三郎は願う
「なんだ今の音!?」
濃い砂煙で覆われた月海神社の境内。そこで行われているであろう、あかなめと三郎の戦いは、外からではなにもわからない。
「なにが起きてるんでしょうか……」
「ったくもう、サトルはどこ行ったのかしら」
また静寂が訪れる。後を追おうとして思わず砂煙の中に入ろうとした、そのとき。
「吹きすさべ、雨知草ッ!」
久しぶりに聞いた声とともに、砂煙が突風によって晴れた。
その場にいる人と空妖は、夜の闇で見えにくい。しかしその黒い学ランの人影に目を奪われた。
「サトル! よかった、元に戻った!」
「よう明璃。久しぶりっ」
明璃は駆け寄ろうとするも、二歩目で立ち止まった。
「……ねえサトル、いつ着替えたの?」
「そりゃ男に戻ってからだよ、砂煙を晴らす前にさ。制服はバクが持ってた」
「フフ、いざ戻るってときにコレじゃなければ、締まらないだろう?」
「浴衣は?」
「バクの中にしまった」
「安心しろ、アカリ。キレイなままさ。ホントだぞ?」
サトルとバクは平気な顔で言う。だが、明璃が聞きたいのは、上のほうではなかった。
「じゃあ、その……」
「ん? あーっ、うん……」
明璃の下を向いた赤面で、サトルは全てを察した。
「ごめん。あのー、想像通りかも……。いやでも、すぐ脱いだから! バクの中にしまってるから!」
「すぐってなによ、すぐって! あたしの私物だよ!?」
「ごめんなさいその節はホントに助かりました許してください! ……愚問だろうけど、洗って返す?」
明璃の眉間のシワが深まる。サトルは今、三郎が振り下ろした剣を鏡花旅楽で受け止めているが、剣なんかよりもよっぽど明璃のほうが怖かった。
「だいたい口の中に入れてるってなんなの……。まあいいや、出して」
明璃はズカズカとサトルのほうへ近寄る。
「ちょっ、気持ちはわかるけど、危ないぞ!」
「それは天狗のせいでしょ! 三郎さん、剣を下ろして、すぐにッ!」
「う、うむ……」
その剣幕に、さしもの三郎もたじろいで、剣を下ろした。
明璃はサトルの背中に回ると、すぐそばにいるあかなめがなにか言おうとしたので、睨みつけて先手をとった。
「さあ、出して。両方」
バクもなにも言わず、ツバを吐くようにそれを出した。明璃は怪訝そうに地面に落ちたそれをを拾い上げる。
「……なんてぞんざいな」
「それ、どうすんの?」
「燃やす。燐孤、こっち来て」
「あー……。うん、ごめんな。もう着れないよな、そんなの。男のオレがな。でもホントに助かったよ。ありがとうな」
「そう謝られるとなあ……。あたしも言いすぎたわ、ごめんね。元はあかなめが悪いんだからね!」
「そうだおまえのせいだぞ!」
「禅院の呪継者を女にして仲良くしたかっただけだろ!」
「これ以上つまらない口を利いたら、あたしがコロすわ、アンタを」
「えっ、コワ」
怒りの炎を燃やす明璃に、燐孤たちはすごすごとやってきた。律儀に6匹揃っている。
「お願い。これ燃やして」
明璃はそれを差し出す。
「怖い女……」
「瞬間移動すんだぜ、こいつ」
「お願い聞かなきゃ、なにされるか」
「お社作ってもらえるし、ガマンだ」
「でも、お願いを聞くってコトは?」
「神様としての初仕事……?」
神様としての初仕事。その美辞麗句に1匹の燐孤は素早く受け取った。もちろん手では受け取れないので、口で。
「あっちがやるぜ!」
「いや、あっちが!」
「神様の初仕事を取るなおまえ!」
その惨状を見て、明璃はさらに怒鳴る。
「もうーッ! 人の下着を咥えて引っ張りあうなーッ!」
そんな明璃に、バクは小声でサトルに言った。
「ただの布きれに、ムキになりすぎじゃあないか?」
「それは口が裂けても言っちゃダメだぞ。ゼッタイにダメだからな」
「フフ、ワタシが裂けるって? 冗談がうまいな」
「いや、マジに言うなよ……」
明璃が燐孤を追いかけて遠ざかったのを確認すると、サトルと三郎は向かいあった。お互い気まずいまま、仕切り直す。
「禅院の呪継者、なぜあかなめをかばう?」
「サメと戦ったとき手伝ってもらったからな。借りを返すだけだ」
「あかなめ。おまえとあろう者が、禅院への能力を解いてまで守ってもらいたかったのか?」
サトルの傍らに座っていたあかなめは立ち上がり、堂々と言い放つ。
「わかってねえな。白馬の王子様を待つのはなあ、『お姫様』だけの特権じゃないんだぜ〜ッ!」
「なんなんだよコイツ……」
よくわからない自信に少し嫌気が差したが、サトルは女になっていても、あかなめが一瞬でも魅人を燐孤から守ろうとしたのを知っていた。だから守ると、そう誓った。
「まあいいや。早く逃げろ!」
左手に持っていた霊剣・雨知草をあかなめに返すも、その足取りは重そうだった。
「まだチカラが足んねえ!」
「どうすればいい!」
「しっかり休むか、あとは能力を解くしかねえ!」
「ほんの一瞬だけでも、チカラを解けないのか?」
「わかんねえか? その一瞬で誰かが不幸になるぞ!」
「なんでオレ絡みじゃないとマジメなの?」
この世の価値の権化であるカネを積んでもなし得ない、身体と心を作り変える『性転換』。それができるのは、やはり神の御技と言えるだろう。崇められるのもムリはない。
あかなめを追う三郎も、神として崇められていた。この間に挟まるのは神話の一部になったようで畏れ多いが、それでも剣を受け止め続ける。
が、さすがにキツくなってきた。そのとき、魅人があかなめの下へ駆け寄る。
「ボクの身体を戻して!」
「……いいのかい? 堪能したか?」
「うん。もう平気だよ」
「あいわかった!」
あかなめは魅人に向けて指を弾いた。見た目に変化はないが、たしかに魅人は男に戻った。
「よし、動けるぞ!」
「ねえ、さっきは燐孤から助けてくれてありがとう」
「駐車場で会った頃よりも、ずいぶんいい顔になったじゃねえか。自信が出たな」
「おかげでいい夏休みになったよ」
「フッ、そりゃよかったな。あばよ!」
あかなめは海でやったように、足に風を絡ませ、高く跳び上がる。
「ええい、逃すかッ!」
三郎のマスクのクチバシが大きく開き、光を溜めている。
「コレ、駐車場で見たヤツだ」
「このカンジは、なにが出るんじゃあないか?」
「とにかく離れていよう!」
サトルは剣を収め、素早く三郎から遠かる。
「貫けえ!」
勢いよくクチバシが閉じると、その先に小さな光が集まり、まるでホタルが瞬いているようだ。しかしそんな牧歌的な光から、鋭く細い線が放たれた。
「ビームだッ! すげえッ!」
「キミはヘンなトコに興奮するんだな。あのサメといい……」
光線は真っ直ぐあかなめの足を狙うが、空中で股を開き、間一髪で回避。そして尻を叩いて煽り散らした。そんな光景を目の当たりにした三郎は、なにも言わず光線を連射する。
「あれはマズいぞ!」
ハチの巣になりかねない数の光線は、ことごとくあかなめに当たらない。よく見ると視界が揺らいでいる。
「クク、それがあっちの足を撃ち抜いたヤツだな?」
足を引きずっている1匹の燐孤がやってきて笑う。その背中の炎は激しく燃え盛っていた。
「恨みは果たした。痛み分けって形で、これでチャラにしようぜ」
「陽炎を作って距離感覚を狂わせたか。揃いも揃って、まったく度し難い」
空中を駆けていたあかなめの姿は、闇夜に溶け込んだ。
「だが、まだ追える。砂を降らせれば、まだ!」
「おっと、ここを通りたければ……」
砂を集めだした三郎の前に立つのは、純白の刃を向け、獣のような闘志を剥き出しにするこの男。
「オレを倒してからにしな」
「……なぜこうも邪魔をするか」
「アンタを思って言ってるんだけどな。太刀筋が言ってたよ、まだ物足りないって。オレが胸を貸そうか?」
三郎は目を見張った。サトルの赤い傷跡と左目が陽炎によって、まるで炎が揺らいでいるようにも見えた。加えて学ランの色もあってか、威圧感が増している。
「神様もきっとつらいだろうな。勝手に願われて、願いが叶わなかったら神様のせいにされてさ」
「……なにが言いたい?」
「神様だって、たまには願いを聞いてもらいたいだろう?」
「ふふっ、はっはっは! かつてわしが軍神と崇められたのを知っての言動か!?」
サトルの一言に、三郎の心が動く。ずっとフタをしていた闘争心に火が着いた。
「その不遜な態度、まさに梟風と呼ばれた男、禅院サラが地獄から帰ってきたようじゃ」
「オレの先祖にそんな素行の悪いのがいたとはな。いいぜ、見せてやるよ。地獄の一丁目を」
「サトル、キミなあ。久々に出てきたからって、ちょっとイキりすぎじゃないか?」
「こんくらい言ってやんなきゃ、乗り気にならないだろ?」
マスクの下の笑顔はとても見せられない。ニンゲンを守るべき守護天狗たる者が、ニンゲンに刃を向けている。恥ずべき行動だが、衝動は止められない。
黒く、白く、そして赤く。鉄のような、光のような、そして炎のような……。
それらを内包したような、あの少年に全てをぶつけたい。ありのまま戦いたい。身体が焼け爛れ、灰すらも残らないような戦いがしたい。
「……禅院サトル、準備はよいか?」
「アンタこそ右腕はいいのか。オレも片腕だけで戦り合おうか?」
「心遣いは無用。では行くぞッ!」
このふたりに戦う必要などない。しかし三郎は願った。それだけ、ただそれだけのために。呪継者の証、その赤い瞳は流れ星のように尾を引き、心に炎を灯し、サトルは応える。
戦いを止められるものも、サトルと似たものだけだろう。鉄と、光と、そして炎……。それらを内包したものだけが。




