もう3匹の空妖、燐狐②
「あっ、流れ星!」
「見えなくなる前に、3回言うんだぞ」
この日は、流れ星が全国で見られた。それは花火目当てに、または偶然に夜空を眺める人々の願いを乗せて、ひたすら真っ直ぐ駆けていく。
「……オオッ」
だが、願い事を唱える人々は知るよしもない。いや、想像すらできないだろう。轟音を鳴らしながら、ある場所を目指すその流れ星が――
「オオッ! 助ケニ、来タゾ!」
――サメであるコトをッ!
「エッ? エッ? なにアレ?」
「隕石……。いや、サメだ!」
「サメが燃えながら落ちてくるなんて……」
能力を使いすぎて動けなくなった燐狐たちの下へ、流れ星と化したサメは落ちてくる。
「常識がねえのかよォーッ!?」
祭囃子よりも騒がしく、しかし胸をすくような落下音は、まるで燐狐たちの心をへし折る音のようだった。彼らがどうなっているかは、クレーターを見ればもはや確認するまでもなかった。
「あー、父さん……」
伝統ある神社の、その境内にクレーターが空いてしまった。魅人は父に申し訳なさそうに視線を向けるも、笑っていた。もはや笑うしかできないようだった。
「気にしなくていい。それよりも、魅人の友だちは頼りになるなあ。どうにかして、もてなしたいな」
「あはは……。でしょ、父さん!」
クレーターの中心からぴょんぴょん跳ねているサメを尻目に、魅人はバクに疑問を投げた。
「ねえ、あのサメってさ、海でサトルくんが戦ってた子でしょ。どうして助けに来てくれたの?」
「それはな……。アイツとの約束だからだ――」
「そんなに忘れられたくなかったのか?」
「ソレモ、アル。デモ、オデガ、ナリタイノハ――」
話は少し遡り……。サトルが『相手の空想通りになれる』サメの空妖と対決した後に、それは交わされていた。
「オデ、ヒーローニ、ナリタイ! オマエノ、ヒーローニ、ナッテヤル!」
「それ、今の今までアタシを襲ってたヤツの言うコトか?」
「オデガ今、決メタ!」
「テキトーだな、おい。まあケガはないからいいけど」
「オデ、ナレルカナ!?」
「そりゃなれるさ、だってサメだもん。ヒーローか……、だったらこんなのはどうだ?」
「オ、オオッ! 背ビレニ、ヒラヒラガ、結バレテル!」
「まずは形から。ヒーローと言ったら赤いマントはかかせないよな!」
「ソレデ、次ハ、次ハ!?」
「そうだなあ。じゃあアタシが助けてほしいときにさ、バクに口笛を吹かせるから、それが聞こえたら来てくれないか? おまえなら、きっと聞こえるからさ」
「なんでワタシなんだ?」
「アタシが手を離せないときのためにな。頼むよ」
「なるほど、わかった。じゃあ聞いて覚えてくれ」
「……オオッ、ソノ音、記憶シタゾ」
「で、どうやって来させるんだ?」
「そりゃあ、星にでもなってさ」
「星に? サメが星に?」
「なれるさ。だって、サメなんだから――」
――そして話は今に戻る。
「というワケだ。まさかマジにサメが星になってくるとは思わなかったよ」
「サトルくんのサメへ対する信頼はなんなのさ……」
回り込んでサトミの顔を覗くと、その大きな瞳は輝きを増して、さらに魅力を増していた。
「ああっ、『隕石鮫』だなんて……。ステキすぎますっ!」
「やれやれ。人が変わっても、ヘンな趣味は共通か」
サメはクレーターの中心で、尾を地面に引っ叩き、その勢いで魅人たちの下へジャンプした。せわしなく身体を揺らしている様は、まさに打ち上げられたサメそのものだった。
「オオッ、約束、果タシタゾ!」
「サイッコーですわッ!」
サトミは誰よりも興奮していた。きっとあかなめでも負けるくらいには。
「デモ、マント、焼ケタ。ザンネン……」
「ヒーローは格好だけじゃありません。行動で示すもの。あなたは紛れもなくヒーローでした」
「オデ、ヒーローダ!」
「はいっ、ヒーローです!」
なににでもなれるサメと、男から女になったサトルは互いに笑い合う。
めちゃくちゃな組み合わせだと思いつつ、魅人も笑った。そして苦難を乗り越えた今、ふと思ったコトがあり、気が楽になった。世の中、なんでもアリでいいじゃあないか、と。
「――まだ終わったワケじゃないぜ!」
びしょ濡れになりながらも階段の下から大ジャンプしてきた1匹の燐狐と、森の中から走って来た燐狐がクレーターに集う。やっとの思いで起き上がった4匹の燐狐と合わせて、全員揃った。もれなく満身創痍だが。
「これで形勢逆転……」
と言ったものの、空から三郎天狗が、階段を昇ってきた明璃と樫見、花子さんとメリーさんが揃う。燐狐は敵の特徴を確認しだした。
「えーと、水の能力を共有しているのがふたり」
「瞬間移動もふたり」
「それに砂の能力がひとり」
「よくわからんサメがひとつ」
「石の狛犬がひとつ」
「炎を斬れる千田鋼成がひとり、ね」
6匹の燐狐たちはクレーターの中心に入ると、作戦会議を始めた。
「……勝てなくね?」
誰が先に言い出すワケでもなく、しかし作戦会議は満場一致の結論ですぐに終わった。6匹はひょっこり顔を出したあとで、横一列に並んだ。
「ふふ、まだやる気はあるようだな」
鋼成の予想に反して、燐狐たちは前脚を伸ばしながら、頭を地面に着けた。そして叫ぶ。
「ごめんなさーいっ! 許してっ!」
キツネ流の土下座で許しを乞う。
「ダメと言いたいところだが、千田の巫女よ、どうする? これはお主が始めた戦いぞ」
「子孫である君に任せよう」
「えっ、ボクが決めるの!?」
ニヤニヤしていた憎たらしい顔も、こうボロボロになると情けなく、でもかわいそうにも思える。びしょびしょの燐狐は脚にケガをしている。これ以上はかわいそうだ。
「うーん。もう懲りただろうし、いいんじゃない?」
「ホント!? ホントに!?」
「またやり返しにくるかもしれんが」
「ンなコトしねえよ、天狗さんよ! もうあっちら、身の程は知ったよ!」
「そうかな……、そうかも」
「真に受けないでえ!?」
ここで妙案が浮かんだ。きっと燐孤も満足できるハズ。
「そうだ、キツネたちを祀るお社を建てようよ!」
燐狐の瞳が輝いた。まるであこがれの人にあったかのように。魅人は父に確認をとると、父は首を縦に振った。
「ははっ、夏休みが明けたら忙しくなりそうだ」
「あっちら崇められるの!?」
「やったー!」
「実は夢だったんだ、こういうの!」
「お稲荷さん食べ放題かなあ!」
「マジ感謝だぜ、千田の巫女!」
「なんでずっと憎んでたんだろう!」
燐狐たちは全身を使って、文字通り喜びを爆発させた。
「ふふ、結果を見れば、こうも穏便にコトが済むとはな」
鋼成は真島の身体から抜け出し、宙に浮いていた。それと同時に叢雲も小さくなり、いつものウンちゃんに戻った。
「不思議なものだ。空妖と人が協力し、窮地を乗り越えた。これこそが理想ではないか。のう、天狗殿?」
「理想ばかりじゃ世の中は回らぬ。……が、長い歴史の上なら、こんな奇跡も起こる日はあるものよのう」
「厳しい御方だ」
鋼成の半透明の身体が、みるみるうちに夜空を映し出す。
「未練はなくなった。拙は空へ帰るときだ」
「御先祖様、お力添えをありがとうございました!」
「我が子孫よ、自分を誇って行け! 君には、こんなにも頼もしい仲間たちがいるではないか。堂々と胸を張れよ!」
「はいッ!」
鋼成は消え去り、辺りに静寂が訪れた。
「やれやれ、これにて『一件落着』だな」
「うん、そうだね。……って、あかなめ!? すっかり忘れてた!」
「どうも、頼もしい仲間たちに数えてもらったあかなめでーす。よろ~☆」
あかなめの出現で、これから静かになるハズなのに、ざわざわと地面が騒ぎ出す。砂だ。クレーターから砂の竜巻が現れた。
「ハッピーエンドなどない。……あかなめ、キサマを葬るまではな」
「おお、怖い怖い」
三郎とあかなめはにらみ合う。まだ戦いは終わってなどいなかった。
数百年もの間、語る術もなく紡がれた大捕物、その決着のときが近づいている。




