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すくうもの 〜令和怪奇跡〜  作者: ももすけ
第3部 転性編
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海へ行く準備をしなきゃ!①



 寝起きには、女になったこの身体を思わず凝視してしまう。髪は伸び、胸も尻も出た。洗面台の鏡に映る自分は、整った顔立ちではあるが、笑顔ではいられない。



「おはようサトル。朝から自分の顔に見とれているのか?」



 あくびをしながら、バクはちょっかいをかける。



 サトルは昨日の出来事を思い返していた。あかなめが咄嗟に出した手鏡に映る自分を見て、戦意を失った。



 元に戻らないといけないのは百も承知だが、かといってこの身体が嫌いなワケではない。イヤになる要素がないのだから。これっぽっちも。



「……ちょっぴりな」



「おや? 素直になったな」



「今は受け入れるしかないだろ」



 キレイであるコトを自覚すれば、心は少し軽くなる。身体的な悩みは増える一方だが。



「でも、胸がさ、擦れて痛えんだ。なんか重いし」



「じゃあ……いや、口を滑らせるトコだった」



 バクは空気の読める空妖だ、口の姿なのに。そう。今、必要なものは下着だ。



 心は男のままだが、下着の購入に躊躇はできない。それにあかなめは去り際に言っていた。「水着を着て、海に来い」と。



「でも、買うってどうやって?」



「そりゃあ……いや、ワタシに訊かれても。然るべき店でおカネを払うんだろう?」



「違う違う……。オレがな、疑問に思ってるのはな?」



「知らんよ、知らん知らん。もう聞く耳持たないぞワタシは」



「あー、耳なんてないクセに!」



 服はいつも母親に買ってもらっている男が女物のモノを買うなど、とんでもない犯罪的冒険だ。



 こんなときには頼れる友だちに連絡するしかない。スマホを開くとラインに通知が入っていた。明璃からだ。



「今、あなたのうしろにいる……って!」



 目の前の鏡には、サトルの後ろに明璃が音もなく現れた。腕に服かなにかを掛けている。



「もう、スマホ見るの遅いわ。ずっと待ってたのに」



「いや悪い。でも、ちょうどよかった! 買い物を手伝ってくれ!」



「完全に女の子の声になったね、喉仏もなくなったし。それで、なにを?」



「その……下着とか水着を」



「ああ、そうね。必要よね。じゃあ買いに行こっか。ほら、早く着替えて!」



「へーい」



 女子の前で着替えても恥ずかしくないのは新鮮だ。



「よかったね。おばさんいなくて」



「まあな……」



 母は単身赴任中の父の元へ行った。「補習にならなければいっしょに行けたのに」とボヤかれたが、こんな状況ではかえって好都合だ。



「なあ、ヘンじゃない?」



「ちょっと大きめね。でも、私服も真っ黒なの?」



「バクがいるんだからしょうがないじゃん」



「むっ、ワタシのせいみたいな言いかたをして。ワタシがいなかったらオシャレするのか?」



「ごめんごめん。まあ結局真っ黒の服になると思うけどさ」



「そう思ってこれ、持ってきたの」



 明璃は腕に掛けていたものを広げてみせた。それは黒いスカートとタイツだった。



「……オレが着るの?」



「当然」



「フフ、きっと似合うぞ」



「それで、どう着んの?」



「だいたいズボンといっしょよ」



「あ……ホントだ」



 着替えて鏡を見ると、完全に女の子になったのだと実感する。タイツ越しからうっすらとみえる肌の色が、なんだかなまめかしい。



「うんうん、違和感ナシ。スタイルよくてうらやましいわ」



「これで街中を歩くのか?」



「恥ずかしい? でも、これが女の子らしいカッコよ」



 なかなか心がついていかない。街中でもよく見る格好だが、いざ自分がそれになるとかなり恥ずかしい。



「おいおい、ワタシにも緊張が伝わるぞ、サトル。こんな調子じゃあ、水着なんか着たら顔から火でも吹くんじゃないか?」



「今日はこれで外歩くんだからね。ほら、行こ」



 ふたりは玄関を出ると、元気な声が聞こえる。その方を向くと、メリーさんが手を振っていた。



「おはよーサトル兄ちゃん! ……でいいんだよね?」



「おはようメリーさん。そうだよ、オレだ」



「きれいになったね!」



「これからもっとオシャレするんだからね、気合い入れてよっ」



「覚悟……できるかなあ?」



 ふたりと空妖ひとりは駅へ向かった。サトルは明璃のうしろをおどおど連いていく。



「なーにをそんなカルガモの子どもみたいに……。もっと自信持って、胸張って!」



「胸張ったらさ、もっと恥ずかしいだろ!」



「大変ね。まだ心が元のままか」



 駅には相変わらず人が多い。それはいつもと変わらないが、見られているように思い、なぜかドキドキする。改札を通り、ホームで電車を待つ間もそうだ。同級生に会わないか、いたとしてもバレないか。



「キョロキョロしてないで、堂々としてればいいじゃない」



「ンなコト言われてもさあ~ッ。バレたらどうすんのさあ〜ッ」



「誰もわかりゃしないわよ」



 言ってる間にアナウンスが鳴り、電車が到着した。人はまばらにいる程度だった。



「ラッキー。座れるね」



「これでひと息……」



 サトルは足を広げてドカッと座り込んだ。



「ちょっ、サトル、そんな雑に座ったらスカートの中見えるって!」



「あっ、そうか!」



 向かいの席に視線をやると、中年の男が慌てて顔を下げ、わざとらしくスマホを凝視する姿がみえた。



「……いや、でもタイツ履いてるけど、アカンの?」



「次にそういうコト言ったら、その口縫い合わせるわよ」



「えッ、コワ……。まあ気をつけないといけないコト、多いんだな」



「これが女の子よ」



 中年男の視線も寒さすら覚える冷房も、全部タイツのおかげで防げている。タイツのありがたみを嚙み締めていると、目的地に着いた。この前に明璃と来たビルだ。



「さて、買おう、水着!」



「そういえば……」



 考えてみれば、あかなめは水着の種類を指定していないので、どんなモノを買えばいいのかわからない。



「スクール水着でもいいのか? サイフにもやさしいし」



「サトル……好きなの? 着たい?」



「えっ、ただの提案ってだけで。なんだその冷たい目は。メリーさん、オレなんかヘンなコト言った?」



「なんかの撮影かと思われちゃうよ」



「撮影? 海でスクール水着は見ないのに……あっ、そうか。違和感すごいもんな、それじゃあ」



 明璃とメリーさんが目を合わせているのを見て、会話が噛み合わないのを感じた。



「じゃあ水着といえば……やっぱりビキニとか? いやムリだ恥ずい!」



「まあ男は好きでしょ……ねっ、サトル?」



「今は女だからノーコメントで!」



「兄ちゃん、このワンピースっぽい水着はどう?」



「それいいな! 布面積デカくて。これにしよう」



「案外早く決まったわね。それじゃ他の服とかもみましょ」







 そして――



「ほら、これ試着してみて!」



「えーと、どう?」



「めっちゃ似合ってるよー!」








 買い物の時は――


「ネイルもしてみない?」



「あ……この赤いの、キレイかも」



「おおっ、兄ちゃんわかってきたね」








 あっという間に流れて――



「化粧品の種類、わかる?」



「口紅と、なんか顔にポフポフするヤツしかわかんねえ……」



「使っていけばすぐ覚えるよ」



「そういうモンか」



 いろいろな店を巡っていると、サトルにある自覚か芽生えた。それは、女の子でいるコトが楽しく思えるようになった、というコトだ。



 男でいたときは服は同じものを着回していたし、爪など長さしか気にしていなかったが、なかなかどうして、今日の新鮮な体験は心を瑞々しくしてくれた。



「どう、サトル? オシャレって楽しいでしょ?」



「……まあ、そうだな」



 男に戻ったらいろんな服を着てみようと、そう思えた。



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