エピローグ ありのままで
夢とは叶えるものならば、叶わない夢に振り回される自分はなんのためにある。
変わりたくても変えられない現実に妥協点を探し、鬱屈とした日々を過ごすのは……、それはきっと、覚めない悪夢かもしれない。
「サブちゃんと禅院、なんで戦ってるんだよ!?」
「バカじゃないの。頭を冷やさなきゃいけないわ!」
「花子さん、わたしも手伝います!」
立場、格差、産まれ持ったもの。どう足掻いても越えられずに立ちはだかる壁は、願いを呪いに変えてしまうのだろうか。
「ここは足場が悪い、空はついて来られるか!?」
「バク、翼を!」
「まったく。不毛な争いだな。ほら」
「ふふっ、なんと頼もしい……!」
だが、そんな呪いを砕けるものがいるとするならば、そんな奇跡を起こせるものがいたのならば。神として崇め、祀られるのだろう。
「オ、オオッ! オデガ、助太刀スル!」
「おいおい、せっかくの決闘に茶々を入れちゃダメだぜ、不思議サメよ。あっちなら黙って見てるね」
あるいは、人々の恐怖を和らげるために。避けられない死、猛威を振るう自然災害。安寧を求める願いを聞くのも、また神だった。
「……いったい、どうなっているんだ。なぜ女の子が男の子になって、空を飛んでいるんだ。これは夢か?」
「父さん、夢じゃないよ!」
ならば、神の願いは誰が聞き届ける。
「フッ、がんばってくれるではないか。空中では踏ん張りが効かんじゃろうて!」
「その砂雲、羽ばたいて飛ばしてやるぜ!」
「疲れるのはワタシなんだがな」
それはきっと、人間の役目だ。神を見出し、神に祈れるものは、人間しかいないのだから。
今、そんな神の願いに、ひとりの人間が応えている。呪継者、禅院サトル。背中に憑いた大きな口から生えた黒い翼をはためかせ、一撃必殺の霊剣を振るう。
その姿は人というにはあまりにも奇妙で、しかし悪魔というには優しすぎた。人と空妖の狭間に立ちながら、サトルは迷うコトなく戦う。それが自分だと、自覚しているから。
「おおおおおッ!」
「大したモノだ。わしの上を取り、全体重をかけて斬りかかるとは。さすが禅院の呪継者、争いのない世に産まれても戦闘巧者ぶりをしておるわッ!」
戦いはさらに過熱する。斬り、防ぎ。サトルがクモの糸を伸ばせば、三郎は光線を放つ。どちらかが先に倒れなければ、終わりそうにない。
「どうにかして止めなきゃ! 燐狐、サメ、早く止めてー!」
「布きれ燃やしたあとは止めろってなあ! キツネづかい……いや、神づかいが荒いってモンだぜ。そう、神づかいがなあ!」
「そんなどうでもいいコト、強調しなくていいでしょ!」
「オデ、モット、見テタイ!」
「アンタはなんでそうなる!?」
「明璃ねーちゃん、どうにかして近づけないかな!?」
「ああなっちゃうとサトルに言葉なんて届かないし、それに空なんて……」
明璃はどうにかならないかと周りを見渡すと――
「大丈夫だよ、きっと」
魅人が小さくつぶやいた。その手にスマホを握り、見つめながら。
「どういうコト?」
「そろそろ時間だから。ねっ、父さん!」
「んっ!?」
急に話を振られて驚いた魅人の父も、差し出されたスマホを覗く。
「ああ。……ああ、そうだな」
「なにが――あっ、そっか!」
「ねっ!」
魅人は笑顔で夜空を見上げる。
「遠慮なく来いよッ! オレをぶった斬ってみろッ!」
「ニンゲンなど血管の中に砂を入れれば簡単に死ぬが、それじゃあ面白くなかろう! 身を尽くし忘れられぬ死を賭そう、互いになッ!」
そのバカげた戦いを見るワケでもなく、もっと遠くを。
「時間通りに行けば、だけど……。カウントダウン!」
手のひらを広げ、空に掲げる。それからひとつずつ、指を折って数えた。
「5! 4! 3! 2! 1!」
最後の指を折り、握った拳を夜空に掲げて「ゼロ!」と言ったとき、口笛のような音が空に鳴る。そして――
ドォン!
ドォン!
「まぶしっ!」
「敵襲かッ!?」
轟音と閃光が走り、ふたりの戦いは止まった。
「あっ……花火」
「これはこれは、なんと見事な」
夜空に咲いた大輪に息を呑み、思わず見つめ合う。それから少し冷静になってから、口を開いた。
「いや、その……。すいませんでした。ちょっと煽りすぎたなあって。だから、えーっと……」
「いやいや……。元はわしの身勝手じゃ。これ以上はやめておこう。みなに余計な心配をかけてしまってすまなんだ。おかげで今はいい気分じゃ。わしの望みを聞いてくれてありがとう」
「いえいえ……。こちらこそお世話になってますんで、ええ」
命の置き所である間合いが一転、気まずい立ち位置になった。その気まずさは態度にも表れ、互いに小さく頭を下げあっていると、突然、頭にまとまった量の水がかかった。
「ひゃっこーい!」
「ぬおおっ! マスクの中まで!?」
もちろん雨などではない。視線を下げると、手をかざすふたりの少女がいた。樫見と花子さんだ。
「禅院くん、びしょびしょにしてごめんなさい……」
「頭は冷えた? せっかくの花火なのによく見えないわ。早く降りてきて!」
「はーい……」
「一足遅かったのう……」
「フフ、女子陣にはまるで敵わないな」
燃え盛っていた闘志は火種すら残すコトなく、完全に鎮火した。サトルと三郎は地面に着いた途端、座り込んだ。
「禅院くん、乾かしますねっ」
「ありがとう。おかげで我に返ったよ」
「いえ、わたしなんて、ただ水をかけちゃっただけで……」
そんな光景を横目に見ながら、三郎は花子さんに訊いた。
「のう、わしも乾かしてはもらえぬか? 後生じゃ」
「自然に乾かしなさい」
「ぬう。ダメか?」
「ダメ。みんなを心配させたんだから」
「仕方ない……」
三郎はマスクを外し、その素顔を晒した。その顔が視れる一同は驚愕した。
「えっ……幼い。というか、同い年くらいじゃん!」
「ええい、こうも好奇の目を向けおって。やめんか! だからあのマスクを被ってたというのに……。武器にもなるし、顔を隠すにも便利だから……」
その恐ろし気なマスクの下は、まるでサトルたちと同い年くらいの少年のようだった。濡れた短い黒髪が、儚げな雰囲気を醸し出している。
「ふうん。だからそんな高いゲタを履いてたんだ。舐められるといけないから」
「声も若いですね」
「ああもう、こう親しまれては、威厳や神秘性というものがな……」
「いいじゃないすか、そのままで。ねえ、サブちゃん」
三郎はあきらめたようにため息をついて、マスクを抱えて立ち上がる。
「ええい、わしはもう帰る! あかなめを追わんといかんしな!」
「いろいろと世話になりました。またスッキリしたきゃ来てもいいぜ」
「そうならんよう、自分を律するのに努めよう」
あかなめは空を覆うほどの砂を集め、サメの衝突でできたクレーターに詰めた。
「奇跡だ、元に戻ったぞ! 魅人、これはいったい!?」
「神様のおかげかな?」
「空妖のツケは空妖が払うのが道理。ニンゲンたちよ、神頼みもほどほどになっ」
あかなめは砂の雲に乗り、花火から反対方向の夜空へ消えていった。見送ったあとは、花火の炸裂音しか聞こえない。
「神社であんなコト言うか? ……ところで魅人、ホントによかったのか?」
「うん。……ね、こっち来てほしいな」
魅人は小さく頷いたあとで、サトルの手を階段まで引っ張った。
「ここなら花火がきれいに見られるよ!」
「おっ、ホントだ」
夏の夜空に色とりどりの花が咲く。赤や青、途中で色が変わるものも。どれも鮮やかにきらめいて、そして散る。ふたりは釘付けになりながら、ゆっくり座った。
「ボクね、自分に自信がなかったんだ」
魅人は語りだす。サトルは聞き手に徹した。
「ボクが褒められるときなんて、女装してるときくらいでさ。女の子でいないと愛されないと思ってたんだ」
「ああ」
「でも、いろいろあって……。ボクは愛されてるってわかったんだ。だから、もういいんだ。それがわかって、うれしいから」
「夢だったんじゃないのか?」
「今まではね。だけど、あかなめを助けたコトで、あかなめが守ってる人たちの夢を守ったから、これでいいかなって」
「そっか」
まだまだ上がり続ける花火を眺めていると、真島がサトルと魅人の間に割り込んできた。そして、まれに見る神妙な顔つきでサトルに尋ねてきた。
「禅院、おまえ……女の子だったときの記憶ってあるの?」
サトルはどうすべきか考えた。記憶はある。実際には意思はなく、作られた人格が勝手に喋っているだけの映像を、テレビを見るように眺めていただけだが。
だからこそ、真島の骨抜き具合を知っている。それも元は同級生の男にああなっていたのだ。真実を告げるのは気の毒なので、ウソをつこう。
「いや、覚えてないよ」
そういうサトルの姿に、真島はショックを覚えた。なぜならサトルは首筋を掻いていたからだ。ウソをついている証拠である。
「あ、ああ……」
「どうしたんだよ」
「まあまあ、サトルくんもこう言ってるんだし。気にするコトないよ」
真島は魅人のフォローにダメ出ししようとしたが、その横顔に胸が高鳴った。じゅうぶんかわいいじゃないか、と。
「千田、男に戻ったの? ホントに?」
「……確かめてみる?」
真島は新たなる世界の扉をノックしていた。その扉の向こう側で、過去が囁く。『性差なんて誤差だろ。大差ねえよ』と。
「そ、そんなコトはない、そんなコトは……!」
真島は立ち上がり、拝殿のほうへと走り去ってしまった。花火はまだ上がる。
「どうしたんだろうね」
「フフ、臆病な自尊心と尊大な羞恥心が爆発したんだろうさ」
「なにそれ、すごい知ったふうな口叩くじゃん、バク」
「そういう意味なのかな……?」
「いいじゃないか。それでも、ありのままの自分を愛せたら」
「うん。だね!」
「バクがまとめるのか……」
「いいだろう? あんまり喋れなかったんだから」
「んー。まあ、いいか」
花火は上がり終えると、終了のアナウンスが流れ、祭りも終わる。
「夏休み、終わっちゃうな」
「そうだね……」
高揚感が冷めると寂寥感を覚える。ひんやりと冷たくなった夜風に、夏の終わりを感じた。虫の声が心地いい。
「ねえ、サトルくん」
「ん?」
――夏休み。それは長いようで、あっという間に終わる夢のよう。自分を愛する勇気を手に入れ、ボクの夏休みは終わる。
「ボクのコト、どう見える?」
「魅力的だよ。全然、名前負けしないくらいに」
またすぐに学校が始まる。でも、なんだか楽しみだ。こんなふうに思ったコトないのに。ボクはうれしいんだ、新しい友だちができたのが。
「えへへ……。ありがと!」
これからは胸を張って、友だちといっしょに自分らしく、楽しく過ごしたいな。それが、ボクの次の夢だから――
「そういえば、宿題やった?」
「……あっ」
そしてサトルが宿題に苦しむのは、また別の話――
第3部 完
ここまで読んでいただきありがとうごさいました。第4部・追慕編に続きます。




