3匹の空妖、燐狐②
「わ、キツネが屋台のほうへ逃げていきますよっ!」
「あの天狗の言ったとおりになったわね。夕七ちゃん、あたしの手を握って!」
「はいっ、追いましょう!」
明璃と樫見は、参道方面へ逃げた燐狐を追う。その逃げ足は人間では追いつけないほどで、到底追いつけない。ふつうの人間ならば。
「電話よりもラインのほうが速いか
な……」
左手は樫見の手を握り、右手はスマホでフリック入力をする。宛先は小林先生、メッセージは『前にいます』と送信する。
「すぐに『既読』が付いたッ!」
まばたきする間に景色が一変する。ふたりの目の前には長い階段が現れ、その下段には、小林先生がかき氷を大事そうに持ちながら座っている。
「……近づいてきているようですね。かき氷が溶けてしまいました」
「そろそろこの階段を降りてくるので、離れていてください!」
「身の危険を覚えたら、またすぐに連絡をください」
小林先生は木陰に隠れたと同時に、驚く声が聞こえた。
「あっ!? いつの間にいやがる!」
参道へ行くために階段を降りようとしていた燐狐だ。
「残念ね。あたしもふつうじゃないのよ」
「おめーら、まさか人形の空妖か? とにかく邪魔すんじゃねーやい!」
燐狐はツバを吐きかけるように、極小さく素早い火球を吐き出し、樫見へと真っ直ぐ向かう。
「……平気だよ。わたし、怖くない」
樫見は自分に言い聞かせるように小さく呟き、火球に向けて手を差し伸べる。するとそれは煙を上げて消え去った。
「みんながいるから」
「なっ、消えちまった!?」
樫見は微笑む。その姿とは裏腹に、燐狐は再び驚く。
「私のかき氷も消えたあ!?」
木陰からも驚き声が聞こえた。
「さっきのもそうだが、つまりおめえっちが水を飛ばしたんだな? 水を操る能力か。ことごとく弱点だぜ、クソッ。だがわからんな。どうして空妖がニンゲンの味方をするんだ!」
「わたしは人間です」
「その目の下の模様は……。ウワサはマジかよ、空妖の能力はニンゲンと共有できるって」
「ええ、そうね」
賑わう参道から、おかっぱ頭に赤いワンピースを着た少女が歩いてきた。この少女こそ、樫見に能力を貸している空妖・花子さんだ。
「もっとも、憎んでるだけのアナタたちには、そんな機会なかったんでしょうけど」
「なんでニンゲンの味方をすんだよ!」
花子さんは顔色ひとつ変えずに、こう答えた。
「友だちだから」
「なんだよそのトモダチってのは。あっちにゃ同胞たちしかいねーのに、ちょっとズルいじゃねーか!」
「そう思ってんなら、襲うのやめればいいじゃない」
「ウン百年の恨みを棄てられねえ。今更よお、出した拳は引けねーんだ!」
「変わっていくのも、いいものよ」
「うるせー、うるせー! 黙ってあっちに焼かれやがれ、『狐火寄』ッ!」
燐孤はふたつの火球を繰り出した。
「そんな火の玉、水に流してあげる!」
花子さんは浮かしていた手水舎の水をぶつけれようとした。が――
(――水を防御に使うでない!)
「なに、この声!?」
足元から静止を促す声。地面を見ても当然誰もいないが、花子さんだけでなく、明璃と樫見にも聞こえていた。ふたりは思わず顔を見合わせる。
(瞬間移動ができるなら、そうするべきじゃ!)
「砂から言ってんのかな。とりあえず手取って。花子ちゃんは夕七ちゃんから離れないでね!」
今度は参道の入口で待っている須藤先生にメッセージを送る。
「やば、ホントに火の玉がきてるし! えーと、『前にいます』っと」
「こいつァよお、おめえっちを逃さねえぜえ〜ッ!」
しかし火球は停止し、爆ぜた。
「あれえ!?」
見渡しても、人っ子ひとり見当たらない。無論、灰になったワケでもない。
「逃さないってのは視界に入ってるときであってよお、突然いなくなりゃ話は別だぜ〜ッ!?」
燐孤は考える。ニンゲンがあんな超スピードで動けるワケがない。まだ近くにいるハズだ。
「あの小娘どもめ。弱そうな見た目よりずっと厄介だな。だが逃しゃしねえぜ、『孤雲の直軌道』!」
四足に炎を纏わせ、爆発。その勢いで大ジャンプをして、燐孤は辺りを見渡した。
「……いねーし。どこ行ったんだあ!?」
燐孤がぴょんぴょん飛び跳ねて探している頃、明璃たちは須藤先生を頼り、水を用意していた。
「なんか白いの跳んでるけど、あれ?」
「あー……、はい。ですね」
「とにかく、危ないと思ったらすぐ連絡するようにな。わかった?」
「はい」
「ん。じゃあ樫見、無理せずがんばってくれ! 花子さんも頼んだぞ」
「はいっ!」
明璃はクーラーボックスの上に乗り、また小林先生にラインで連絡する。さっきから動いてないと、トークルームに新着メッセージがきていた。
「じゃあ、『茂みを出た視線の先にいます』っと」
既読がつくと、景色は一変する。さっきまでいたそこは、熱気が増していた。
「うおおッ、なんなんだよおまえっちはよお!?」
着地した燐孤は、小さく飛び跳ねて驚いた。
「やっちゃえ夕七ちゃん!」
瞬間移動といっしょについてきたクーラーボックスを開け、樫見は腕を伸ばす。すると中に入っていた水は、燐孤を目掛けて飛んでいった。
直撃と同時に、燐孤の背の炎は音と煙を立てる。
「きゅう……。あっちじゃ勝てねえよ。ずりーよ、瞬間移動持ちに水を操るヤツなんて……」
消火されると、まるで別人のように萎れた。
「そろそろ観念したらどう?」
「観念? はあ、はッ、はくしょい!」
くしゃみをすると、また炎が灯った。
「うう、ぶるぶる。観念するワケねえだろがい! この、あっちをバカに――」
言ってる途中だが、樫見はクーラーボックスのもう半分の水を、燐孤にぶちまけた。
「きゅう……。してもいいよお。あっちは弱いキツネさんだもの……」
「あ……、かわいい」
炎が消えるたびに性格まで変わる燐狐に、樫見は愛おしさを覚えていた。
「はーッくしょい、ちくしょー! もう怒ったぞ!」
燐狐は再び炎を使って高く跳び上がると、空中で全身に炎を纏った。
「あれで体当たりするつもりかしら。前やったみたいに、プールの水でもあれば防げるんでしょうけど」
「今浮かしている水じゃムリそうですよ……!」
「さすがにヤバいかも!」
明璃はラインを開くと、アップデート中の文字。
「ええっ!? こんなときに!」
「あっちをバカにした恨み、その身で味わえ!」
「メリーちゃん早く来てーっ!」
冷や汗をかきながら燐狐を見つめていた、そのときだった。
(うむ、よう耐えた)
足元からの声。地面に顔を向ける間もなく見上げていると、一筋の光が燐狐の足を貫いた。
「いってえ!」
燐孤の纏っていた炎が消え、力なく落下する。
(今だ、やってしまえ!)
「三郎さん、頼りになるわ!」
花子さんは浮かしていた手水舎の水で、燐孤を包んだ。
「みんなケガはなかったし、水に流してあげるわ。……文字通りにね」
それはゆっくりと下降し、開きっぱなしのクーラーボックスに燐孤が入ったまま着水。
「きゅう……。やっぱりいいトコなしだあ。でもいいよ、あっちは弱いキツネさんだもの」
ずぶ濡れになりつつ、無茶な体勢に折り曲げられたままクーラーボックスの中に閉じ込められた。
「とりあえず、あたしたちの勝ちね!」
「ちょっとかわいそうな気もするけど、禅院くんがいなくても、友だちを助けられたんだ……!」
「ふふっ、そうね。じゃあまた、拝殿のほうに行きましょう」
明璃たちは意気揚々と階段を昇る。しかしもう3匹の燐孤が山から向かっているのを、まだ知らない。




