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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第3部 転性編
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エピローグ ありのままで



 夢とは叶えるものならば、叶わない夢に振り回される自分はなんのためにある。



 変わりたくても変えられない現実に妥協点を探し、鬱屈とした日々を過ごすのは……、それはきっと、覚めない悪夢かもしれない。





「サブちゃんと禅院、なんで戦ってるんだよ!?」



「バカじゃないの。頭を冷やさなきゃいけないわ!」



「花子さん、わたしも手伝います!」





 立場、格差、産まれ持ったもの。どう足掻いても越えられずに立ちはだかる壁は、願いを呪いに変えてしまうのだろうか。





「ここは足場が悪い、空はついて来られるか!?」



「バク、翼を!」



「まったく。不毛な争いだな。ほら」



「ふふっ、なんと頼もしい……!」





 だが、そんな呪いを砕けるものがいるとするならば、そんな奇跡を起こせるものがいたのならば。神として崇め、祀られるのだろう。





「オ、オオッ! オデガ、助太刀スル!」



「おいおい、せっかくの決闘に茶々を入れちゃダメだぜ、不思議サメよ。あっちなら黙って見てるね」





 あるいは、人々の恐怖を和らげるために。避けられない死、猛威を振るう自然災害。安寧を求める願いを聞くのも、また神だった。





「……いったい、どうなっているんだ。なぜ女の子が男の子になって、空を飛んでいるんだ。これは夢か?」



「父さん、夢じゃないよ!」





 ならば、神の願いは誰が聞き届ける。





「フッ、がんばってくれるではないか。空中では踏ん張りが効かんじゃろうて!」



「その砂雲、羽ばたいて飛ばしてやるぜ!」



「疲れるのはワタシなんだがな」





 それはきっと、人間の役目だ。神を見出し、神に祈れるものは、人間しかいないのだから。



 今、そんな神の願いに、ひとりの人間が応えている。呪継者、禅院サトル。背中に憑いた大きな口から生えた黒い翼をはためかせ、一撃必殺の霊剣を振るう。



 その姿は人というにはあまりにも奇妙で、しかし悪魔というには優しすぎた。人と空妖の狭間に立ちながら、サトルは迷うコトなく戦う。それが自分だと、自覚しているから。



「おおおおおッ!」



「大したモノだ。わしの上を取り、全体重をかけて斬りかかるとは。さすが禅院の呪継者、争いのない世に産まれても戦闘巧者ぶりをしておるわッ!」



 戦いはさらに過熱する。斬り、防ぎ。サトルがクモの糸を伸ばせば、三郎は光線を放つ。どちらかが先に倒れなければ、終わりそうにない。



「どうにかして止めなきゃ! 燐狐、サメ、早く止めてー!」



「布きれ燃やしたあとは止めろってなあ! キツネづかい……いや、神づかいが荒いってモンだぜ。そう、神づかいがなあ!」



「そんなどうでもいいコト、強調しなくていいでしょ!」



「オデ、モット、見テタイ!」



「アンタはなんでそうなる!?」



「明璃ねーちゃん、どうにかして近づけないかな!?」



「ああなっちゃうとサトルに言葉なんて届かないし、それに空なんて……」



 明璃はどうにかならないかと周りを見渡すと――



「大丈夫だよ、きっと」



 魅人が小さくつぶやいた。その手にスマホを握り、見つめながら。



「どういうコト?」



「そろそろ時間だから。ねっ、父さん!」



「んっ!?」



 急に話を振られて驚いた魅人の父も、差し出されたスマホを覗く。



「ああ。……ああ、そうだな」



「なにが――あっ、そっか!」



「ねっ!」



 魅人は笑顔で夜空を見上げる。



「遠慮なく来いよッ! オレをぶった斬ってみろッ!」



「ニンゲンなど血管の中に砂を入れれば簡単に死ぬが、それじゃあ面白くなかろう! 身を尽くし忘れられぬ死を賭そう、互いになッ!」



 そのバカげた戦いを見るワケでもなく、もっと遠くを。



「時間通りに行けば、だけど……。カウントダウン!」



 手のひらを広げ、空に掲げる。それからひとつずつ、指を折って数えた。



「5! 4! 3! 2! 1!」



 最後の指を折り、握った拳を夜空に掲げて「ゼロ!」と言ったとき、口笛のような音が空に鳴る。そして――






    ドォン!




           ドォン!






「まぶしっ!」



「敵襲かッ!?」



 轟音と閃光が走り、ふたりの戦いは止まった。



「あっ……花火」



「これはこれは、なんと見事な」



 夜空に咲いた大輪に息を呑み、思わず見つめ合う。それから少し冷静になってから、口を開いた。



「いや、その……。すいませんでした。ちょっと煽りすぎたなあって。だから、えーっと……」



「いやいや……。元はわしの身勝手じゃ。これ以上はやめておこう。みなに余計な心配をかけてしまってすまなんだ。おかげで今はいい気分じゃ。わしの望みを聞いてくれてありがとう」



「いえいえ……。こちらこそお世話になってますんで、ええ」



 命の置き所である間合いが一転、気まずい立ち位置になった。その気まずさは態度にも表れ、互いに小さく頭を下げあっていると、突然、頭にまとまった量の水がかかった。



「ひゃっこーい!」



「ぬおおっ! マスクの中まで!?」



 もちろん雨などではない。視線を下げると、手をかざすふたりの少女がいた。樫見と花子さんだ。



「禅院くん、びしょびしょにしてごめんなさい……」



「頭は冷えた? せっかくの花火なのによく見えないわ。早く降りてきて!」



「はーい……」



「一足遅かったのう……」



「フフ、女子陣にはまるで敵わないな」



 燃え盛っていた闘志は火種すら残すコトなく、完全に鎮火した。サトルと三郎は地面に着いた途端、座り込んだ。



「禅院くん、乾かしますねっ」



「ありがとう。おかげで我に返ったよ」



「いえ、わたしなんて、ただ水をかけちゃっただけで……」



 そんな光景を横目に見ながら、三郎は花子さんに訊いた。



「のう、わしも乾かしてはもらえぬか? 後生じゃ」



「自然に乾かしなさい」



「ぬう。ダメか?」



「ダメ。みんなを心配させたんだから」



「仕方ない……」



 三郎はマスクを外し、その素顔を晒した。その顔が視れる一同は驚愕した。



「えっ……幼い。というか、同い年くらいじゃん!」



「ええい、こうも好奇の目を向けおって。やめんか! だからあのマスクを被ってたというのに……。武器にもなるし、顔を隠すにも便利だから……」



 その恐ろし気なマスクの下は、まるでサトルたちと同い年くらいの少年のようだった。濡れた短い黒髪が、儚げな雰囲気を醸し出している。



「ふうん。だからそんな高いゲタを履いてたんだ。舐められるといけないから」



「声も若いですね」



「ああもう、こう親しまれては、威厳や神秘性というものがな……」



「いいじゃないすか、そのままで。ねえ、サブちゃん」



 三郎はあきらめたようにため息をついて、マスクを抱えて立ち上がる。



「ええい、わしはもう帰る! あかなめを追わんといかんしな!」



「いろいろと世話になりました。またスッキリしたきゃ来てもいいぜ」



「そうならんよう、自分を律するのに努めよう」



 あかなめは空を覆うほどの砂を集め、サメの衝突でできたクレーターに詰めた。



「奇跡だ、元に戻ったぞ! 魅人、これはいったい!?」



「神様のおかげかな?」



「空妖のツケは空妖が払うのが道理。ニンゲンたちよ、神頼みもほどほどになっ」



 あかなめは砂の雲に乗り、花火から反対方向の夜空へ消えていった。見送ったあとは、花火の炸裂音しか聞こえない。



「神社であんなコト言うか? ……ところで魅人、ホントによかったのか?」



「うん。……ね、こっち来てほしいな」



 魅人は小さく頷いたあとで、サトルの手を階段まで引っ張った。



「ここなら花火がきれいに見られるよ!」



「おっ、ホントだ」



 夏の夜空に色とりどりの花が咲く。赤や青、途中で色が変わるものも。どれも鮮やかにきらめいて、そして散る。ふたりは釘付けになりながら、ゆっくり座った。



「ボクね、自分に自信がなかったんだ」



 魅人は語りだす。サトルは聞き手に徹した。



「ボクが褒められるときなんて、女装してるときくらいでさ。女の子でいないと愛されないと思ってたんだ」



「ああ」



「でも、いろいろあって……。ボクは愛されてるってわかったんだ。だから、もういいんだ。それがわかって、うれしいから」



「夢だったんじゃないのか?」



「今まではね。だけど、あかなめを助けたコトで、あかなめが守ってる人たちの夢を守ったから、これでいいかなって」



「そっか」



 まだまだ上がり続ける花火を眺めていると、真島がサトルと魅人の間に割り込んできた。そして、まれに見る神妙な顔つきでサトルに尋ねてきた。



「禅院、おまえ……女の子だったときの記憶ってあるの?」



 サトルはどうすべきか考えた。記憶はある。実際には意思はなく、作られた人格が勝手に喋っているだけの映像を、テレビを見るように眺めていただけだが。



 だからこそ、真島の骨抜き具合を知っている。それも元は同級生の男にああなっていたのだ。真実を告げるのは気の毒なので、ウソをつこう。



「いや、覚えてないよ」



 そういうサトルの姿に、真島はショックを覚えた。なぜならサトルは首筋を掻いていたからだ。ウソをついている証拠である。



「あ、ああ……」



「どうしたんだよ」



「まあまあ、サトルくんもこう言ってるんだし。気にするコトないよ」



 真島は魅人のフォローにダメ出ししようとしたが、その横顔に胸が高鳴った。じゅうぶんかわいいじゃないか、と。



「千田、男に戻ったの? ホントに?」



「……確かめてみる?」



 真島は新たなる世界の扉をノックしていた。その扉の向こう側で、過去が囁く。『性差なんて誤差だろ。大差ねえよ』と。



「そ、そんなコトはない、そんなコトは……!」



 真島は立ち上がり、拝殿のほうへと走り去ってしまった。花火はまだ上がる。



「どうしたんだろうね」



「フフ、臆病な自尊心と尊大な羞恥心が爆発したんだろうさ」



「なにそれ、すごい知ったふうな口叩くじゃん、バク」



「そういう意味なのかな……?」



「いいじゃないか。それでも、ありのままの自分を愛せたら」



「うん。だね!」



「バクがまとめるのか……」



「いいだろう? あんまり喋れなかったんだから」



「んー。まあ、いいか」



 花火は上がり終えると、終了のアナウンスが流れ、祭りも終わる。



「夏休み、終わっちゃうな」



「そうだね……」



 高揚感が冷めると寂寥感を覚える。ひんやりと冷たくなった夜風に、夏の終わりを感じた。虫の声が心地いい。



「ねえ、サトルくん」



「ん?」





――夏休み。それは長いようで、あっという間に終わる夢のよう。自分を愛する勇気を手に入れ、ボクの夏休みは終わる。





「ボクのコト、どう見える?」



「魅力的だよ。全然、名前負けしないくらいに」





 またすぐに学校が始まる。でも、なんだか楽しみだ。こんなふうに思ったコトないのに。ボクはうれしいんだ、新しい友だちができたのが。





「えへへ……。ありがと!」





 これからは胸を張って、友だちといっしょに自分らしく、楽しく過ごしたいな。それが、ボクの次の夢だから――









「そういえば、宿題やった?」



「……あっ」



 そしてサトルが宿題に苦しむのは、また別の話――










               第3部 完

ここまで読んでいただきありがとうごさいました。第4部・追慕編に続きます。

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