海だ!水着だ!サメだ!③
サトルが対峙するサメは、『対峙する者の想像通りに姿形を変えられる能力』を持つ異形の空妖だ。
「オ、オオ、食ッテヤルゾ!」
なのでサトルが喋れると思えば、喋る。走れると思えば、走れる。無限の可能性を秘めた能力である。
対策としては、常識的に考えればいいだけだ。しかしサトルにその選択肢はなく、溢れんロマンのサメを見たかった。たとえ危険が及ぼうとも。
「また来たな……。あかなめ、また竜巻を起こしてくれよ」
「へいへい、お安い御用で」
隣にいたあかなめは霊剣・雨知草を振るい、竜巻を起こすと、サメの身体がふらりと浮く。
「マタ、飛ンデク、ノカ!」
「へへっ、やってみたかったんだよな、コレ!」
「おまっ、なにする気だ!?」
サトルはこれを狙っていた。右腕を伸ばすと、その指先からクモの糸束を放出し、ぐんぐん上昇するヒレにくっつけ、サメの背に跳び乗った。
「竜巻に乗るサメにロデオしちゃうぜ! 密かな夢がこうやってッ! 叶っちまうとはなァ~ッ!」
「キミがこんなにテンション上がってるの、初めて見たぞ」
「最高の気分だぜ、バク! 生きてりゃいいコトあるモンだなマジでッ!」
「そこまで言うほど……?」
クモの糸束を手綱のように操り、グルグルと回る竜巻の中でひとり興奮していた。これにはバクも困惑し、呆れ果てる。
「オ、オオ、ウットウシイ、ゾ!」
サメは敵意を剥き出しにして不快感を示す。ここでサメが背を攻撃する手っ取り早い方法は――
突拍子もない発想による選択肢を、サトルは与えた。
(頭を生やせばいいよな)
サメのヒレが背中に埋もれ、複雑な凹凸が尻に伝わる。あんのじょう、と言ったところか。
「オデヲ舐メルナヨ、呪継者!」
その声はサメの背中から、ハッキリと聞こえた。身の危険を覚え跳ぶと、やはりサメの背に顔が生え、大きな口でサトルに噛みつくが、空振り。だがサメはふたつ目の顔で笑う。
「清々しいほどになんでもありだな。って、アタシがそうしてんのか」
「オマエ、地面ニドン、ダゾ!」
「いやいや、どうかな?」
そんなコトはない。サトルは笑い返した。
「バク、翼を」
「フフッ、キミも大概……」
身体を水平に保つと、サトルも竜巻に乗る。以前食べた友の黒い翼を広げ、風を掴んだ。女子になったせいで腹筋の筋肉量がなくなったので、この体勢がつらい。
「オ、オオ!? オマエモ、ナンデモアリ、ジャン!」
「アタシのは命をもらってんだ、おまえみたいに想像で翼が生えるほど、便利な能力じゃない」
「ナラバ、オマエ食ッテ、オマエノぱわーヲ、貰ウ!」
「しつこいなあ。だからこれはバクのチカラだってば」
竜巻を構成する風が止んだ。その場に落ちるだろうと考えるも、また頭の片隅で思ってしまった。翼が生えたら、と。
「ホラ見ロ、オデ、翼、授カッタ!」
「うおぉッ!?」
再び想像通りになった。ふたつの胸ビレが巨大な白翼となり、ゆっくり羽ばたき浮かんでいる。
これに双頭はカッコわるいと思った矢先、背中にあった、ふたつ目の顔はなくなっていた。
「オデハ、天使のサメ!」
「いや、アタシ食わなくていいじゃん!」
「ダメ! 黒翼ガ、イイ! ソノホウガ、カッコイイ!」
「贅沢言ってんじゃねー! って、アイツいつの間にか天使の輪っかが!?」
「それもキミのイメージじゃないか。まったく」
「オ、オオ、黒翼、寄越セェ!」
「じゅうぶんだろそれで! そんなカッコいいのに欲張るなよ!」
傍から見ると、黒い翼を携えた水着の少女が白い翼を持つサメに追われている。そんな絵面をオカ研メンバーは見上げていた。
「あのサメ、どんどん強くなる一方だぞ。ぶっ飛びすぎててもう、なにがなんだか……」
「真島さん、あのサメの能力は?」
「ああ、それが――」
真島は小林先生に見たコトを話した。
「なるほど。サメのイメージでどんどん強くなる能力、ですか」
「まずいわね。よりによって、そんな能力なんて……」
明璃がつぶやくと、真島は顔を覗き込む。
「ほら、サトルって相手をあんまり否定しないでしょ? だからこういうモノなんだって、すんなり受け取っちゃうのかもね」
「そ、そうです。保健室登校してたわたしのコトも受け入れてくれました。やさしいですよね、禅院くんは……」
「ねっ。夕七ちゃんともこうやって仲良くなれたのに、そのやさしさがこうも……」
「ど、どうすりゃいいんだ? 宇宙みてーに果てが見えないくらいに強くなっちまうじゃん!」
オカ研とは反対に、他の海水浴に訪れた人たちは盛り上がっていた。
「なになに映画の撮影?」
「国産サメ映画とは野心がすげえ!」
「で、あれどうやってんの?」
誰も命が懸かっている戦いとは知らない。
「……やれやれ。ボチボチ行ってくるかね」
「え? す、須藤先生、ダメです! キケンですよ、とっても!」
樫見が歩き出す須藤先生を見て身を案じた。以前、悪霊に取り憑かれたカッパとサトルの戦いを間近で見ていた。空妖同士の戦いの危険性は知っている。
「わかってるけどさ、教師の端くれとして、子供が危険な目に遭うのは見てられないからな。ようはただのサメって思えばいいんだろう?」
「私もお供します」
「ありがとうございます、小林先生。まあ見てな。大人の強さ、『否定する強さ』を。もっと言えば――」
「社会に揉まれたが故の身勝手さ、ですかね」
須藤先生は小林先生に微かに笑いかけ、ふたりは前に出る。
サトルとサメのほうは砂浜に降り、両者とも距離をとっていた。サトルはなんでもありの夢のサメに高揚感を覚えていた。いかに死が鍔際まで迫ろうとも、だが興奮は抑えられない。
「オデ、オマエ、マルカジリ!」
「わははッ、かかってこいやァ!」
それはサメも同じだった。翼と化した胸ビレはそのまま、カエルのような足を重量感たっぷりに回し、サトルのほうへ向かう。
「もっとお淑やかな娘が俺様の理想なのに……っておい、前みろ禅院ッ! ニンゲンがふたりいるぞ!」
あかなめが得物で指す先には、小林先生と須藤先生がいる。
「せ、先生! なんでッ!? この距離じゃ間に合わないッ!」
「オ、オオッ、食ッチマウ、ゾォ!」
サメが先生たちに向かって大きな口を開いた。それと併せるように、先生も口を開いた。
「サメはさあ、走らないだろ?」
「オ、オオ? ソリャ、ソウダケド……」
唐突の質問に答えると、足がなくなり、砂浜に横たわった。
「アレ!? オデ、動ケナイ!」
「その羽根もありませんね。輪っかも」
「ソンナ! オデノ、翼ガ!」
こうなると、砂浜で打ち上げられ、跳ねているただのお喋りサメだ。
「オ、オオッ。ニンゲン、オデヲ、決メツケルナッ!」
その巨体で体当たりしようとするも、あらかじめ距離を置いていた先生たちは冷静だった。
「そんなコトするのか。だったら、こっちも言っちゃうぞ。……サメは地上じゃ息できない」
「オ、オオ、オオォ……」
見るからにサメの元気がなくなっていく。最後の力を振り絞って先生たちに近づき、口を開くも――
「その立派な歯……変わり時じゃないですか?」
「エッ?」
ギザギザの鋭い歯は、きれいにポロリと落ちた。
「フ、フガッ。フガフガ……」
喋れなくなったサメは、見るも哀れな姿になった。そんな姿になったにも関わらず、サトルは同情しない。
「おめー、先生たちを喰おうとしたな? おめーのコト、まあまあ好きだけどな……それだけは許さないぜ」
「好きって……俺様にも言ってくれよなあ。俺様の女」
「うるせーばか!」
得物の鏡花旅楽をサメに振り下ろそうとしたとき、須藤先生が提案してきた。
「なあ、禅院。この抜けた歯、爆発したら面白いんじゃあないか?」
「ばくッ……須藤先生もイケる口ですね」
その発想はなかったと、豆鉄砲を食らったような顔で須藤先生を見た。
「ふふん、まあね。さあ逃げましょう、小林先生!」
「爆発オチでいいんですか!?」
「すげえな、あのトンデモシャークを言葉だけで完封か。いやあ、面白えぜ、ニンゲン!」
3人とあかなめはその場から急いで離れる。このサメの能力は、想像通りになる能力。それは落ちた身体の一部だけでも、例外はない。
「フガ、フガ……!?」
抜けた歯から秒針が鳴るような音が聞こえ、それが止まったかと思うと、光を放ち、そして――
「フギャーッ!」
「爆発オチなんてサイコーーッ!」
爆発。サメは爆風に海に放り投げられた。サトルも砂浜に倒れ込んだが、その表情は満足感に満ち溢れていた。
そしてこう思う。ああ、サメ退治はやはり最後には爆発させるべきだ、と――




