着たい服はある?①
「――で、オレは女になったってワケ」
そう言うサトルに、向かいに座る紫城明璃は目頭を抑え、ため息をついた。
「それ昨日のハナシなんでしょ。ホンッットにさあ……、退屈しなさそうな人生ね」
「し、信じてくれるんだな!?」
「信じるもなにもね。なんでもアリなんだもん、サトルの周り」
「そ、そっかそっか。よかった……。聞いてもらえるだけでありがたいよ、マジに」
明璃はサトルの幼馴染。誰にも言えないが抱えたままだと身が張り裂けそう、という事柄を相談するには欠かせない存在だ。
身体の異変に戸惑い、心が追いつかず、日常生活すらロクに送れない懸念があったので、急きょカフェ『怠りぃ〜っすコーヒー』に呼び出したのだ。
「それで、その空妖の足取りとかってわかるの?」
明璃もある事件をキッカケに、幽霊や空妖などの存在を認知できるようになった。
「いや、全然」
緊張が和らいだサトルはあっけらかんと答え、アイスコーヒーをすする。紙ストローが刺さっていたが、無視した。
「見つからなきゃ、女子として生きるしかないってコトね」
「それは困るって!」
「徐々に慣れていかなきゃね」
サトルとは対照的に、明璃はストローでアイスコーヒーを飲む。
「サトルにクイズ。なんでコレで飲んだかわかる?」
「わかんない。紙ストローって飲みづらいじゃん。よく使うなーって思った」
「答えはね。口つけて飲むと、口紅がグラスに付いちゃうのがイヤだからでした〜」
「そんなの想像すらできないって……」
サトルは通りかかった店員に、コーヒーの追加をしてから、ふと気づいた。
「というか、付けてたの? 口紅」
「気づかなかったの? じゃあネイルも気づいてないワケだ。ほら」
明璃は両手の指を揃え、サトルに見せつける。
「ホントだ。ツヤツヤしてて水色がかってる。気づかなかったな」
「次にサトルは……『見えづらいのに、なんで塗ってるの?』という!」
「見えづらいのに、なんで塗ってるの……はッ!」
「まっ、女の子として板につけばわかるんじゃないかなあ」
「それは困るんだってば〜ッ」
丸いテーブルにアイスコーヒーが置かれると、サトルは店員に頭を下げた。
「にしてもさ、あんまりこう言っちゃアレだけど、全然変わったカンジしないわね。ちょっと細くなったくらい」
「いや、マジに困るんだって。トイレとか風呂のときとかさ、目のやり場に困って……。おかしいだろ? 自分の身体なのにさ」
「あー……その、ヘンな気起こさないようにね」
「どこにいったんだよ、オレのモノは……。ヤバいよ、マジに」
アイスコーヒーの入った薄いガラスのグラスは、汗をかいたように結露する。
「その空妖さ、なにが目的だったのかしらね。ほぼ元の姿のままなのに、あの……ほら、ソレ」
「あー、うんうん。アレだけ失くしてな」
サトルはすぐさま察して、縦に複数回頷く。
「ワケわかんねえよな。しかもご先祖のコトも知ってるふうだったし、オレをどうするつもりなんだろう」
「もしかしたら、少しずつ女の子の身体になっていくのかも……ね」
「おいおい、そんなコトが……」
サトルは付属してきたコーヒーミルクを、円を描くようにアイスコーヒーに混ぜた。白とも黒とも取れない色に変わるなんの変哲もない光景を、ジッと見つめる。
「もしそうなら、オレは誰になっちまうんだろうな」
サトルはアイスコーヒーを紙ストローで撹拌させ、そのまま吸ってみた。が、ついストローを噛んでしまい、すぐに使えなくなった。
「男にも女とも取れない存在になったら、オレは誰になる?」
「珍しく弱気ね。残念だけど、サトルの気持ちは全然理解できないけど……」
あらかじめ頼んでいたパンケーキがテーブルの真ん中に置かれた。明璃はフォークで細かく分け、それを刺し、サトルに差し出した。
「そうなっても、サトルはサトルだから。あたしは今まで通り扱うわよ」
「明璃……」
「まっ、分けて考えるのも面倒だしね」
「いや本音!」
「ほら、早くあーんして食べて。甘いの食べれば、ちょっと落ち着くかもよ」
「その……恥ずかしいだろ」
「女の子同士じゃふつうよ?」
「明璃さ、今まで通り扱うって言わなかった?」
「これからが今でしょ?」
サトルは困ったような笑みを浮かべ、差し出されたパンケーキを食べる。
「どう?」
「……甘くて、ンマい」
「よかった」
明璃はフォークをくるくる回して微笑んだ。その顔を見て、サトルはうつむく。
「……やっぱり恥ずかしい!」
顔が熱くなり、ベージュ色になったアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「冷えるわよ、お腹」
「もう、そうやって女子扱いする!」
「違かった?」
サトルはなにも言えず、悔し紛れにグラスの氷をひとつガリガリと食べる。しかし好き放題言われても、気も紛れたのは確かだ。
「あーあ、言ったそばから。まあ、これ食べたら外出ようよ。女の子らしさってのをレクチャーしてあげる」
パンケーキをふたりで分け合って食べ、会計を済ませ、炎天下へと出る。
「あ゛つ゛い゛!゛」
「そりゃ学ラン着てればねえ」
涼しかった店内と比べて、まさに天国から地獄へと落ちた気分だ。ふたりはすぐ最寄りのデパートに避難した。
「ちょうどいいわ。サトルのために、かわいい服を見繕ってあげる!」
「いや、オレの見た目でえ……?」
「もしもらしくなっていって、女の子期間が長引いたらどうするの」
「夏休み過ぎても行けねえよ、学校」
「そうなっても前向きに女の子らしく、ねっ!」
「だからあ、それより元に戻る方法を探さなくっちゃいけないって〜ッ!」
サトルはウキウキ気分の明璃に腕を引っ張られ、あっという間に1階、2階を回る。色々な服を見たが、どれも似合いそうもなくピンとこなかった。
3階のエスカレーターを登ったところで、明璃は「あっ!」と声を上げ、店前の長イスに座っている人に手を挙げた。
「知り合い?」
「あたしと同じクラスのね。ミト、偶然!」
「夏休み前ぶりなのに久々なカンジするね。明璃ちゃんもこの新店のリサーチ?」
「そうだったんだ、初耳。どう?」
「良さげだよ。かわいい服、いっぱいあったよ」
「ミトが言うなら間違いないわね。見ていく? サトル」
明璃はそう言って、チラリとサトルのほうを見た。その視線に、ミトと呼ばれた女子も釣られる。
「こんにちは、禅院サトルくん」
「こ、こんにちは」
明璃は意味ありげにニヤニヤしながら、サトルを見ていた。
「ミトはね、あたしと同じクラスの男子よ」
「あ、そうなんだ。……ん? 男子って? 誰が?」
「ボクでーすっ」
「……なんて!?」
「ちなみに、校祭であたしといっしょに給仕係やってたの。男って気づいた?」
「うせやん!?」
魅人の見た目とはいうと、半袖のTシャツにデニムスカート。足はスポーツサンダル。それがよく似合ったショートヘアの女子、といった具合だ。
「改めて、ボクは千田魅人。よろしくね、サトルくん!」
「お、おう……」
「ところで! 明璃ちゃんの言い振りだと、サトルくんも興味あったりするの? 女装!」
魅人は大きな瞳を輝かせ、上目遣いでサトルを見つめる。言われてみれば、女子よりは肩幅と手は大きめだし、声も少し低いような気もする。それでもサトルは信じられなかった。
「あっ……、ご、ごめん。やっぱり気持ち悪い、かな。ヘンだよね……」
「いや、まだ信じられないだけで……。ホントに男子? ちょっとトキメキかけた」
「魅人、予防線貼らなくて大丈夫よ。サトルが言ったコト、ホントだから」
「いや、明璃が改めて言うコトないだろ!?」
「あはは……ありがとう」
「それに、女装に興味があるっていうのもね」
「えッ!? ホント!?」
「まあ、しなきゃいけない段階にきてるっていうか……」
「えっ……、どういうコト? ま、まあまずは軽い気持ちでね!」
サトルは魅人に背中を押され、店内に入った。立ち並ぶラック、馴染みのないヒラヒラした服、どれも同じように見える。
「ううん。やっぱりわからない、なにもかも!」
「好みの服がなければ、よければボクが見繕うよ?」
「た、頼む!」
「ああ……これなんか似合いそうじゃねェかな」
「待てよ……なんだこの野太い声」
一回聞いたら忘れようのない声、そして思い出せる発言。サトルの背筋に悪寒が走りながらも、声のほうへと向かった。そして、ソイツはいた。
「昨日振りだなァ〜。禅院サトル」
「お、おまえはッ!?」
マネキンの前で同じポーズをした、不審者の空妖が。出会いたくないと思いながらも、サトルは同時に思う。
(アイツの首を落とせば、異性化のチカラは解けるんじゃないか?)
呪継者は、そう考える。湧いてきた闘志を燃やして。




