? 急になんだよ。どこに行くって言わなくともってコト?」



「まっ、ゼッタイに探してくれるわよね。見ず知らずの声がずっと気になってるんだから」



 サトルが顔を上げると、もう明璃の家の前にいた。こんなに歩いていたのかと驚いた。



「おやすみ、サトル。また明日」



「……おう」



 サトルは明璃を家に入るまで見送って、また歩き出した。



「……なんであんなコトを訊いてきたんだろう。バク、わかるか?」



 サトルはバクに訊いた。解決はしなくてもいい、ただ沈黙がイヤだからだ。



「なにもわからない、というコトはわかるぞ」



「回りくどい言い方だな」



 サトルは笑って答えた。暗くなった空を見ると、星々が瞬いている。一番星の近くにあった鈍く光る星は、もう目立たない。



「……ああ。そんなの、当たり前だろ」



 サトルは空に手を伸ばし、拳を握った。手には当たり前のように、なにも残らなかった。



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