なりたい自分を探して②
サトルたちが追いついた頃には、すでにふたりの空妖が戦っていた。両者、その姿はあまりにも泥臭い。カラス天狗の飯綱三郎は両刃の剣を振るい、あかなめは鉄パイプでそれを防いでいる。
たしかに目を引く戦いだが、今はそれどころではない。
「魅人、どうしたのその格好!?」
まず明璃が駆け寄り、サトルも続いた。魅人の着ていたシャツは破かれ、素肌があらわになっている。
「あいつにやられたの!?」
明璃はあかなめを指した。
「ううん。ここに来た不良にやられちゃって……」
「あっ、それ来たときナンパしてきたヤツらかな。そいつらなら、オレがアゴに一発ずつ食らわせてアツアツのアスファルトで寝てるよ。ほら、これ着てな」
「ありがとう……」
サトルは羽織っていた学ランを魅人に与えた。
「その……。胸、大きくなったね」
魅人は下に着ていたワイシャツを見て言った。気弱な声だが、しかし物欲しげな目線に光は失われていないように見える。
「あいつらが視えるのか?」
サトルは話を逸らした。
「うん。ウチにもいたんだ。その、空妖? っていうのが」
魅人は抱えている石の狛犬を視せた。小刻みに震えている。
「そうだったのか……」
無事を確認すると、視線を空妖たちに移した。
「汝の能力を今すぐ解くのだ! これ以上、ニンゲンの運命を弄ぶのは許されん!」
「運命て。てめーだってこいつを助けたじゃねえかよ。ニンゲン同士のいざこざからよ」
「汝を追わなければ!」
「そりゃそうだが、しょうがねえだろ。女になりたいって言うんだもん。けど必要ねえから追い返したぜ? すでに女だからな、こいつは」
「戯言をッ。彼は女ではない、男だ。ならば男としての人生を歩ませなければならぬ! 勝手な都合で、男と女を使いわけていいハズがあるまい!」
「はーっ、くッだらねえな! そうやって『神』から目線でモノを言う!」
「汝を討ち滅ぼす者として、その資格があるッ!」
「キライだな、もう! 驕り高ぶって伸びに伸びてるその鼻っ面、へし折ってやんよッ!」
金属音が高らかに響く。攻める三郎、防ぐあかなめ。一向に戦局は変わらなかった。
サトルは疑問に思う、三郎はなぜ砂の能力を使わないのか。出会った空妖は、みんな能力をひとつしか持っていなかった。この理屈で言えば、あかなめは性転換の能力しか持っていないから、三郎はたやすく押し切れるハズだ。
しかし、この疑問はすぐに解決する。理由はサトルも知っているコトだった。
「おおっと、えげつねえ砂の量。仕込んでいたのか」
滝が落ちるような音とともに、いつの間にか宙に浮いている砂があかなめを覆う。三郎が拳を握り締めると、それらは無慈悲に襲いかかった。
「だが、疑問に思わないのかい? こんなチンケな能力で古くから生き延びた理由を……」
あかなめを中心に突風が吹き、まとわりついた砂が爆ぜる。
「みんな、目閉じてろ!」
サトルは目をつむりながら、明璃と魅人の前に立ちはだかった。
「やはり携えていたか……」三郎は小さく言う。
「あのときと同じだ、都合よく突風が吹いて……。空妖の能力はひとつだけじゃないのか!?」
「カンがいいなァ、禅院の呪継者! そう、『空妖はひとりにつき、ひとつの能力しか持てない』。これは誰にも変えられないハズだ」
「じゃあ、なんで……」
「答えはシンプルだ。だったら、空妖を『装備』すればいい。……さて、ネタバラシの時間だ」
鉄パイプの代わりに持っていたものは、鮮やかな若草色の刀身が目に引く脇差だった。ロングコートの下に帯刀していたのだ。
「霊剣だよ、銘は雨千草。ご覧の通り、風を生む能力を持った『異形の空妖』だ」
「すごい風だ……。これが『かまいたち』ってヤツか?」
「かまいたち? バカ言え、ありゃこんなモンじゃねーな!」
砂を操ろうにも、ひとたび振れば風が起こり、あっけなく吹き飛ぶ。三郎はこれ以上はニンゲンの危害になりかねないと判断し、能力を解いた。
「このひと振りで、あの戦乱の世を生き抜いたとは思えぬな。まだ隠し持っているだろう?」
「ケッ、バカ正直に言うかよ。飯綱三郎、あんたもあるんだろ? その古くせえ剣か?」
「どうかな」
そう言うと、三郎のカラスを模したマスクのクチバシが縦に開いた。
「おやおや、キュートなお口が見えてんぜ?」
開いたクチバシは光を放ち始めた。
「……こりゃ出し惜しみしてる場合じゃねーか。閃けよ、暗迅雷ッ!」
雄叫びとともに、紫電が如き一閃が辺りを包む。ここにいる誰もがその輝きに目が眩んだ。
「胸もケツも出てきていい女になってきてるぜ、禅院の呪継者。また会おうぜ、あばよ!」
この廃駐車場から逃げる前に、あかなめはサトルの後ろ髪に手櫛した。
「このッ、やられっぱなし舐められっぱなしで終わるオレじゃないぞ!」
サトルは目が眩みながらも、バクと能力を共有し、指先から糸束を伸ばしてあかなめの動きを止めた。
「一度見てるんだからな、二度やられやしない」
「驚いたな、クモの糸か? その能力、ニオイといい、存外ヤバそうだ。まあだいたい察しはついたが」
「いい加減オレの身体を元に戻せ!」
「いいのか? これを見てみろよ」
わざわざ向き直りなにを出すかと思えば、ただの手鏡だった。だがサトルは思わず凝視した。
そこに映っていたのは、明らかな美少女だった。いつの間にか、うしろ髪が肩ほどまで伸びていた。先ほどと比べて変わったのはそれだけだったが、これだけで受ける印象はまったく違う。
「……これが、オレ……?」
サトルは艶のある黒髪を撫でた。これが自分のものとは思えず、鏡に映る自分が未だ信じられなかった。そして心の奥底の、無意識のうちにふと思った。
――別にいいじゃあないか、と。
同時にぷつんと、緊張の糸が切れた。
「気に入ったか? 気に入ったな! そんじゃバッハハーイ!」
あかなめは再び逃げ出す。止めようとするも、指先から糸が出ない。
「バク、どうなってる!?」
「能力の共有はキミとワタシの心を一致させなきゃならない。わからないか? 戦意を失ったのはキミのほうだぞ」
「あっ……」
無意識のうちにイイと思ったのが、表に出てきていた。サトルは心理的に完全敗北を喫したのだ。
「じゃあこうしよう。海へ来い、水着を着てな! そうしたら能力を解いてやるかもしれんぜ!」
「ただ見たいだけだろ!」
「はー? そんなコト言うんならもう解かないんだがー?」
「バカスケベがよお……」
「じゃあまたな、楽しみにしてるぜ!」
あかなめは少年のような軽快な走りで去っていった。その背中をただ見送るしかできない。
「深追いしてはならんぞ、禅院。ヤツはこれまでのように人混みに紛れて逃げるハズじゃ」
「巻き込まないのが肝要、か」
「うむ……」
三郎は頷いた。マスクのクチバシは閉じている。魅人のほうを見ると、学ランを羽織り丸まっている。なにを考えているのだろうか、サトルには訊く勇気がなかった。
「はあっ。やっと追いついた……。って、え? もしかして禅院?」
真島と樫見と小林先生が来た。サトルはかいつまんで事情を話した。
「あの、禅院くん、ごめんなさい。見せてもらった空妖みたいな人がいたんですが……」
「追わないで大丈夫。危険だからね。それよりも魅人のコトなんだけど……」
「……千田さん!? その姿は!?」
小林先生は魅人の元へ急いで駆け寄り、スマホを握りしめた。教え子が服を破かれ、あられもない姿になっているのだから、事件性を感じるのは当然だ。
「大丈夫ですか!? す、すぐに親御さんと警察に連絡を!」
「小林先生、大丈夫ですよ……」魅人は小さく答える。
「しかし!」
「ボクの意思でここまで来たんです。後悔はないし、これ以上迷惑はかけられません」
丸まっていた背中が伸びた。立ち上がり、小林先生の目を真っ直ぐ見る。
「それに、サトルくんがボクを襲った不良をやっつけたみたいで。連絡したら、サトルくんも同罪になっちゃいます」
「まあ、オレがそのサトルだって信じてくれるかっていうハナシなんだけど」
「……わかりました」
小林先生はスマホをしまうと、その手を差し伸べた。
「その代わり、私のお願いをきいてもらいます。みんなで帰りましょう。アイスを食べながら……。ねっ?」
「……はい。ありがとう、ございます」
魅人はやさしく握り返す。これで一件落着、とはならなそうだ。
「ないものねだりと言えばそれまでかもしれないが、ミトはキミを見てしまった。だからこそ、あきらめきれないんだろう」
バクの言うコトは的を射ているように思う。故になにも言えなかった。望まずに女になったのに、どんどん女らしくなっているのだから。
どんな夢物語でも、その望みを叶えた者がいれば後に続きたくなるだろう。しかし、追いかける光が強ければ、追う者の影はより濃くなる。
心に落とした影は雨雲のように積み重なり、眩しい理想を曇らせ、視界を暗く閉ざす。道に迷い降り注ぐ悲しみの中、立ちすくむ者を誰が癒せるのだろうか。
誰かの慰めは傘にならない。だからこそ、心に炎を灯して進むのだ。
(あきらめない……。ボクがなりたい自分であるために……!)
千田魅人、その情熱は太陽のように熱く輝く。




