行きたい場所はある?②
オカ研の入り口に現れたのは、異様な雰囲気を醸し出している空妖だった。
「そう怪訝な目を向けんでもよい。こんなナリじゃが怪しい者ではない」
若々しいがこもった声で言う。その怪しい見た目はというと、30センチ以上ありそうな高さの一本歯ゲタを履き、顔をカラスのようなクチバシが目立つ、いわゆるペストマスクで覆った修験者といえば伝わるだろうか。
こんな格好にもかかわらず邪悪な雰囲気はしない。
「いや、怪しくないって言われても」
だが、邪悪さと格好の怪しさは別問題だ。
「禅院の呪継者よ、まさか又兵衛から聞いていないのか?」
「又兵衛?」
又兵衛は、禅院家に密かに受け継がれている、桜の木の空妖に取り憑く幽霊だ。その能力は『夢の操作』。理想の夢を見せるのはもちろん、記憶や記録を夢として保存するコトもできる。
「いや、なんも伝わってないすよ」
「むう、あやつめ。夢の中で毎日鍛えていると言っていたクセして、肝心な情報を伝えていなかったようじゃな」
「それ初耳なんだけど! どうりでいつもよく寝た気がしないワケだよ!」
眠気の正体がわかったところで、補習にならなかった保証もないのだが。
「では名乗らせてもらおう。わしはカラス天狗の飯綱三郎。この日本を見守る守護天狗が一柱である」
「よろしくお願いします」
「フフ、つくづくカラスに縁があるみたいだな」
「たしかにな」
サトルが一礼したあとで、バクが言った。
「禅院さん、どんな人ですか?」
「カラス天狗の飯綱三郎ですって」
「んんっ! ぜひとも視たいけど、私には視えない……!」
小林先生は霊に取り憑かれたコトもなければ、空妖に接触してもいないので、人形の空妖は視えない。が、こんなに悔しがるものか。
「あっ、小林先生。わたし、空妖が視えるメガネを持ってるんです。声は聞こえないですが……。どうぞ使ってください」
「樫見さん、ありがとうございます。とすると、これも異形の空妖というヤツですかね?」
小林先生はぶつぶつ言いながら自分のメガネを外し、樫見に手渡されたメガネをかけ直した。顔を上げると、「わっ」と声を挙げた。
「みんなもあいさつしてください! 妖怪の、いや空妖の大スターですよ!」
いつになく興奮気味だ。サトルがカッパのゴンと相撲をとったとき以来だ。
「そうなんすか、よろしくお願いしやす! カラス要素ってそのマスクかよとか思ってすいません!」
「よ、よろしくお願いします。守護天狗って偉いかたなんですよね」
続けて真島と樫見も一礼した。
「うむ。しかし、こんなに視えるニンゲンがいるのも新鮮じゃの」
天狗は腕を組んで、感慨深げに頷いている。
「それで、こんな大物がオレたちになんの用ですか? 飯綱三郎様」
やっと聞き出したいコトが言えた。
「三郎でよい。わしの用とはな」
三郎は親指と人差し指を交差させ、見せつけてきた。
「それ『きゅんですポーズ』すか?」と真島。
「なんぞそれは? 目を凝らして、よく視たまえよ」
言われた通りにすると、なにか持っているようだった。それは一枚だけの桜の花びらだった。ほのかに青く光っている。
「こんな時期に桜なんて……?」
「そのまま目を凝らしているのだ」
花びらは突然、眩い光を放った。目がくらむと思ったが、鮮明な映像が浮かび上がった。そこには男が映っている。サトルには見覚えがある。映っていたのは、あのあかなめだ。
「な、なんだ今のは!」真島が驚く。
「これは又兵衛から借りた霊桜の能力。映像にあった人形の空妖に見覚えがあったら、些細な情報でも構わん。一報くれたまえ」
「そのひと、いったいどんな空妖なんですか?」
「ヤツはのう、性別を変える能力を持つ。ニンゲン世界の秩序を乱す『運命の大敵』ゆえ、早急に始末すべき対象じゃ」
「すげーな、運命の大敵だなんて。おれの中二心がウズウズするぜ……!」
早急と言っておきながら、ずっと倒せていないのはなぜだろうか。言及すれば問い詰められそうなので、詳しくは訊かないが。
「紫城さんにも教えたほうがいいかもしれませんね。禅院さん、どうでしょう」
「あ、ああ。そうですね」
とっくに知っているし、なんなら自分があかなめの術中にハマってるなんて言い出せない。
とりあえずスマホを手に取り、連絡する素振りだけは見せようとすると、明璃のほうからメッセージが来ていた。その内容は『魅人と連絡が着かない』というものだった。
サトルは『どうしたんだろう』と返信すると、既読がついたあとで『すぐうしろにいる』というメッセージ。振り返ると、明璃とメリーさんがその通りすぐ後ろにいた。
「うおお、ビックリしたあ!」
「これがウワサに聞くメリーさんの瞬間移動ですね……!」
真島はまた驚き、小林先生は興味津々にしている。
「むう、当然のように空妖の能力を使うなど……」
「ねえねえ兄ちゃん、なにあのデカいヒト!?」
「なんか逆鱗に触れたっぽい?」
「明璃もメリーさんも今はスルーしてくれ。それよりも、どういうコトなんだ?」
明璃はスマホを見せてきた。なにやらカラフルな画面と写真が表示されている。
「んあー、なにコレ? どこを見ればいいんだ?」
「インスタの見方くらいわかるでしょ。ほら、これが一番新しい投稿なんだけど、5日前なの。今までは毎日欠かさず投稿してたのに」
「そりゃ、サボりたいときだってあるんじゃないの。夏休みだし、家族旅行とかバイトとかで」
「覚えてるでしょ? その5日前はあかなめと会った日ってコト」
「なんと禅院、あかなめと接触していたのか? なぜ首を狩らんかった!?」
「おっとぉ」
バレてしまった。三郎の迫力が増すも、サトルは無視した。
明璃が言いたいのは、魅人はあかなめの奇跡を求め捜しているのかもしれない、というコトか。音楽記号のシャープのあとに――ハッシュタグといったか――青い字で『なりたい自分になる』と書いてあるのも意味深だ。
しかし、魅人はその姿を視れなかった。いくら捜しても無駄なハズだけれど。
「よもや貴様、ヤツの能力で女にされたんじゃなかろうな!?」
三郎はまだ言っている。
「ああ、やられた。きっと魅人は、そのあかなめを探してるのかもな」
「「「「ええッ!?」」」」
「みんなにも言わないでいたけど、オレの胸も大きくなってきてんだ」
「「「「ええーーッッ!?」」」」
事情を知っている明璃以外は、わりと離れている校舎にも聞こえるくらいの声で驚いた。
「女に戻れなければ、『かるま』との因縁を斬れなくなってしまうぞ。心も変われば能力の共有もできなくなるやもしれんしな」
「だから三郎、魅人を捜すのに協力してほしい。お願いします」
明璃は三郎にスマホを見せ、サトルは頭を下げた。それに釣られみんなも頭を下げた。
「無論だとも。ヤツはニンゲンを殺めないが、追う過程で危険がないワケではない。しかし、その魅人とやらは性を変えたいのか? 愚かな……」
まじまじとスマホの画面を見つめて言う。
「愚か?」
「産まれ与えられた性で生を全うするが、ニンゲンの歩むべき運命。会ったときには厳しく言わなければな」
サトルは黙った。たしかにそう考えるのが自然かもしれないけれど――
「顔は覚えた。では、我が能力で見つけ出そう」
三郎は外に出て、腕を空に掲げると、誰もいない校庭から夕立ちのような激しい音がする。サトルたちもその方向を見ると、巨大だが、しかし小さいなにかの集合体がうごめいていた。
「あれは……砂か」バクがつぶやく。
「ご名答じゃ、大口の。わしは『砂』を我が物とする空妖。ニンゲン砂漠の砂粒ひとつ、捜すコトなぞ容易いわ!」
腕を勢いよく下ろすと、砂嵐は一瞬にして弾け、なにも見えなくなった。
「各地へ散らばった砂はわしの目となった。すぐにでも見つけ出せるであろう。……屋外であれば、だが」
目を閉じながら言うが、すぐに目を開いた。
「見つけたぞ!」
「場所は!?」
「ここの最寄りの駅の……なんじゃここは。荒れてる駐車場のようじゃが、知っておるか?」
「あそこにいいウワサは聞きません。すぐに行きましょう!」
「では先に!」
三郎はゲタに砂が集まったのを見てから軽くジャンプすると、砂は雲を形づくり、それに乗って飛んで行った。まるで筋斗雲のようだ。
「魅人、大丈夫かな?」
「なるべく急ごう」
「わ、わたしも行きます!」
「なんか全然話に着いていけないけど、おれも!」
「千田さん、そんなに悩んでいたなんて……。教師として私も話がしたいので行きます」
「よし、それじゃあ、みんなで迎えに行こう!」
オカ研は動き出した。目的は三郎の後を追って魅人を見つけだし、そしてあわよくば、この身体を元に戻してもらうコトだ。




