3匹の空妖、燐狐①
千田家に伝わる災厄、その正体である白いキツネの姿をした異形の空妖・『燐狐』。波打つ炎を背負ったそいつらは、見た目通り炎を操るチカラを持つ強力な相手だ。だが――
「……三郎天狗がいるなんてなあ、なんてこったよ。せっかく久々にシャバに出たってのに。おい、散らばるぞ!」
3匹の燐狐はそれぞれ、森の中、参道方面、そしてもう1匹はその場に留まった。
「やはりそうきたか。手筈通りに行動じゃ!」
「すごい……。ホントに三郎さんの言ったとおりになった」
三郎の号令に、魅人はオカ研の部室で行った作戦会議を思い出した。
「まず燐狐たちの能力は見ての通りだ。空妖戦において相手の能力が割れているのは、有利に働く」
「炎を操るヤツをどう相手するんすか?」
「わしは『砂を操る能力』じゃ。消火は容易い」
「あ、それにわたしの友達の花子さんに頼めば……。花子さんは『水を操れる』んです。わたしも能力を共有させてもらえば……」
「なんと、そなたも空妖との縁があるとは。そしておあつらえ向きときた。うむ、是非頼んでほしい」
「はいっ」
「とすると、3匹の燐狐はそれぞれ散らばるじゃろうな」
「散らばる? なんでですか?」
「千田の、境内はどんな構造になっておる?」
「えっと、長い一本道の参道の先に拝殿があって、周りは森に囲まれてます。山を削ったトコだから」
「というワケじゃ」
「いや、わからんっす」
「ならば聞くがよい。まず1匹が森へ入り、火をつけ撹乱させる。もう1匹は参道に引き返す。そして残った1匹が千田を狙う」
「聞いてもよくわからん……。もはや予言じゃないすか」
「わしならそうする。ゼッタイに。なぜならば――」
森の中へ逃げ去った1匹は、狭まった木立を全力で走る。怨嗟の声を漏らしながら。
「どういうコトだよ。せっかくシャバに出たってのに『弱点』が多すぎるぜッ! だがいちばん強いヤツを釣れた。予想通りだ! あいつだってニンゲンが殺られるよりも、山のほうが大事だろうよ!」
走っている最中、パラパラと音がするのに気が付いた。雨かと空を見上げても分厚い雲はあるが、冷たいものはかからない。
「こりゃあ砂か!」
「その通り」
頭上からの声、それは砂でできた雲で空を駆ける三郎のものだ。
「あんたみてーな大物がよ、あっちみてェな小物を狙うこたァねーだろ?」
「謙遜するな。わしはその能力を危険視しておる。もっとも、キサマらが昔のように暴れまわっていたら、すぐに駆けつけていただろうがな。執拗に千田を恨んでいたおかげで、キサマらは生き永らえていたワケじゃ」
「上から目線で気に食わねーな。テメーも延々と無駄に生きてられると思うなよ、覚悟しやがれッ!」
燐狐は立ち止まり息を大きく吸うと、ふたつの火球を吐き出した。それは回転しながら、その場に留まっている。
「あっちのワザを喰らいやがれッ、『狐火寄』ッ!」
身体を大きく捻らせ、長い尻尾でふたつの火球を引っ叩くと、それは宙に浮き、三郎目がけて飛んでいく。物理法則などまるで関係ないかのように。
「ほう、速い球と遅い球に分けるか。だが……」
三郎は雲を自在に操り、ふたつの火球を楽々と避けた。
「火のお手玉など、児戯に等しいぞ」
「その増長、後悔すんなよ」
三郎は背後に熱気を感じた。振り向くと、ふたつの火球が追って来る。それぞれ速球と遅球で分かれている。
「あンた、背中が煤けてんぜ?」
「速度の違う火球で追尾してくるか。……ふふっ、そうさな。少し燃えてきた」
「けっ、面白くねえ冗談だ!」
燐狐の四足からロケットのように炎が吹き、その勢いで跳躍して、三郎から距離を離した。
「ここまで跳べばなかなか追いつけまい。ハデに燃やすぜッ!」
着地と同時に、キツネとは思えない地鳴りのような咆哮を上げると、所々で草木が着火し、黒い煙を上げ、みるみるうちに延焼する。
「あっはは、昔を思い出すな。ヤツはどうするかな? もう戦闘不能になってたりして……」
「だと思うか?」
「げッ!?」
燐孤のすぐ背後で声がしたので驚いた。砂雲に乗ってないのに音もなく近づいていたので、全く気付かなかったのだ。
「ま、まだ火球は追ってくるぞ! この山火事とどっちを砂で消すか選びやがれよ!」
「愚問じゃな」
よく見ると、三郎の右腕は力なくぶら下がっている。
「素手で受けたってのかッ!?」
「存外効いたぞ。なかなかの威力じゃった」
三郎の静かな覚悟と行動に気圧されるも、しかし負けまいと燐孤は闘志を振り絞った。
「これを消せるか!? 炎と砂、いくら相性が悪くても、そんな量は……!」
「見ていればわかる」
残った右腕を天に掲げ、勢いよく振り下ろすと、影がなくなった。
「暗くなった……。いや、なんだ?」
燐狐は空を見上げると、思わず固まった。
「空が……落ちてくるッ!?」
「フッ、それは杞憂じゃ」
しかしそれがなにかは、すぐにわかった。
「いや、砂だったのか。あっちが空だと思っていたのは……」
「海の砂を拝借して仕込んでいた。キサマの敗北はすでに決まっていたワケじゃ」
「やっぱさすがだ、とんでもねえや。もっと時間を稼ぐつもりだったがなあ」
夕立ちのような轟音を鳴らしながら、空から砂が落ちてくる。燃焼のための空気を遮られた炎は、たちまち消え、あっという間に消化が完了した。
「いやいや、まだ敗北じゃねーな。あっちらは千田の巫女を喰うのが勝利だぜ。あっちがひとりで負けたところでなあ、他のヤツらがやってくれるぜ」
「問題ない。あのニンゲンたちに任せれば、あと2匹くらい……」
「あと2匹? マジにそれだけだと思ってんのか?」
「むッ……!」
それを聞いた三郎は拳を突き出すと、無数の砂が燐狐を囲む。しかし燐狐は慌てる素振りも見せず口角を裂けんばかりに上げた。
「さあ急いだ、急いだ! あのニンゲンたちが危険に晒されるぞお!」
「せめてキサマだけは、おとなしくしてもらおうかの」
突き出した拳を握りしめると、四方八方に浮く砂は燐狐を取り込み、閉じ込めた。砂は簡素なキューブ状の檻を形作り、一切の隙間を許さない。
「厄介なコトをしてくれる。うかつに倒してしまえば、聞いた情報すらも忘れてしまうのだからな。どれ、『砂察知』してみよう」
暗い雲が雨を降らすように、三郎は砂でできた巨大な雲を神社の本殿である山全体に浮かべ、また降らせた。三郎の操る砂のひと粒ひと粒は『目』となる。故に、大地に生きる者は、三郎を避けるには困難を極めるのだ。
「……なるほど、あの自信も納得じゃ。まだ3匹いたか。こやつ含めて『計6匹』、一筋縄ではいかぬな」
しかも拝殿に向かっているもう3匹の燐狐は、山に放火しながら向かっている。注意しなければ気づかないほどの火の粉をまき散らし、しかし炎は立ち上り、確実に山を蝕んでいく。山林の守護者たる三郎には放っておけなかった。
「あのニンゲンたちも安否も気になるが……」
しかし、なぜだか危機感はまるで湧かなかった。情がないワケでもないし、根拠もないが、敗けないだろうと、ただただ漠然とした信頼が頭を満たす。
「どんな状況に置かれようが信じよう。禅院の呪継者を取り巻く『縁』を。縁に導かれ、できあがった『現在』を。彼らは敗けん」
三郎は砂雲を引き連れ、山の消火に向かった。燐狐と対峙するニンゲンたちに確固たる信頼を抱きつつ、しかし自らの燃え上がる闘争心を抑えながら。




