愛と舞①
── 月海神社・社務所
やっと夜らしい暗さになったとき、月海祭は佳境に向かう。風が吹いて、暑さが昼間よりマシになってよかった、着させてもらったばっかりの巫女装束が汗だくにならないで済むから。
「あとは帯を締めて……これでよし。いいカッコだぜ、魅人ぉ~」
「いたっ!」
もうすぐボクが踊るっていうときに、お姉ちゃんはお尻を叩く。いつものコトだけど。
「いやー、でもさ。魅人が女の子になったって言ったときはさ、びっくりしたけどさ……マジだったね」
ボクの女体化と今日の予定はお姉ちゃんにしか話していない。わりとガサツだけど、口は堅いから信用しているんだ。ホントはお父さんにも言いたいけど、余計な心配はかけたくないし。
「アレでしょ? 千田の女子が踊ると、また厄災が訪れるってんでしょ? 火を噴くキツネが」
「うん」
「はあー、信じらんないなー。でも魅人が変わったのを見りゃ、そういうヤツもいるんだろうな、きっと。興味本位で見てみたいけども、キケンってんだろ」
「うん」
「……怖くないの? なんかいつもより、堂々としてるけど」
「ちょっとね」
ボクのちょっと前のご先祖様たちも、よくわからない伝統に振り回されたのかな。みんなそれを律儀に守ってきたのに、長男のボクが、あろうコトか女の子になったボクがぶっ壊す。
ご先祖様、ごめんなさい。でも、なぜだかワクワクするんだ。意味があるのかわからないルールを破るのって。
意味があるのかは……、少し先にわかるコトだろうから、今はこの高揚感だけは許してください。それに、守り続けていたら解けないであろう、この千田家の『縛り』を解く日になるかもしれないからさ。
「とにかく自信があるってコトな。いいね。これが解決した暁にゃあ、アタシだって踊りたいんだ。なにもなかったらなかったで、それでいいしな!」
「自信? あるように見える?」
「おまえのそんな顔、女装してたときくらいしか見てないし」
「そっか……」
男として自信が持てなかったから、女の子になりたかった。それに巫女装束も似合うって言われたのもあるけど。ボクが好きなのは、元の男としてのボクじゃなく、女の子になったボクなんだ。
それって、ホントに自分を好きになったとは言えない、と思う。
「ねえ、お姉ちゃん。どうやったら自分を好きになれるのかな?」
しばらく無言で目を伏せて、やがてこっちを向いた。
「……それは、人任せにしたほうがいいんじゃないかな」
「人任せ?」
「今日はダチを呼んできてるんだろ? だったら、その子らに聞いてみればいい。おまえのいいトコを」
「そんなのダメだよ。みんなやさしいから、褒めてくれるに決まってるよ」
「ふうん? じゃあ、アタシが屋台に行くついでに聞かせてもらおうっと」
「えっ!? ちょっと、やめてよお姉ちゃん!」
お姉ちゃんはすぐ巫女装束からジャージに着替えて、この社務所から外に飛び出していった。ボクはまだ外に出られないので、窓をそっと開けてこっそりと聞き耳を立てる。
「ねえねえ、こんばんは。君たちが魅人のお友達かな?」
「はい、紫城明璃です」
「か、樫見夕七、ですっ」
「ふうん。こんなかわいい子ちゃんたちと仲良くなってるなんて、あいつも隅に置けないなあ。あっ、アタシは千田大池。魅人の姉だよ。よろ~」
「よろしくお願いします」
「お、お姉さんもステキですね」
「褒めてくれてサンキュー」
みんな、ちゃんと時間通りに来てくれてたんだ。ていうか、お姉ちゃんはなに言ってんの!?
「んで、さっそくで悪いね。魅人から聞いたんだけどさ、君たちも戦うんでしょ?」
「それを知ってるってコトは、魅人の身体のコトも?」
「うん。それで、怖くないの? 同級生とはいえ、赤の他人のためだよ」
会ったばかりなのにズバリ直球で訊くじゃん……。なんだろう、お腹がソワソワしてきた。聞きたくないなあ。怖いなあ。
「……赤の他人のためなら、しないかもしれないですね。友だちだから、ほっとけないんですよ」
「わ、わたしもです」
「友達のためだからって……。キケンなコトには変わりないのに」
お姉ちゃんの言う通りだ。ボクの身勝手で巻き込んじゃって、でも、どうしてそこまで……。
「なんというか、おせっかいがうつったのかも。ねっ、夕七ちゃん」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
「おせっかい?」
「あっ、ちょうど来ましたよ。アイツがね、根本の原因なんです」
明璃ちゃんの言うアイツは、見なくてもわかる。あれだけ互いを信頼してるふたりなんて、そう見ないから。
「また階段が長いですね……。おや、明璃に樫見夕七さんではありませんか!」
……今は女の子になってるけど。
「元男です。この娘もね、女になってるんですけどね」
「はじめましてですね。そこのお姉さま」
「……あっはっは!」
お姉ちゃんが突然笑いだした。
「あー、おかしいな……。なんかさ、みんなヘンだ!」
年下とはいえ、初めて会った人たちになにを言ってんの!? ああ、でもボクは聞いてるだけ。注意できないでごめんね。
「ヘンだって、夕七ちゃん」
「はい……」
険悪ムードにならないか不安になったけど、そんな心配はいらなかった。
「全然間違ってない!」
「はいっ!」
それどころか、ふたりして笑ってる。
「ウチの魅人よりヘンだよ!」
ひどい巻き込みかただ! ていうかお姉ちゃん、ボクのコトそんなふうに見てたの!?
「魅人にはいっぱい助けてもらったんですよ。学校祭のときだって、積極的に参加してくれて」
「わたしは暑い日に千田くんから飲み物を貰ったんです。あのときはホントに助かりました……」
「わたくしも千田魅人さんと仲良くなりたいです~!」
「とにかく……、友だちだから、魅人だから助けたいんですよ。先生たちも。ねっ、夕七ちゃん」
「はいっ!」
ボクだから助けたい、だなんて……。どうしよう、すごくうれしい。うれしくてはずかしくて、外に出られるかな……。
「みんなの気持ちはわかった。ありがとうね、アタシも姉として誇らしいよ。じゃあこの件は、みんなに任せていいのかな?」
「お任せください。むしろ危ないので、下がってくれたほうが助かります。もっとも、なんにもなければいいんですけどね」
「アタシもそれを祈ってるよ。では、魅人を頼みます!」
時間が来るまで立ち尽くしていたら、部屋の外から声が聞こえてきた。
「魅人、入っていいか?」
お父さんの声だ。「いいよ」と返事をすると、すぐに入ってきた。宮司の正装をしている。
「ふう。まだ冷房がないと厳しいな」
「そうだね」
こわばった顔を緩めたと思ったら、すぐに眉間にシワを寄せてボクを見る。
「……ところで魅人、なにかイヤなコトでもあったか?」
「な、なんで?」
「目が赤くなっているから」
それを指摘されたら、余計に顔が熱くなった。イヤなんかじゃない。むしろうれしいから泣きそうになったんだ。
「ううん。違うよ。違う……」
「やっぱりつらいなら、無理はしなくてもいいぞ」
やさしくされると余計につらい。黙っているのも落ち着かない。いっそ、自分の思いを話してしまいたい。ボクが秘密にしているコトも――
「ボクはこの格好ができてうれしいんだよ。ずっと黙っていたんだけど、これがきっかけで、女装だってしてるから……」
「女装、か。じゃあ俺も秘密を話そうか」
時計の秒針だけが部屋に鳴る。やがて父さんはこちらに向き直った。
「知ってたよ」
「え……?」
「インスタも見てる。常識を疑うようなセクハラコメントは片っ端から通報してるからな」
「なにやってんの!? ていうかスマホ使えたの!?」
「このために覚えたんだ。……うん、ハタから見れば、俺はやべー父親だな。自覚はしてる」
「いや、それはいいんだけど……。ヘンだって思わないの?」
「女装がか? 別になあ。あいまいなコトはヘンじゃない」
父さんは顔色ひとつ変えない。
「そもそも、なにがふつうでなにがヘンなのか、それすらもあいまいだ。だからこそ人はルールを作って、大げさに言えば神や仏を拝んでまで安心したいのかもな。宮司の俺が言うのもヘンかもしれんが」
「じゃあ、ボクはボクのままで……」
「ああ、いいじゃあないか。魅人は魅人だ。これだけは、はっきりとしているだろう? そしてどんな魅人でも、俺は支えるよ」
ボクは女の子の自分じゃなきゃ、自分を好きになれなかった。でも、ボクはボクのままで、父さんにも、友達にも、先生にも愛されていたんだ。
大人は身勝手とか思っていたけれど、いちばん身勝手なのはボクじゃないか。
「……ありがとう」
「舞えそうか?」
「うん。胸を張って、自分らしくね!」
「よし、じゃあがんばるか!」
ボクはボクのままでいいんだ。今日を越えたら、きっと、ボクは成長している。そんな気がした。




