着たい服はある?②
女として生きるコトを考え始めたサトルの前に現れた、不審者の空妖。会いたくはない存在だ。しかしサトルは思う。
(倒せば……きっと元通りに)
言いたいコトは山ほどある。それも不審者の空妖が命ある限り、存在するまでは。
「おまえッ、オレの身体を戻せ!」
「ダメだろ、女の子がおまえなんて汚い言葉を言っちゃなあ〜ッ!」
まずは口で交渉するも、速攻で断られた。次の考えは、別の口――バクに武器を取ってもらう。しかし、そんな考えが見透かされたように、不審者はニヤニヤと口元を歪めている。
「その扇状的な眼差し……。わかるぜ、呪継者。俺様を殺せば全部解決って思ってるだろ」
「それ以外、考えちゃいないぞ!」
「ンッフフフ、正直者かよ!」
不審者は笑いながらポージングをしている。それを睨むサトルを見て、魅人は怪訝な目を向けた。
「サトルくん……? マネキンと話してるの? 明璃ちゃん呼んでこようか?」
「平気だ!」
「あっ……お医者さん?」
「頭の心配もいらんわ!」
魅人には不審者の空妖の姿は見えていなかった。それもそのハズ、空妖は2種類いる。
ひとつは人形の空妖、人の姿をした空妖だ。もうひとつは異形の空妖、つまり人以外の形を持つ空妖である。
人形の空妖は俗に言う霊感が濃くないと視えないが、異形の空妖は誰にでも視え、触れるコトもできるのだ。
「気にしないでくれ、オレの目の前のヤツに話してるから」
「目の前ってマネキンしかないのに!?」
「コイツ、サイドチェストのポーズしてやがるッ! ちょけやがって!」
「どこが!?」
サトルは見たくもない光景をつらつらと言っているだけだが、魅人は戸惑うばかりだった。
「そこのお友達にも知らせてやろうか、俺様の存在……」
不審者の空妖はマネキンにポーズを取らせると、魅人は大きな声を上げた。
「ひとりでに動いてるッ!? あ、あれ……?」
「どうした?」
「なんだか、黒いもやみたいのが視えるんだけど……」
「蒙が啓けたようだなァ。少しは霊感があるみてェだぜ?」
「魅人まで巻き込むな!」
「いやァ……願ってるかもしれねえだろ、変わるコトを」
不審者はサイドチェストのポーズをやめ、手をズボンのポケットに入れた。
「女の子みてェなカッコしてるがよォ、れっきとした男だろ? 肩幅と手を見りゃわかる」
「……なにが言いたいんだ」
「ンッフフフ。俺様はな、ただ願いを叶えてるだけなんだなァ」
「誰が女子に変えろと言ったッ!?」
サトルはバクの口から、包帯の巻かれた板を取り出す。その光景を魅人はしっかりと見ていた。
「ひっ、ああ、サトルくんの背中に口がある!?」
サトルは左目に走る傷跡と眼を赤く光らせ、得物を不審者の首元に止める。
「知ってるか? 霊剣・鏡花旅楽。これで斬れば、おまえのクセェ口を見なくて済む」
「これがかるまにつけられた呪痕か。相変わらずの輝きだ……。俺様、ウットリ」
「もう一度言う、オレを元に戻せ。さもなきゃ斬る」
「たしかに。そりゃあ俺様を殺せば元に戻るよ、チカラがなくなるんだからなァ」
呪痕を発現させ、冷静に研ぎ澄まされた頭で考えて、やっと言いたいコトがわかった。
「そうか……。今まで何人変えた?」
「両手両足の指じゃ足んねえよ。その中には、変わったカラダで子供をこさえたヤツもいる。もし母ちゃんが母ちゃんじゃなくなったら、どうなるかは想像がつくだろう?」
「ほざくなおまえッ! 勝手に撒いた厄介のタネだろうがッ!」
「勝手だあ? 言ったろ、ただニンゲンの望みを叶えただけだッ!」
不審者のドブのような瞳に、強い意志が宿る。間違いなく年季の入った迫力に、気圧されそうだ。
「運命を変えられるのなら、誰だって変えたいだろうよ。無駄に長く生きたおかげで、ニンゲンにはいろんなヤツがいるコトも知れたからよくわかる。それを愚かだなんて思わねェさ」
親指と人差し指で丸を作る姿に、ふざけた雰囲気は一切ない。
「考えてみろ、この社会の中心であるカネで性別が買えるか? 変えられるか?」
当然、変えられない。それはわかっている。サトルは無意識に魅人を見て、目が合うとすぐに不審者のほうに向けた。
(……魅人はなぜ女装しているんだろう。聞けないけれど)
趣味なのか、それとももっと切実な願いからなのか。いずれにせよ、否定できない。サトルは鏡花旅楽を下げた。
「期待通りのムーブ、感謝するぜ……。いまさらだが自己紹介させてもらおうか。俺様は『あかなめ』。能力は生物の性転換をさせるだけだ。男は女に、女は男に……ただそれだけ」
不審者はあかなめと名乗った。あかなめのチカラは思った通りだったが、サトルには引っかかるモノがあった。
「なんで突風と閃光を操れる?」
「教えてやんねー! 女らしく振る舞ってろ、俺様のために!」
あかなめの瞳は、再び腐ったドブのようになった。
「なんでおまえなんかに!」
「おまえさんが禅院のニンゲンで呪継者だからだ、見逃す手はねぇだろ! だから自分のために『通り魔的性転換』させてもらったってワケ!」
「オレを……どうしたいんだよ」
「俺様のオンナにする。それだけだ」
「ゼッタイになるか!」
「なるんだなァ、それが!」
「この問題はおまえがオレを元に戻せば済むだろ! やれよッ、戻せッ!」
「だーかーらーさァ。俺様は自分のために能力を使ってるんだよ。……にしてもその赤い傷跡と瞳、色褪せねェな。小汚い宝石みたいで、なんて美しい」
褒めているのかわからない例えを使って、あかなめは長い舌をレロレロと波打つように動かす。
「おまえさんが女の子だったら、マジで俺様の好みってワケ」
「そんな理由で……!」
「理由なんざそれで充分だろ、俺様のチカラだぜ。縛る法もないんだからなッ。ああそうさ、空妖こそ真の自由を手にした存在なんだァ!」
「……自由には責任が伴うぞ」
「難しいコト言うねェ。俺様は生き抜くコトが責務さ。わかるだろ?」
怒りはあるが、そのままそれをぶつければ、あかなめの手によって性別を変えた人々が元に戻ってしまう。その規模はわからないしハッタリかもしれないが、本当ならば社会は混乱するだろう。
変われるのなら変えたい人は多くいるハズだから、あかなめのチカラは『奇跡』といっても過言ではない。故に悪質の一言では済ませないし、断罪もできない。
(……だけど、オレは望んじゃいない)
憤懣やるかたない思いといっしょに、鏡花旅楽をバクの中にしまった。
「禅院のニンゲンはいいヤツだよなァ。せっかく夏休みなんだし、楽しんでくれよ……徐々に女の子になる過程をなァ。それじゃあ、また会おうぜ」
あかなめが横切り、通り過ぎても、サトルは動かなかった。しかしタダで帰すつもりもない。
「バク」
「フフ、よしきた」
小声でそれだけつぶやくと、バクはすぐに察して、あかなめの頭にツバを飛ばした。
「――クッサァ〜〜ッッ!?」
小さくなったシルエットが叫ぶ。サトルはいい気味だ、という気持ちで鼻で笑った。
「サトル、大丈夫?」
近づくとかえって迷惑だろうと、あえて遠ざかっていた明璃が駆け寄ってきた。
「うん、平気だ」
「よかった。あのカンジだと、一泡吹かせたみたいね」
「臭いニオイでマーキングしといた。アイツが近づいたら、すぐわかるようにな」
「ワタシがな」
「はいはい。バクちゃんがやったのね。えらいえらい」
ふたりしかわからない会話に、サトルの様子を黙って見ていた魅人は困惑を隠せなかった。
「ねえ……どういうコトなの?」
サトルと明璃は目を合わせ、頷く。洗いざらい話そうという意見の一致だ。
「実は――」
サトルは今までの出来事を、魅人にかいつまんで話した。
「サトルくんは呪いで幽霊とか妖怪が視えるようになって、明璃ちゃんは悪霊に取り憑かれて視えるようになったの!? ワケわかんないよ!」
「そういうコト」
「じゃあ、校祭のカッパとか水がいろんな動物の形になるのも、あれ本物の怪奇現象だったの!?」
「まあ、そういうコト。見ててくれたんだ、あれスゴかっただろー?」
魅人は頷くと、下を向いたままピタリと止まった。
「……それで、女の子になってるっていうのも、ホントなの?」
間が重く感じた。なにか空気が変わったようにも思えた。
「そう、だな。だから誰にも言わないでほしいな」
「そうなんだ」
うつむいたまま魅人は言う。空気が重くなったのを察して、明璃が手を叩いた。
「あの不審者にも逃げられちゃったし、今は女の子を全うするしかないんじゃないの? サトル」
「……やっぱりそうなるか。頼みづらいんだけどさ、教えてくれない? 服のコトとか」
魅人に言うと、すぐに目を光らせて顔を上げた。
「任せてよ! スレンダーなんだし、似合う服、いっぱいあると思うよ! きっと好きになれるから!」
あかなめは説得に応じる気がないのだから、社会を混乱させずに異性化をどう解くか、思い悩む。とにかく、夏休みが終わるまでには戻らなければならない。
(知らないヤツに好きにされてる自分なんかを、好きになれるのか……?)
今はただ、なるようにしかならないのだけれど。




