3匹の空妖、燐狐③
「よお、千田の女。会いたかったぜ」
「それはボクもだよ」
拝殿前の広場に残った1匹の燐狐は、睨みながら魅人に向かってくる。威圧感を与えるように、ゆっくりゆっくりと。
「いや、ヤバいんじゃないか……」
真島は改めて状況を俯瞰した。今、ここにいる人間……つまり戦力は、魅人と――
「喋る……白いキツネ!?」
新鮮なリアクションで驚いている魅人の父と、そして――
「まあ、かわいらしいです!」
危機感も闘争心もなく、なぜかときめいているサトミ。
「空妖の仲間もいないってのに、どう対抗しろってんだよお~ッ!」
やっぱり、あんな鳥のマスクを被った天狗の言うコトなんて、聞かなきゃよかったんじゃないか。あの作戦を練った日、魅人は囮の役目を買って出た。それだから今、目の前であのキツネが炎を吐こうとしているのに。
「魅人、逃げろッ!」
「ダメだよ父さん。逃げちゃえば、被害が広がっちゃう!」
「いいんだ、例え拝殿が全焼しようとも、おまえが無事なら!」
「感動的な親子愛にあっち、思わず感涙の炎!」
燐狐は大きく息を吸って、炎を吐き出した。
「ギャハハ、燃えろ燃えろ~ッ!」
「魅人―ッ!」
「――ほら、キツネさん。あなたのうしろにいるよ」
燐狐はかすかに聞こえた少女の声を無視し、魅人の父の叫びに優越感を覚え、炎が消えるのを待つと、そこにはなにもなかった。
「ヘへッ、消し炭になったか。喰おうとしたのに……もったいなかったなあ」
「消し炭って誰のコト? うしろにいるっていったじゃん」
「あれえ? ホントだ!」
燐狐は振り返り、驚く。魅人の隣には、金髪の少女が手を繋いでいる。人形の空妖・メリーさんだ。その能力は瞬間移動、条件は相手に位置を知らせるコトで発動する。
「あっちを舐めるんじゃねー!」
「右にいるよー」
「この……動くなよ!」
「左だよっ」
「ジッとしやがれえ!」
「キツネさんのずっと前!」
「あんな遠くに!?」
なので、相手が言葉と状況を理解すれば、能力は思うまま発動する。
「はあ、はあ。クソッ、言葉が理解できるのを恨むぜ……」
「キツネさんがなに言ってんのさ」
「この小娘がァ~ッ!」
「あなたのうしろだよ」
メリーさんの能力により、魅人は負傷するコトなく攻撃をやりすごせた。
「これならなんとかやれそうだ!」
真島はそう確信したが、メリーさんは階段を見つめる。その顔色に今までのような余裕はなかった。
「ごめん。明璃お姉ちゃんが呼んでる。助けてって言ってる!」
「えっ? ウソ、メリーさん!」
「みんな、耐えてて!」
「わかった、早く助けてあげて!」
「千田ァ!? 置かれてる状況わかってる!?」
メリーさんは魅人に向かって微笑みかけ、走って階段を下っていった。燐狐は黙って見送り、口元を大きく歪める。
「これで厄介者はいなくなったぞ!」
「どうすりゃいいんだ……!」
一難去ってまた一難。人智を超えた厄災が牙を剥こうとしたとき、思いもよらぬ救いの手が差し伸べられた。
「ちょいと待ちやがれ!」
「今度は誰だ!?」
「俺様はあかなめ。……もういっちょ言っとこ。俺様は、あかなめッ!」
無駄に2回名乗ったあとで、ゆっくりと魅人に近づく。
「よお、女になった気分はどうだあ? ……しかし、あんま変わってねえな。こんな変化のない『性転換』も初めてだ」
「おかげで大事なコトに気づけたよ。ありがとう」
「そうかい。せいぜい巻き込まれないように、気をつけるこったな!」
あかなめはロングコートから二振りの霊剣を握り、燐狐に向かって構える。
「吹きすさべよ、雨知草ッ!」
風を起こす霊剣・雨知草を振るい先制攻撃しようとするも、燐狐は咄嗟に吐いた炎はより大きくなり、襲いかかる。
「そんな微風であっちの炎が消えるものかよ!」
「うは、やっちまった」
「笑ってないで責任取れよ!」
「やりゃいいんだろ、こんなふうにさ!」
上段の構えから振り下ろした刀身から繰り出された竜巻は、ロウソクに灯る小さな火を消すが如く、いともたやすく消し去った。
「あー疲れた。じゃ、あとはよろしく。あーあ、こんな体たらくじゃあな。禅院の呪継者にいいトコ見せたかったのに」
あかなめは拝殿の裏に堂々と去っていった。
「なんなんだよアイツ……」
「あかなめ様、かっこよかったですう!」
「どこがあ!?」
サトミちゃんにツッコんでたらキリがない。とにかく、まだまだピンチは続く。
「もう戦えるのは……」
真島は頭を抱えていると、隣からピイーっと口笛の音が聞こえた。隣にはサトミちゃんしかいないが、きょとんとしている。
「ユウゴ、ワタシを忘れていないか?」
その音を鳴らしたのはサトルに取り憑いている、大きな口の姿をした異形の空妖・バクだ。
「そうだ、バクがいたじゃんか!」
「性別が変わろうが、ワタシの居場所はサトルの背中だけだからな。だがな、チカラを貸せないんだ」
「なんでさ」
「チカラの共有は心を合わせなければならない。でもこのサトルは、闘争心がないんだよ。空っぽだ」
「おれにはできないのか?」
「サトルにしかできない。……おっと、じゃあなんでわざとらしく注意を向けたんだってカンジだな。手をワタシに突っ込んでくれ」
「うわっ、ええ……?」
「なに、喰ったりはしないさ」
恐る恐る手をバクの中に入れると、面白いように入っていく。
「あ、んッ……」
「ヘンな声出すなよ!?」
「なんのこっちゃ。ほれ、そんなコトよりもコイツを引っこ抜け」
いつの間にか手に堅い感触があった。細く、適度に長く、握りやすそうだ。言われた通りにすると、バクの中からまるでアイスバーを大きくしたようなシルエットが出てきた。しかし見た目はまるで頼りない。
「霊剣・鏡花旅楽。空妖や霊だけを斬る剣だ」
「たしか禅院が使ってた……」
真四角で薄っぺらい刀身に巻かれた包帯を解くと、太陽に照らされた雪のように白く眩しい刀身が表れた。
「あの炎はハナコやサブローのように、『この世に在るモノ』を使ってるワケじゃないので、空妖の一種だ。名付けるなら狐火かな。とにかく、あの炎は斬れる。やってみな」
「いや、そんな……」
「サトルならすでに斬りかかっているだろうな」
「あいつは……バクの力を借りれるからだろ!」
炎を斬る。そんなファンタジーを夏休みボケしている学生ができるのか。無理な理由を考えていると、サトミちゃんが潤んだ瞳で見つめてくる。
「真島悠吾さん……。わたくしの友達の、千田魅人さんを助けてください!」
顔が熱くなる。見つめられる恥ずかしさと、理由をつけて友達を助けにいこうとしなかった恥ずかしさ。二重の『恥』は炎よりも熱く、厚く。
「恥ずべきは厚顔無恥、か!」
真島は鏡花旅楽に握りしめ、燐狐の前に立つ。
「それで戦おうってのか? 舐められたモンだ!」
燐狐は追尾するふたつの大きな火球、『狐火寄』を繰り出した。それは明確に真島を狙ってにじり寄るが、真島は避けない。
「逃げねえぞ、おれだってやれる!」
低い弾道で襲いかかる火球に一振りすると、ウソのように消え去った。もうひとつもぶった斬る。
「な、なんだと!?」
「おまえも、斬ってやるッ!」
「来るな、やめろー!」
燐狐に肉薄し、大きく振りかぶり、一閃。勝利をこの目で確信した。が――
「なんちゃって!」
燐狐は真島の隣で笑っていた。
「キツネにつままれた気分はどうだ?」
燐狐の笑顔はゆらめいていた。いや、視界全体が。陽炎で撹乱させたのだ。
「いい武器があったところでなあ、付け焼き刃の覚悟であっちは殺せねェよ!」
「……それでも男なら、やらなきゃいけないときがあるだろッ!」
「実力が伴ってから言うモンだ!」
燐狐の口がぼんやりと赤く光る。これから炎で焼かれるのだろう。真島は恐怖で目をつむり、動けなくなったとき、声が聞こえた。
(らが、欲しいか……?)
聞いたコトのない声だが、なぜだか頭に突き刺さる。
(力が、欲しいか……?)
こうなったら、なんにでも縋るしかない。
「ああ、欲しいッ!」
「よく吠えたぞ、わっぱ」
その声ははっきりと聞こえた。目を開けると、燐狐は口を半開きにして固まっていた。真島を見ていないでうしろを凝視している。振り返ると、その人はいた。
「半透明で足がない……。幽霊だ!」
青い着流しにちょんまげ頭の幽霊は、微笑みをたたえている。
「あなたはいったい……?」
幽霊は静かに答えた。
「千田鋼成。この地を守る者なり」




