あかなめは願う
生きるうえで『正しさ』とはなんだろうか。生まれて与えられた役割を全うするコトだろうか。
だとすれば、変えられないものを変えるチカラを持った存在だって、好きなようにそれを振る舞ってもいいハズだ。
「キサマの存在は秩序を乱す。その身勝手を止める気がないのなら、この世から例外はなくなる」
「おいおい、また神様気取りかよ。笑っちゃうな」
不変的な調和を求める三郎天狗と、変化を是とするあかなめ。彼らの溝は深く、わかりあえない。だからこそ数百年もの間、常ににらみ合ってきた。
「その態度、宣戦布告と受け取った!」
三郎は境内のクレーターに発動させた砂の竜巻の規模を縮め、あかなめにぶつけようとするも、霊剣・雨知草による突風で吹き飛ばした。
「砂と風の相性は最悪だし、俺様がニンゲンたちにくっついていれば、アンタは巻き込まないように弱めざるを得ない。この勝負、貰ったな!」
「どうかな?」
三郎は砂の竜巻をいくつも起こし、あかなめは防御に追われる。雨知草を数回振るうだけで、あかなめの息があがった。
「能力を使いすぎたか……。なんで執拗に追っかけてくるんだよ、昔っから。俺様が現世で神様呼ばわりされてんのがイヤなのか?」
「キサマの能力はニンゲンの世界にはいらんのだ。生まれたものを不変として、全うに生きればよい。神呼ばわりなんぞ、どうでもよいのだ」
「どうでもいいだと? ウソつけよ神様がよお! だったらぶっ壊してもいいんだな、おまえを祀ってる高尾山のヤツ!」
「この世に神などいないッ! ニンゲンにとって都合よく願いを叶える神など、いてはならん!」
「あのチビ共を助けておいてよく言うぜ、白々しい!」
「減らず口を叩く!」
あかなめに対する猛攻は止まらない。その戦いの最中、魅人は前に出て、三郎に近づく。
「待って、魅人! どうするの!?」
「明璃ちゃん、ボク、止めたいんだ」
「巻き込まれますよっ!」
「でも……。だけどっ!」
明璃と樫見の制止を聞き流し、走った勢いで三郎の背後から、力無くぶら下がった右腕を掴む。
「うん!? なんじゃ、千田の!?」
三郎の右手から、その意思が伝わってきた。
昔から神様扱いされても、神様という万能の存在を否定したい矛盾。守りたい自然を破壊されつつも、それでも人を愛したいと思う矛盾。そして、人の運命を壊しかねない脅威を感じつつも、しかし血の沸くような死闘を楽しみたいという矛盾。
多くの矛盾を孕んだこの空妖に、魅人は共感した。男なのに女になりたかったボクに似ているかも――と。
「ええい、どいているのだ!」
「わわっ! なにコレ!?」
三郎は魅人の足に砂を仕込み、それを高速で回転させ、まるでローラースケートのように滑らせながら退かした。
「足止めサンキュー!」
あかなめは渾身といわんばかりに得物を振るうが、なにも起こらない。それどころか、勢いそのままに膝から呆気なく崩れ落ちた。
「ガス欠、か」
「がんばりすぎだな。ニンゲンの運命を変える能力を手放せば見逃してやる……。わしとて、トドメを刺したくない。キサマはニンゲンを殺していないのだから」
「はあ? ふざけんな、妥協してたまるかよ」
「この期に及んで!」
「なあ、俺様は人類史の『特異点』になれるんだよ。砂を操るアンタにゃ無理だ。わかるか? 俺様はッ! 特別なんだよッ!」
「大層な自信じゃ、呆れるほどに……」
「ほら、アンタも笑えよ。マジメすぎんだよ」
「……いや、わしはキサマを笑わん。涙すら流れぬこの身体、せめて心で涙を流し、キサマの死を悼もう」
「ったく、よく言うよ!」
どこからともなく飛んできた、古びた両刃の剣が三郎の手に収まり、あかなめに向ける。
「その死に様が忘れ去られるからといって、今の子供たちには見せてはならんな」
濃い砂煙が辺りを包む。人智を超えた戦いに、人はただ遠くで見るコトしかできない。
「……サブちゃんもすごいよな、まったく」
「真島くん、取り憑かれてたけど大丈夫だった?」
「全然! おれの姿でカッコイイとこ見せられたんじゃないのお?」
「ポジティブだね……」
「魅人のほうは?」
「ボクもだいじょぶ」
「よかった、よかった」
「サトルくんもケガは……って、あれ?」
サトルを横目で見ようとするも、その姿はなかった。鏡花旅楽もない。考えられるコトはひとつ。砂煙の向こうにいる、あかなめの下へ行ったのではないか。
「そんな……サトミちゃーんっ!」
真島が呼び掛けているとき、サトミはあかなめの傍にいた。自分の意志ではない。あかなめに呼ばれたからだ。
「あかなめ様……。あなたは、死んでしまわれるのですか?」
「このままだとな。でも、俺様は死ぬワケにはいかねえんだ。おまえを呼んだのは、男に戻すためだ」
「わたくしを、ですか?」
「ああ、俺様を守ってくれ。……しかし、やり切れねえな。妥協しないって啖呵切っといて、上玉のおまえさんを戻すんだから」
「……わかりました。でも、どうしてそこまでするのか。これが終わったら、聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「いいぜ――」
言おうとしたが、砂煙を裂くように三郎が剣を突き立て襲いかかってきた。
「やべーっ、助けてーっ!」
目の前で振りかぶったのを見ると、途端に世界がスローモーションになった。めくるめく思い出がよみがえり、心が過去へ帰っていく。
――あ、そうだ。せっかくだし、俺様の思い出話を聞いてけよ。ちょっと長いかもしれないけど、いいだろ? せっかく世界がゆっくりなんだから。
俺様は産まれもどこから来たかもわからず、日本をさまよっていた。時は乱世、戦いばっかり。ニンゲンたちもやべーヤツが多かった。尋常のヤツらには視えてねえけど、ビビりまくってた俺様に、声を掛けてきたヤツがいたんだ。
そいつの名は禅院サラ。かつて先祖が『かるま』って鬼に呪いをかけられた呪継者だった。コイツもヤバい男だった。浪人の分際で様々な戦場に顔を出しては、名立たる武将にケンカ売ってたんだからな。真剣で。
サラは『梟風』という悪名のままに相棒と暴れ、世の中から嫌われまくっていたが、俺様にとっちゃ英雄だった。なにせ、剣を教えてくれたのはアイツだったからな。
それに、俺様のチカラも褒めてくれたんだ。サラを女にしたとき、「その能力で世の中を掻きまわしていけ」って笑いながら言ってくれた。そりゃもう自信がついたよ。
アイツと別れたあとは、その言葉に従った。だからこそ、あの天狗に目をつけられるようになったんだけどな。
上杉謙信って聞いたコトあるだろ? そいつがあの三郎天狗を崇めてたからムッときて、あるとき一瞬だけ女にしたんだよ。そうしたら最近まで『上杉謙信女の子説』なんか流れちゃってな、あれは面白かった!
それからうまく逃げつつ、日本中を回ってた。いろんなコトがあったよな。そんな中で心を痛めたのは、あの戦争。世間じゃ第二次世界大戦って呼ばれる戦争だ。
俺様は戦地に行きたくない野郎どもを女にして、兵役を免れさせた。もっとも、一時的なものさ。視えるヤツからは崇められたけど、あのときの狂った潮流の中で、そいつらが平和に暮らせたとは思えないがな。
国中の空気がおかしくなり始めてから少し経つと、火の雨が降り注ぐようになった。空襲だ。ニンゲンもそうだが、たぶんいろんな空妖も死んでいったと思う。知らんけど。
あの惨状でも、三郎を含めた守護天狗どもはなんにもしなかった。「ニンゲンたちの過ちだから」ってな。チカラを持っているクセに、なぜ振るわないんだ? 崇められていたクセに。薄情さに怒りすら湧いたが、これまた逃げるのにせいいっぱいだった。んでもって、やっと終戦だ。
街中には、かろうじてニンゲンの形を保っているような痩せこけたヤツらが、わんさかいた。老若男女、問わず。そんなニンゲンどもをどうしたって? 俺様にできるコトといえば、性別を変えてやるしかできなかったさ。
どんな時代でも女は価値があるからな。具体的に言えば女の身体か。たしかあのときは『パンパン』とか言われてたっけ。
これも生かすためさ。男としての尊厳を踏みにじってもな。こんなコトでも視えるヤツには、神みたいに崇められたよ。
でも、身寄りのない腕がふっ飛んだ戦傷病者の性別を変えたときは、さすがに後悔した。初めてのコトだった。気づいたんだよ。ずっと『消費』されてんだって。
戦うための命、発散のための身体。生きるため、生かすため、どんな理由があれど。男の性、女の性を消費するってのは正しいコトなのかね?
疑問だがしかし、そんな吐き気を催すような『つみ重ね』を歴史と呼ぶのなら、昔も今もそう変わるまい。
だから神はいねえってんだよ。ニンゲンを救える神なんか……。
おっと、話を戻そうか。その戦傷病者はどうしたって? すぐ死んだよ、売血のしすぎで病気になってな。まあ、そいつに限らないハナシだ。
そんなよくある悲劇を経て、いつしか時代は流れて……。今に至るワケだ。比較的平和になって、バカみたいにニンゲンの数が増えたところで、やっと多様性だなんだって叫ばれるようになったな。遅えよ、まったく。
男が女らしく、女が男らしくしてもいい世の中になったところで、俺様はワクワクしてんだ。俺様のチカラを併せて、男と女、その境界を混ぜたらどうなるんだって。
きっと! とんでもない混沌の渦ができるんだろうな! まあその野望を叶えられるのはずっと先だろうがな。
ニンゲンたちがひとりひとり、『自分を叶える夢』を持てる世界。それを見るまで、俺様は死ねねえんだ。死ねねえんだよッ!
「やべーっ、助けてーっ!」
今に戻り、情けなく叫んだところで、俺様の思い出話、はい、おしまい。
――うわ、まだゆっくりだ!
あかなめは目をつむって、不本意にも手を組みながら頭を垂れた。しかし風でわかった。三郎は攻撃の手を緩める気がないのを。なにも残らない死を覚悟したときだった。
――ガキィッ!
耳をつんざく金属音に驚きながら顔を上げると、目の前には学ランを着た少年の後ろ姿があった。ただの背中ではない。大きな口が憑いていた。
「フフ、首の皮一枚、だな」
大きな口が笑う。あかなめも口角を上げ、頷いた。
「……ニンゲン、名は?」
三郎は訊き、少年は赤い左目を煌めかせながら答えた。
「禅院サトル」




