海だ!水着だ!サメだ!①
── 神奈川県・茅ヶ崎市
「すげえ人だぜ。波の音すら聞こえないな」
先生の駆る車の窓から眺めると、近場の海水浴場は多くの人でごった返していた。駐車場も空いていない。
「おやおや、こりゃ停められないな。先に降りて海へ行っていいぞ」
「ありがとうございました、須藤先生」
サトルと明璃と樫見の3人はそれぞれ荷物を持ってから車を降りて、頭を下げた。
須藤先生はサトルたちが通ってる学校の養護教諭だ。彼女もまた怪奇現象に巻き込まれ救われたひとりだ。暑い夏でもジャージを着ている。
「しかし、禅院がこんなかわいい女の子になるなんてなあ。ナンパに乗っちゃダメだからな」
「やめてくださいよ、須藤先生。そんな……ねえ?」
「うれしがっちゃってさ。もうすっかり女の子ね」
「むっ、明璃も言われたらうれしいだろ?」
「そりゃ女の子だもん」
「それならオレが男に戻ったらいっぱい言ってやろうかあ? んん~?」
「はいはい、そりゃどーも。すっごい期待してるわ。あー楽しみ」
「……ふたりともムキになってます」
「樫見、こういうのはほっとけ。犬も食わんわ。ほら、みんな来たぞ。はぐれないようにな」
うしろから来た車から真島と魅人が降りてきた。ふたりは頭を下げると、先生たちは駐車場の空きを探しに行った。
「やってきたぜ湘南ッ! みんな合流したとこで行こうぜ!」
そう急かす真島は、露骨に鼻の下が伸びている。まだTシャツの姿だが。
「……顔がスケベなんだけど」
「もう、紫城さんはそうやって穿った見方するんだから~ッ!」
「自覚はしてるんだ。もっとタチ悪いな」
異様なテンションの上がりように、サトルは少し引いた。もしも、男でいたらこんな顔をしていたのかと不安になるくらいには。
「なあ魅人、車の中でもこんなカンジだった?」
サトルは訊いてみたが、どこか上の空だった。
「魅人?」
「……え? ああ、うん。そうそう、ご覧の通りヘンだよ」
「ほらほら、早く行こうぜ! 去年は受験勉強で行けなかったから張り切るぞ! 張り切るぞ! うおおおおッ!」
真島は靴をビーチサンダルに履き替え、ひとり海の家へ突っ走っていった。その熱意はどこからくるのか、みんなで呆れながら真島の後をゆっくり着いていった。
「おれはズボンの下に海パン履いてるから、すぐ入れるもんねーっ」
「濡れた海パンを入れる袋とかは?」
明璃が訊くと、あんのじょう真島はハッとした顔をした。
「……じゃあ、あたしたちは着替えてくるからね」
「はーい、待ってまーす!」
「あ、ボクは海に入らないから……」
「魅人、いいの?」
「うん。なんかね、どうしても恥ずかしくて」
「それじゃあ待ってる間にアイスでも食べてようぜ。おれ買ってくる!」
「ありがとう。悠吾くん」
調子に乗りやすいが、真島はやさしいヤツだ。横切る真島にサトルは微笑むも、そっぽ向かれてしまった。おとといから、なにか邪険に扱われている気がする。釈然としないまま更衣室に向かう。
「はい、おまたせ」
「うおお、紫城さんイカしてるゥ! なっ、千田!」
「う、うん……」
「ホントはビキニの予定だったんだけどね」
「なにそれみたかった!」
更衣室の外では賑やかな声が聞こえる。やはり着慣れてないせいか、みんなよりも遅い。
「ど、どうでしょうか。明璃さん」
「ワンピースふうの水着ね。かわいいじゃない!」
「髪も束ねて印象がガラッと変わりました。樫見さん、似合ってるテスト100点満点ですッ!」
「まだまだ。下向いてないで前を見て――そう、これで120点。すごくいいわよ夕七ちゃん」
「あ、ありがとうございます!」
みんなお披露目しているところで、着替え終わった。念のためヘンなところがないか備え付けの鏡で確認したが、平気そうだ。
「フフ、待ちに待った海デビューだ。サマになってるんじゃないか」
「皮肉か? まあ今は褒め言葉として受け取っておくよ。ほら、小さくなってくれよな」
サトルは背中を鏡越しに見た。思った通り、バクが歯を引っ込めていても小さくなっていても、素肌の部分に真っ黒のうず巻きが目立つ。それは自分が知っているからかもしれないが。
「しかしまあ、アタシの腰、細くなったなあ。こんなにくびれちゃってさ」
「……えっ? キミ、今なんて?」
久しぶりにバクの姿を視たが、口をすぼめている。不思議な反応だ。
「なんて? って、どゆコトよ」
「おいおいマジか、キミ無自覚か? ワタシは開いた口が塞がらないぞ」
「それは困るよ。人混みの中なんだぞ、がんばって小さくなっててくれよな」
「いや、まんまの意味じゃなくてな。……うーむ、歯がゆい」
ギザギザの歯を横に動かしている。その姿は文字通り掻いているようだ。このまま視ているのも面白いが、みんなを待たせているので更衣室を出た。
「いや悪い、思ったよりも手こずっちゃった」
女子たちの視線が突き刺さる。特に胸に。
「えっ! 禅院くん、スタイル良くてうらやましいです……!」
「ありがとう、樫見さんもすげー似合ってるよ」
「あたしの水着、ピッタリみたいね」
「おかげさんでな」
真島はきっとデレデレするだろうと思ったが、意外なほど食いついてこない。それどころか目を背けている。
「真島、どした?」
近づいてみると遠ざかる。顔を寄せると目をつむる。その反応は見たくないようだった。
「や、やめろって。おれに寄るなよ」
「なんか最近、冷たいなあ。なんか不満があったら言ってくれよ。友だちだろ?」
「いや、そういうワケじゃ……!」
「じゃあ、なあに?」
サトルは真島を見つめて、首を傾げた。真島の視線は、やはり泳いでいる。
「そ、その……恥ずかしいだろ」
真島の顔が赤くなっている。耳の先まで真っ赤だ。サトルは察した。
「あっ……そうだよな、ごめんごめん。わかるよ。男の子だな、真島は」
「ヘンに同情されると余計恥ずかしいんですけど!」
みんな笑いあった、ひとりを除いて。真島の隣でうつむいている魅人の表情が晴れない。なにを思っているか、サトルは訊き出せなかった。なにを言っても、この身体では、きっとイヤミにしかならないだろうから。
「おっ、みんな集まってるな」
「みんなお似合いですよ」
遅れて先生たちも合流した。
「まさか先生たちも!?」真島のテンションが再びあがった。
「子ども等の送迎で終わらせるのはもったいないだろ?」
「いいですね? 学校のみんなにはナイショですよっ」
「海……サイッコー……」
ここまでうれしがる真島を見るのは、中学生のときに知り合ってから初めての反応ではないか。
「さあ、海だぞッ! 帰りは私たちに任せて、目一杯楽しめ!」
「おーッ!」
須藤先生の号令とともに真島は波のほうへと走っていった。
あんなに楽しげだと、思わず着いていきたくなる。照りつける太陽に心を焦がれ、全てが輝いてみえるこの空の下に、はしゃぎたくなる欲求を抑えられない。
「よし、アタシも行くか!」
「えッ!? アタシって!?」
ビーチサンダルを脱ぎ捨て、サトルは人目を気にせず走り出した。
「おい真島ァ! どっちが先に海につくか競走しようぜ!」
「ちょっ、ブルンブルンなんだけど色々と!」
衝動に任せてはしゃぎまわる。夏ならば、ましてやそこが海ならば、それが許されるハズだ――
「波の音、落ち着くなあ……」
「夕七ちゃん、ビーチパラソル持ってきたわ」
「ありがとうございます、明璃さん。日焼け止め塗りましょうか?」
「ありがと……って、ごめん。その……ふふっ、くすぐったいっ!」
「あ! あ、ごめんなさい!」
潮風を浴び、心を伸ばす。そうすれば、日々の耐えがたい暑さは海を楽しむ追い風となるだろう――
「千田さん、どうです海ラーメンは!」
「は、はい。おいしいです……」
「まだ早い時間なのによく食えますね……。感心しますよ」
「須藤先生もぜひ!」
「あー、私は体重がですね。ところで小林先生、最近、その……よく食べるようになりました?」
「そうなんです、人生初の太り気味なんです。でも許されるでしょう! ここは海ですから!」
「あはは……。愉快な人になっちゃってまあ」
海は夏を特別にしてくれる――
「遠泳しようぜ真島ァ!」
「ちょっと待って、早いわ!」
しかし、忘れてはならない――
「あの背ビレは……!?」
ソイツは突然、現れる。そう、なぜならここは――
「サメだ! サメが出たぞーッ!」
「ええーッ!?」
――海なのだからッ!




