お祭りドキドキ胸騒ぎ!①
── 東京都 昭鳥市・月海神社
「おおっ、もう盛り上がってる!」
月海神社の参道へ続く長い階段を昇り、鳥居をくぐると、日常とはかけ離れた景色があった。普段は参拝客が少ない静かな神社だが、年に一度の月海祭になると、待ってましたと言わんばかりに人が集まる。
「うんうん、この雰囲気だよな」
石畳の参道の両側に様々な露店が立ち並び、五感を刺激させる。夏休みも終わりが近く、またヒグラシも鳴いているからか、真島はワクワクと同時に少ししんみりしていた。
「今日は遊びに来たんじゃないのよ。わかってる?」
「わかってるよ。当ッたり前じゃん」
そんな真島に明璃は釘を刺した。
「ふう、暑いですね。こんなに暑いのに、炎を操るキツネの空妖が出てくるなんて……」
ふたりに遅れて、樫見が階段を昇り終えた。
「でもまあ、魅人が言うには巫女舞は8時からだから、それまで遊んでていいみたいだけどね。覚悟だけはしておいてね」
「そういや、千田はあれか。もう神社のトコに待機してるんだっけ?」
「はい。みんなで屋台、周りたかったんですけどね」
「夕七ちゃんはあたしと行きましょ。真島はどうする?」
「おれ? うーん、おれもふたりと回ろうかな……」
「なんか不服そうね?」
「そんなコトねえよお! 両手に花なんだから!」
真島は思った。高校生になってから初めての縁日なのに、足りないものがあるんじゃないか? 部員の女の子ふたりと行くのもいいけど、やはり、ひとりだけの――
「おい、見たかあの女の子。すげーかわいかったよな」
同じ高校生くらいの男子が言い、頷きあってるのを見て、真島は階段のほうに振り向き、絶句した。
「……ぁ、ゎぁ」
その浴衣を着た女の子は、光を放っているようだった。ただ階段を昇っているだけなのに、目を離せなかった。なんだか危なっかしいからか、はたまた男に備わった、電灯に群がる虫のような習性からなのか。
「ふう、到着! ……あっ、真島悠吾さん、樫見夕七さん、こんばんは!」
「なんてかわいらしい……。あ、こ、こんばんはです」
その女の子が昇り終えるなり、微笑みかける。女の子は、男だったハズの禅院サトルだった。
「サトミ、よく電車に乗ってここまで来れたわね」
こうなっても、明璃はぶっきらぼうな態度をとっていた。明璃には、完全に女の子となったサトルをサトルとは思えなかったので、サトミと呼ぶコトにしていた。
「はい、いろんな人が助けてくれて、うれしかったですよ!」
「あ、そう……。そうだ、なんで浴衣を着せたか、覚えてる?」
「あかなめ様がわたくしとデートをしてくれると、存じます」
「そうそう。んで、男に戻りたい?」
「ふふっ。ヒ・ミ・ツ……。ですっ」
「なんでボカすのよ、腹立つわ~。元に戻ったら、この動画撮って見せつけてやろうかな」
「いやかわいいやろがい!」
真島は気がつくと反論していた。それに対して明璃は、信じられないモノを見る目を向けて、無言の圧をかけた。
「真島さん、わたくしのコト、かわいいとおっしゃってくれましたか?」
それとは対照的に、サトミの大きな瞳は輝いた。
「え、そ、そうですねハイ」
言葉では表せられないかわいらしい顔を向けられると、真島は思わずのけぞりそうになった。たじろいでいると、サトミはいたずらっぽく笑った。真島の頭はサトミ一色になる。
「じゃあ、わんちゃんとわたくし、どちらがかわいいですか?」
「エッ? エッ? イヌとキミ、どっちがかわいいって?」
「真島、ずっとニヤけてんじゃん……」
女子たちの冷ややかな視線はスルーして、サトミちゃんに上目づかいで覗かれたら、すぐに答えがでた。だけどなぜだか、ちょっとだけイジワルしたくなってしまう。小学生のときのアレだ。ずっと構ってもらいからだ。
「わんちゃんの勝ちだなあ」
「むっ」
サトミちゃんは頬を膨らませて、怒った仕草をしている。まるでタコ焼きみたいだあ。食べてしまいたい。いや、指でつっつきたい。なんて思っていると、おれに向かって小刻みに跳ねた。
「これならどうですか? わんわん、わんわん!」
艶やかな黒髪を揺らし、柔らかなカラダがぶつかる。その香りが、感触が、全部、全部おれに向けられているッ! オンナ……。これがオンナなのかッ!
「ん゛ッ! うぅん゛ッ!」
脳がとろけそうだ。胸もいたい。この女の子は禅院サトルだ。おれの友達がこうなったんだ。目をつむって言葉にならない声を出してなきゃ正気を保てない。
「あっ、ずるーい。ね、目を開けてくださいよっ」
目を開けたら負ける。いろんなイミで。でもサトミちゃんは、意外としたたかだった。
「開けてくれなきゃ、子イヌみたいに、その唇、ぺろぺろしちゃいますよお?」
「アアッ……!」
吐息まじりのささやきがおれの目をこじ開ける。なにかに目覚めるその一瞬が、あまりにも心地よかった。
「……くぅーん?」
すぐ目の前にいる彼女は首を傾げた。もうダメだ。耐えられない。
「か、かわいい……」
「やったあ、わたくしの勝ちー!」
真島の腰が砕けた。拳を握りぴょんぴょん跳ねるサトミの傍らに、ゆらりと影が忍び寄る。
「よう、おめーら久々だなあ!」
「うわでた」
まだ夏真っ盛りだというのにロングコートにジーンズという暑苦しい恰好をした人形の空妖・あかなめだ。誰からも歓迎されないその空妖はしかし、今日だけは違った。
「あかなめ様ぁ! 待っていましたよ!」
「俺様も会いたかったぜ、愛しのお前!」
ふたりは再会の抱擁を交わす。
「エッ? ウイィ……。アア?」
その様を屈みながら見た真島は、目の前の後継になにが起こっているのか理解ができなかった。
「青い浴衣に緑の帯、いいねェ。お嬢さんが見繕ってくれたのかい?」
あかなめは満面の笑みを浮かべながら、明璃のほうに向いた。
「そうよ。着付けしてくれたのはお母さんだけどね」
「やったぜ。こりゃいい仕事だ! ところで下着は……」
「着せたに決まってんでしょうがッ!」
明璃は心底、心から呆れながらもサトミから目を離さないでいた。まだなにをされたか、わかったモノではないからだ。そんな明璃の心配とは裏腹に、サトミも笑顔で話している。
「ねえねえ聞いて、あかなめ様。この明璃という娘によくして貰ったんですよ」
「よかったな。しっかりお礼しな」
「ですねっ。ありがとうございます」
「ねえアンタ、元に戻すんでしょうね?」
明璃はサトミのお礼をスル―してあかなめに訊いた。
「こんなに俺様を慕って、顔も見た目もいいんじゃあよォ、もったいないと思わねえか?」
「アンタいい加減にしろッ! サトルをそんなふうに扱うなッ!」
「なんで明璃は怒っているのですか?」
「おお怖い怖い。なんでだろうなー? まあなんでもいいよなー。さあ行こうぜ、『俺様の愛しの女』」
「はいっ。せっかくの縁日、楽しみましょう!」
サトミとあかなめは雑踏に消えていった。
「ああああぁぁーああッ! ああああぁぁーああッ!」
真島は叫んだ。弄ばれた挙句、他の男と縁日を楽しもうとする姿に、脳が壊れそうだった。
「い、『移民の歌』みたいなシャウトですね……」
「言葉を喋りなさいよ。サメですらカタコトでがんばってたのに」
真島は起き上がり、拳を握りしめ決意した。
「ふざけんなよ! このッ! ヘンタイ! クソッ! 空妖がァァァ!」
「あっ、ちょっと――」
深追いはしないでと言う前に、もうその場からいなくなった。
「なんて単純な……。でもまあ、サトルのコトは任せていいか。執念すごかったし。夕七ちゃん、あたしたちも行こう。でも忘れないでね、安全そうな場所を見つけながら、ついでに楽しむってコトで」
「はい。わたしは水を探しながら、ですね」
「うん。それじゃあ、まずはタコ焼きから!」
「はい。……って楽しむ気マンマンですよ!?」
「あたしだってねェ! なんだかイライラしちゃってねェ! こうなったらもう楽しんだモン勝ちよ!」
「み、みんなのテンション、おかしくなっちゃった……」
かくしてそれぞれの思いを胸に、彼らの祭りは始まった。ある者は楽しみ、またある者は苦しむだろう。空妖に立ち向かう、そのときまで。




