愛と舞②
── 月海神社・境内
「ふい~、つかれた。また階段があるとはなあ」
大きな鳥居をくぐり、真島がサトミとあかなめを追いかけ階段を上った先は、広い空間があった。決して小さくはない拝殿や社務所が目立たないほどだ。ざっと見渡すと、すでにオカ研メンバーは来ている。
「おれが最後か。ってあれえ? あかなめがいない」
「ん、時間通りに来たわね」
「紫城さん、あかなめ見なかった?」
「そういえば……。けど、サトミもいるワケだし、まあってカンジじゃない? それどころじゃなくなるかもだしね」
「うーん。じゃあいいか」
「あっ、千田くんが来ましたよ」
樫見が指した社務所の前には、巫女装束を纏った魅人といっしょに、魅人の父も出た。
「おおっ……。なんつーか、すげー神々しいな」
「千田魅人さん、似合いますね。わたくしも着てみたいです」
「そりゃサトミちゃんなら似合いまくるよ!」
「まあ、うれしいです」
「真島、鼻の下伸ばすのやめなさい。宮司さんがこっちに来るよ」
宮司は手を振りながら、にこやかに話しかけてきた。
「はじめまして。私が魅人の父です。君たちが魅人の友だちかな?」
「はい」
それぞれ名前を名乗ると、手を差し出して握手を求めてきた。
「毎年やってるワケだけど、魅人が友だちを連れてきたのは初めてだから、感慨深くてね」
「たしかに初耳でした」
「まあその、とにかく見てもらえるかな。今日は貸し切りだと思って」
視線を魅人のほうへやると、いつの間にか鈴がたくさん付いた長い棒を両手でつかみ、水平にして持っていた。真島が驚く。
「すげー長い! あの……三蔵法師が持ってるみたいな棒!」
「れっきとした神楽鈴だよ。ホントはもっと小さいけれど、ウチのはふつうのよりも大きいんだ。理由はわからないけれど」
「すげー重そう……」
言ってる間に、魅人は拝殿にお辞儀をしていた。
「あ、あそこって、お賽銭入れるところですよね。ここ、よく初詣で行くんです……」
樫見が遠慮がちに言った。
「ありがとう。そう、あれは拝殿だね。だいたい神社には拝殿の後ろに本殿があるんだけど、ウチの本殿は山なんだ」
「階段が多いのも、山を切り拓いたからですか」
「おかげで参拝客の方々には、ご足労かけてるけどね。屋台の搬入も大変そうで……」
宮司は苦笑いした。
「で、でも、体力作りしてる人はよく階段走ってますよ。悪いコトばっかりじゃありませんよっ」
「あはは、ありがとう。君たちのようにやさしい人たちがいてくれるから、ここは今まで愛されてきたんだろうなあ」
宮司の魅人を見る目が細くなった。拝殿前の広場の中央には、石造りの古めかしい灯篭が置いてあり、魅人はその中心にゆっくりとすり足で移動した。
「あそこで踊るんですね」
「神聖な舞を踊るには味気ないけどね。ほら、踊るよ。ぜひ見てってくれ!」
宮司のテンションが高くなったとき、魅人は錫杖のような神楽鈴の先を地面に叩きつけた。しゃんっ、と音が鳴る。そこに穿たれている穴は、月海神社の歴史を雄弁に、しかし切々と語っていた。
オカ研メンバーは無意識に息を呑んだ。魅人の表情が、姿勢が、神楽鈴を握るその手が、全て真剣だったからだ。そこに神聖な雰囲気はない。あるのはまるで獣と対峙したような切迫とした緊張感だった。
「はッ!」
魅人は叫び、神楽鈴を突き出す。次は横薙ぎ。向きを変えて、また突く。動きに合わせて影のように鈴の音もいっしょに着いてくる。
「これがウワサの月海の巫女舞!? まるでカンフー映画みたいです!」
「舞踏というより武闘すね……。しかし何故、こんなコトを?」
真島は宮司に訊きながら、だがその舞に目が離せなかった。
「魅人から聞いたかな? ウチの神社の伝説を」
「ええ、聞きました」
「なら話は早い。そう、かつて浪人だった我々の先祖が災厄を退け、この神社の娘のもとに嫁いだとき、誓ったそうなんだ。いつまでも守り抜く、と」
きっとその言葉には、地層のようにいくつも重なった愛があったに違いない。そうでなければ、この神社はとっくに廃れていただろう。
「守るというのは、得てして強くなければならないと思っている。それは現代でもそうだ。社会的な地位、人を支えられる経済力だったりね」
「強くなければ、ですか」
「当時の価値観で言うならば、強くあるために、負けないために男らしくあるべきだ、というコトかもしれないね」
言った途端に宮司の顔が曇った。
「ああ、だから魅人は息苦しさを覚えていたのかもしれない。舞は男らしさを求められるのに、巫女の恰好をしなければならないのだから」
鈴は鳴り続ける。まるで慟哭するかのように、ひたすら鳴り続ける。舞うのを止めれば、鳴らないのだけれど。
「……ところで魅人パパさん、なんで灯篭に囲まれた中で踊ってるんですか?」
真島は唐突に質問した。宮司はそれを聞いてハッとした。
「ああ、もうすぐ終わるからすぐにわかるよ。いや、わからないか」
魅人は鈴を再び地面に突く。これが終わりの合図だ。
「これで灯篭に火が灯らなければ、無事に終わりってワケさ。うん、今回も無事に――」
終わらなかった。突然、横殴りの突風が吹き荒れた。目を開けたときには、灯篭に赤い火が煌々と灯っていた。
「な、なんだこれは? まるで」
「災厄の再現ですよね。……やっぱり来たか」
「な、どういうコトだいッ!?」
「それは――」
「ボクから説明するよッ!」
明璃が言おうとしたのを魅人が遮った。汗を散らしながら父の下へ走ってくる。
「カンタンな話だよ。ボクは女になった、だから灯篭に火が付いたんだ。災厄が来たんだよ」
「はん!? なんて!?」
「信じられないと思いますが、ホントなんです。ちなみにここにいる禅院サトルってヤツも、もともと女なんです」
「千田魅人さん、素晴らしい舞でしたよお! わたくし、感動しました!」
「サトミ、今はそう言う雰囲気じゃないと思うけど」
「あっ、ごめんなさーい☆」
「ぅざってぇ……」
宮司は舌を出しつつウインクして謝るサトミには目もくれず、ジッと魅人を見つめていた。
「父さん、ごめんなさい。大事に守ってきた伝統を破ってしまって」
「とにかく、そんな奇跡があったとして、それに縋りつくくらい、おまえは苦しんでいたのか?」
魅人はうつむいて黙った。
「……そうか。伝統を守るために、俺は苦しませてしまったのか。魅人、ごめんな」
「謝らないで。初めて巫女装束を着てみんなから褒められたとき、ボクはうれしかった。……あの喜びはウソじゃないよ」
「そうか。……そうか」
「水を差すようですみません。……来ます」
突風の風上、樫見の視線の先にそいつらは現れた。鬱蒼とした森の中から、炎を背負うキツネが3匹。
異形の空妖、『燐狐』夏にもかかわらず白い息を吐きながら、魅人から視線を逸らさず、ゆっくりと近づいてくる。
「おいおい、女が踊ってるのか?」
「いい機会だ。千田の女を喰ってやろう!」
「あっちらは待ってた、その灯篭に炎が灯る日をよォ!」
「火だるまのキツネが喋ってる!? まさか、これが災厄の正体ッ!?」
魅人も負けじと、燐狐を睨みつける。
「だがあんなヤツはどうすればいいんだ? 大地を焼き尽くすようなキケンなヤツらなんだろう!?」
「あー、ゴホン」
慌てる宮司に、明璃はわざとらしく咳払いして注目させた。
「魅人はあたしたちが守ります」
「ムリだ! 逃げたほうがいい!」
「ご安心を。あたしたち、強いので」
不敵に微笑む明璃の傍らで、樫見は燐狐に向かって腕を伸ばす。すると拝殿の手前にある手水舎から勢い良く、水の束が飛び出した。それは球形となり螺旋状に回転し、1匹の燐狐に直撃した。
「きゅう……。冷めちまった。あっちはどうせダメなヤツさぁ」
「なんだあいつァ!」
「ただのニンゲンじゃねーのか!?」
宮司は樫見の顔を見て驚いた。目の下に、水色に光る雫模様が浮かんでいたからだ。さっきまでなかったハズだ。
「き、君たちはいったい……?」
「魅人の友だちです」
ずっと険しい顔をしていた魅人に、笑顔が戻った。
「あいつらをやっつければ、それで済むんだ。伝統は形を変えて残していこうよ、みんなが踊れるようにしたりさ!」
「魅人……。ああ、そうしようか!」
展望を聞いてる最中、燐狐たちは牙を剥いた。
「あっちらを舐めやがって。後悔しても遅せーからなッ!」
「おい、いつまでブルブルしてんだ。しゃんとしろ、しゃんと!」
「へっ、へっ、ヘーッくしょん!」
水を被った燐孤はくしゃみをすると、ゆらめく赤い炎が再び背中に点火した。
「うう、ぶるぶる……。さあて、あっちらに消し炭にされる覚悟はいいな、てめーらッ!」
「――それは貴様らもじゃ」
突如、砂煙が上がる。やがて晴れ、なんの前触れもなく空から現れた人影は言った。
「空妖同士の争いにしては敵味方も多いな。……ふふっ、こんな大勢での戦闘とは久方ぶりじゃ」
「ありゃあ鳥のマスクってコトは……。ゲーッ!? 守護天狗の飯綱三郎!?」
「ニンゲンたち、生半可な覚悟では焼かれかねん。闘志を激らせ覚悟を決めるのだッ!」
「はいッ!」
伝統を破り現れた空妖、燐孤。今、千田の『呪い』を解く戦いが始まろうとしていた。




