お祭りドキドキ胸騒ぎ!②
「うおおおッ! どこいったあかなめのヤツ!」
真島は走っていた。年に一度の縁日、右に左に屋台が立ち並んでいても、それに止まるコトはない。ただひたすらに、女になったサトル、もといサトミをとあかなめの後ろ姿を追っていた。
「アイツ、あんなボロボロのロングコート着てんだから目立つハズなのになあ……。ん?」
参道で食べ歩きをしている見知ったうしろ姿がふたつあったので、こっそりうしろに回った。楽しそうに談笑している。
「はふはふ……。屋台でアユの塩焼きなんて珍しいなあ。いやあ、これぞ縁日の醍醐味ですよね、須藤先生!」
「小林先生、ちょっと食べすぎじゃないですか?」
「こういう日にもガマンしちゃダメなんですよ!」
「もー。サイフのヒモもズボンのゴムも緩みっぱなしじゃないですか。また入らないって泣き言を言っても知りませんよ?」
「うっ、それを言われると……」
「まあ、元気がなかった頃よりも見てて楽しいですけどね」
「どういうイミですかあ!?」
「小林先生、須藤先生!」
「わあっ!?」
声に振り向いた小林先生の顔は、慌てているようだった。
「ま、真島さん、こんばんは。まだ楽しんでもいい時間……ですよね?」
「うん。そうなんですが――」
真島はあかなめとサトミの特徴を伝え、すれ違わなかったか確認した。
「ごめんなさい、見てないです。須藤先生は?」
「ないですね。そんな暑そうなカッコしてるヤツなら、目ェ引くハズだし」
「そっかあ。あざした」
「あっ、待ってください!」
もしかして、ここまで来ていないのかもしれない。そう思い、踵を返し戻ろうとすると、小林先生が呼び止めた。
「その……、チョコバナナ、どうぞ。あっ、まだ口つけてないですよ?」
小林先生がもう片方の手に持った、串刺しのチョコバナナを差し出す。
「げっ! アユの塩焼きとチョコバナナって……合うの?」
「食は探求心が大事ですからねっ」
「でも太るのが心配になったから、真島にあげると」
「もう、須藤先生!」
「あはは……。仲いいっすね」
真島はチョコバナナを受け取り、来た道を引き返そうとすると、今度は須藤先生が声をかけた。
「屋台のうしろっ側は茂みになってるからさ、コソコソするにはうってつけだろうな」
「……ンなコトさせるかあ!」
コソコソという言葉に、真島は抱いた懸念に突き動かされる。
「須藤先生、ずいぶん具体的なアドバイスですね。経験でも?」
「ふふん、若気の至りってヤツですよ」
「楽しかったようですね」
「今となってはいい思い出ですが……、このときだけは教え子の心配をしましょうか。得体の知れないヤツと絡まれちゃ、なにされるかわかったモンじゃない」
「ええ、そうですね」
先生ふたりも、あかなめとサトミを探し始めた頃、真島は人目をはばからず、辺りを血眼になって見回す。が、集中できない。
「うおおッ、チョコバナナに虫が! 早く食べればよかった!」
ふと手元に視線をやると、コーティングされていたチョコが溶け始め、バナナの周りを虫がたかっていた。振り払っていると、屋台の奥の茂みから声がする。
「真島悠吾さーん!」
よくよく見ると、こちらに手を振っている浴衣の女の子が葉と葉の間から見える。サトミちゃんだ。
「あっ! 見つけた!」
屋台と屋台の間をくぐり、茂みに飛び込む。顔にかかるクモの巣も飛び回る虫もなんのその、これもサトミちゃんのためならば!
「よくわたくしを見つけられましたね!」
「いや、サトミちゃんこそ、なんでおれを?」
「手を振っていらしたではありませんか」
「いや……キミを見つけられて、うれしかっただけだよ」
あれはチョコバナナに群がる虫を振り払おうとしていただけで、偶然だったけど、ついカッコつけてみた。よろこんでくれるかもしれないから。
「まあ……。それはそれは、まるで尻尾を振ってよろこぶわんちゃんみたいですね」
「ええ!? 思ってた反応と違う!
」
「あなたが舌を出してキャンキャン鳴けば、きっと、とってもかわいらしいですよ?」
「ぉほおん……」
また耳元で囁かれた。ダメだ。この女の子は性別が変わった同級生だ。頭ではわかっているのに、何度も言い聞かせているのに、無様な姿を晒してしまう。カッコつける必要もないハズなのに。
いや、率先してダメになりたいのかもしれない。こんなかわいらしい女の子に囁かれ、煽られるコトは、砂糖のように甘く、解けやすく、だからこそクセになる。いいじゃあないか、それでも。人の世は大変なんだから。もはやいっそ、なにも考えずにイヌにでもなって美少女に飼われた――
「いやはや……オトコだよ、おまえも!」
「……はッ! おれはなにを考えてたんだ!?」
皮肉にも、あかなめの大声で正気が戻った。
「真島悠吾さん、口がゆるゆるでしたよ。やっぱり、わんちゃんみたいです」
「あーあー、もう言っちゃダメだぜ。こいつマジで癖がおかしくなっちゃうから」
「わかりましたわ、お前様!」
信じられない。サトミちゃんがあかなめに対し、お前様って言っている。おかげで目が醒めた。
「おいバカなんだよお前様ってよ、お前様って! なに呼ばせてんだよこのバカ!」
「いいだろ? 俺様のモンだ」
「そういうのは然るべき手順ってのを取れよこのバカ!」
「必要ねえよ、かったりぃ。なにせ俺様の能力で、最初から好感度マックスにできるんだからな!」
「最低だぞ、そんなの洗脳じゃねえかバカ!」
「羨ましいから怒ってるんだろ?」
「なんだとこのバカ!」
「モテる努力なんてしたくねえよな? せっかく告ったのに断られたくねえよな? 自分は特になんもしなくても、相手から好きになって欲しいモンなあ!?」
「バ、バカにしやがってこのバカ……」
それを言われると反論が難しい。もともと軽音部に入ろうとしたのも、女の子にモテたかったからだ。ギターの弦をスライドしたときに指を切ったのがキッカケで諦めたけど。
だからこそ、そんな夢のようなハナシが通ってたまるか。この気持ちは正義感から湧き出るんだ。けっして嫉妬じゃないぞ、けっして。
「それを実行するバカがあるか!」
「持ってるモノを最大限で利用しなきゃもったいないだろ。命ある限りよ」
「とにかく、そんなコトはおれがいる限り許さん!」
「じゃあ禅院の呪継者がダメなら、おまえを代わりにするぜ?」
「お、おれを女の子に!?」
「いや、しない。能力を維持するので手一杯だからな」
「えッ? えッ?」
つまり、こいつが言ってるのは、おれを男のままで付き合うってコト!?
「お、おれ、男! 男だから!」
「だからなんだよ。性差なんて誤差だろ。大差ねえよ」
「こいつ無敵かッ!?」
「緊張しなくてもいいんだぜ、俺様に委ねなよ。案外、イイかもしれない……ぜ?」
唐突にあごクイされ、おれに顔を近づけたと思えば、長い舌で舌なめずりしている。これを受け入れたら、なにか大事なモノを失くしそうで恐ろしくなる。
「俺様の名前の由来は『赤』い部分を、または『垢』の溜まる部分を『舐め』るから『あかなめ』ってんだ。その名の如く、おまえの唇に行おうじゃねえか」
「よせよせよせよせ、やめろ……」
「そして次は、徐々に下へ参りますってな……」
おれから目を逸らさず、持っているチョコバナナを一口で頬張った。なぜかゾッとした。
「やめろォォーーッ!」
人生で経験したコトのない断末魔の叫びをあげたとき、参道のほうから声がした。
「お前様、真島悠吾さん、この奥で面白そうなコトが始まりそうですよ! いっしょに見に行きましょう!」
いつの間にかサトミちゃんが茂みから抜け出していた。
「ああ、待てよ、『俺様のかわいい女』!」
そしてサトミちゃんの後ろ姿をあかなめが追って行った。おれはひとり取り残された。台風が過ぎ去ったような安堵感が、冷たくなった風とともに胸を包み、貫く。茂みを出て気づいたが、既に夜らしい暗い空になっていた。
スマホで時刻を確認すると、そろそろ巫女舞が始まる頃だった。
「おれに、なにができるんだろうな」
みんなのように空妖の友達もいないし、今みたいにすぐビビってしまう。無力感がすごい。が、サトミちゃんは譲れないし、千田を守りたい。おれの友達だから。
「それでもきっと、おれにもなにかできるハズだ……!」
おれも後を追う。この先になにが待ち受けようとも、決して逃げないぞ!




