海だ!水着だ!サメだ!②
夏休みの穏やかなときを切り裂くように、三角形の背ビレが水平線の彼方からやってきた。映画のように恐怖を煽る音楽が鳴るワケでもなく、静かに波と友だちのように泳ぎ、しかしサトルを目がけて襲いかかる。
「禅院、すぐこっち来い!」
真島が叫ぶ。足が底につかないほどの深さにいるのですぐには出られないが、恐怖はない。
「落ち着けって真島、映画の見すぎだよ。人を襲うサメはそういないから」
それでもサメが襲ってくる理由としては、サーフボードをエサであるオットセイなどと見間違えるケースが多いらしい。血を流すようなケガもしていないし、動かなければ平気なハズだ。
「へーきへーき。怖くナーイ」
「いや、来てる来てる!」
予想に反して海面から黒い影が急に浮上し、巨大な口が飛んできた。その姿はホオジロザメそっくりだ。
「ウソォ!?」
「やれやれ、こんなコトだろうと思った。ワタシの能力を共有して潜れ」
「バク、次の手はあるのか!?」
「ワタシに任せろ!」
背中から潜って回避したが、この次はどうするか。バクの能力を共有したおかげで目に『瞬膜』ができたので、海の中でも視界は良好だが、見えるコトが逆に恐怖だ。巨大な影は翻し、またこちらへ向かってくる。
「がぼぼっ(これじゃ八方塞がりだ!)」
「ぶぼぼぼっ(いや、活路は底だっ)」
「うぼぉ!?(底ォ!?)」
サメの口が迫ってくる。バクを信じて身体を水平にして肺から空気を吐くと、どんどん沈む。底に着いたと思えば、さらに泥の底へと沈んでいった。
意識が遠くなりかけながらサメが横切ったのを見ると、浮上し、真っ先にビーチへと戻った。
「どうだった? 泥のベッドは。あのサメから逃げてきたカレイを食ってできた芸当さ。おかげでワタシの口が泥まみれになってしまったが、これぞ顔に泥を塗る、だな。フフッ」
「はぁ、サイコーに面白いよ。バクが泥を被ってくれたおかげで、たっぷり空気を吸える……」
サトルは深く深く深呼吸をした。バクの土堀り技術がなければ、今ごろは泥のベッドで永遠に眠っていただろう。もしくは、あのサメの腹の中か。
「大丈夫か!?」真島が駆け寄る。
「……はぁ、はぁ。いや、苦しいな。まだ落ち着かない。水、持ってきてくれるか?」
「持ってきてるぞ。ほら、これ!」
「ありがと……」
顔を赤らめ息を切らしながら、ペットボトルに両手を添えて水を飲むサトルの姿に、真島は目を離せなかった。
「……どうかした?」サトルは訊く。
「な、なんでもない! それよりあれ!」
サメの魚影はまた近づいてくるが、砂浜にいるのでこれ以上は追えないハズだ。
「海のトラブルは118番だったっけか。連絡できる?」
そう言うと、真島は海の家へと走っていった。辺りを見渡せば、ビーチを埋め尽くしていた人々は避難したようだ。
「ところでサトル。あのサメが通りすぎたとき、妖しい気配がした」
「……やれやれ。これも縁か」
バクの言いたいコトはすぐわかった。油断はするなという忠告だ。
「ちょっと人が多くて入れねえ!」
「おいおい戻ってきたのか真島ァ!」
「もう平気だろ?」
「ダメだ、離れててくれ!」
そのときだった。目を魚影から離した一瞬、音としぶきが上がり、巨大なサメのシルエットが太陽に被さった。海中で襲いかかってきた尖った鼻先の落下地点は真島を目がけている。
「ウオオ、オッ、オデ、オマエ、食ッテヤル!」
「サメが喋ったーッ!?」
「ちょっと口閉じてろよな、真島ァ!」
再びバクの能力を共有し、真島を抱え跳びあがって回避した。真島から大きな鼓動が聞こえる。
「サ、サンキュー!」
真島は顔を赤らめながら、すぐサトルの元から離れた。
「あんな高いトコから落ちたんだ、ひとたまりもないだろ!」
サメが砂浜に頭から突っ込めば、そのまま息絶えるだろう。ふつうならば。
「ウオオ、イテエ~ッ! ニンゲン、素早イ。デモ、オデ、負ケナイ!」
「えぇ……」
しかしソイツは立ち上がった。身体にはカエルのような四肢が生えており、陸上でも問題なく活動できるようだった。カタコトながらも言葉を発する。これは間違いなく空妖だ。
「よう、『禅院の呪継者』! きてくれたんだなあ!」
隣に目をやると、いつの間にかあかなめがいた。ここでも恰好が変わらない。
「いつからいたんだよお前ッ!」
「最初からいたよ。このカッコで気づかないって、ちょっとはしゃぎすぎだって」
ジロジロと舐めまわすように見つめてくる。その顔、目、頬をグー、チョキ、パーでド突きたいが、今はそれどころではない。
「ウオオ、オッ、ナンダ、オマエハ! ジャマダゾ!」
まるでウシガエルが走るように、サメの空妖は身体を揺らしながら、のそのそやってくる。
「やっぱ強い呪いは空妖を惹きつけるんだよな、血のにおいに誘われてやってくるサメのように……」
「ヤッパリ、コイツ、呪継者ダナ!」
「そうだがな、おまえさんが求めるようなコトはなんねーよ」
「……なんの話だ?」
「おまえさんのような呪継者を食べればな、空妖は存在できるようになるんだってよ」
「はあ?」
「つまりな、死んでも忘れられないし、かけた能力だって残るってワケよ!」
「初耳なんだけど!?」
そんなコトは、又兵衛も言ってなかった。
「ワタシも初耳なんだが?」
「おう口のヤツ、それは俺様も眉唾だ。たぶんガセじゃね?」
「ナラバ、オマエ食ッテ、証明スル!」
「こいつは俺様のモンだ! 吹きすさべよ『雨知草』ッ!」
あかなめは風を起こす霊剣、雨知草を振るうと、その数だけ風が巻き起こった。重なった風は竜巻となり、サメを巻き込んで持ち上げた。
「この風の檻から出られまいよ!」
「なんで助けてくれたんだ?」
「そりゃおまえさんがいい女だからさ。いいぜいいぜ、俺様のタイプにグッと近づいたな。あとはそう、もっと性格と言葉遣いをな? なっ?」
「おいッ! 見ろアレ!」
サトルはあかなめと顔を合わせずサメの行方をジッと見つめ、驚愕した。身体を乱暴に振り回し、竜巻を脱したのだ。そのまま再び落下してきた。ダメージを受けた様子もない。
「ウオオ、オッ、オデモ、ビックリ。竜巻カラ降ッテモ、無事ダ!」
「そうだよな、やっぱりサメは竜巻に乗るモンだよな……」
「映画の見すぎはお前のほうだろ!」
遠くから真島のツッコミが聞こえてくる。
「ドウダ、オデ、コンナ強イ!」
なぜ自分でも驚いているのか。サメは打ち上げられた魚のようにビチビチと音を立てながら跳ねている。
「地力を把握できないのか?」
「オデ、強サ、『サメニ対シテノ心象』デ決マル! ソウイウ能力!」
「ん? つまりは『アタシのサメのイメージ』ってコト?」
「ソウ! オマエ、オデ、強イヤツ。ソウ思ッテル」
「だってサメだしな……」
「モット、デキルコト、アル!」
サメの尾ビレがタコの足に変化し、その10本は全てサトルに向いた。
「おい……どうなってるんだ? サメのイメージ」
あかなめの呆れ顔を視れるとは思わなかった。
「まったく、ヘンな映画ばっかり観るモンじゃないな」バクもノってきた。
「面白いじゃん、B級サメ映画!」
「ホントに面白いのはキミの感性だぞ」
「オシャベリ、ソコマデ!」
タコ足が1本だけ襲いかかってきた。イメージ通り――つまり観た映画通りなら、それは人をたやすく貫けるほどの攻撃力を持つ。
もちろん、ふつうのサメならありえないが、こちらもふつうの人間ではない。それはアイツも知っているだろう。
「感じるだろ? アタシたちにふつうの境界線なんてないッ。バク、鏡花旅楽を!」
「フフ、喉から手が出るほど欲しいだろうな。ほら」
サトルは背中に手を回し、バクの中に入れた。手に固い感触を覚えるとそれを引き抜き、タコ足に振るった。思ったとおり槍のように硬く鋭く、手が痺れた。
「痛ってえ〜ッ!」
「怯ンダナ。串刺シデ、マルカジリ!」
10本同時に襲いかかってきたが、焦りはない。むしろ、これこそ狙い通りだ。初撃は刀身に巻かれた包帯を解くため、そして次は――
「人間を舐めんなよ。そのタコ足、さばいて焼いて食っちまうぜッ!」
真正面から10本同時に斬りつける。
「ウオオ、オッ、簡単ニ斬ラレタ!?」
雪のように純白で真四角な刀身の霊剣、その銘は『鏡花旅楽』。剣とは名ばかりで刃のないそれは、しかし空妖だけを斬る性質を持つ。それは柔らかろうが硬かろうが、空妖ならば、ただ斬る。
「サメを倒すのにチェーンソーとかガスボンベがないのは残念だが、お前はこいつで斬ってやる!」
サメの天敵であるそれを向け、挑発する。
「ウオオ、オッ、シャクニ、サワル!」
強敵との戦いの火蓋は切られた。苦戦は強いられるだろうが、サトルは知っている。どんなにサメが強くとも、最後に勝つのは人間であるコトを。
「……癪に触る? サメだけに?」
「あかなめさあ、おまえちょっと黙ってろ!」




