家出少女?②
八尾池鶴が上がり込んできた、その日の翌日の朝。サトルは起きてリビングに向かうと、当然のようにダイニングテーブルに池鶴がいる。寝ぼけ眼をこすっても、しっかりいる。幻じゃない。
「……おはよう、池鶴さん」
「はよー」
テーブルの上のマグカップの中には、もはや冷めたであろうホットココアと、黄身が流れた目玉焼き。昨夜と同じように、食べるのが遅い。
「サトル、おはよう。早く食べて学校行きなさい」
母の久美子は、軽快にサトルの朝食を用意した。
「そういや、池鶴さんはどうするの?」
サトルは訊いてから、キツネ色に焼けた食パンにかぶりつく。
「ああ、私が駅まで送ろうと思うの。テレビの番号に掛けてみたら、駅まで送ってくれって」
「ふうん。そう」
サトルはいつものように、目玉焼きの端のお焦げから先にかじると、妙案が思いついた。
池鶴をすぐに送り届ける方法を。
「それ、オレがやろうか?」
「でも学校から駅って、あんまり近くないでしょ?」
「いいよ。家出るついでにさ」
「じゃあ、お願いできる?」
「任せてよ」
早々に朝食を食べ終えると、学ランに着替え、学校へ行く準備を済ませる。そして玄関へ向かうと、池鶴はまだダイニングにいる。
「行こう、池鶴さん」
しぶしぶといった様子で、池鶴はサトルの下へ。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
一声かけて、サトルは池鶴とともに家を出る。しかし、サトルは学校にも駅にも向かわず、スマホをいじる。
「それさ、なあに?」
ラインでメッセージを送っていると、池鶴が疑問を投げかけてきた。
「えっ、それって……?」
「その板。みんな持ってるよね。もしかしてケータイ?」
「持ってないの!? スマホ!」
「スマホ……。聞いたコトあるような」
ますます謎が深まる。
それはともかく、ラインで送ったメッセージには、既読がついた。そしてすぐに、トーク欄に白いメッセージが送られた。『あなたのうしろにいる』と。
「やっほー! 兄ちゃん!」
サトルの背後から、元気いっぱいの声。池鶴のものではなく、バクのものでもない。人形の空妖、メリーさんだ。
空妖には、人智を超えた能力がある。メリーさんの能力は、瞬間移動だ。
『うしろにいる』という宣言を聞いた者が理解すれば、聞いた者のうしろに瞬間移動できる。声は出さずとも、『既読』さえすれば文字でも能力は発動する。
「おはよう、メリーさん。悪いな、こんな朝から呼び出して」
「へーきだよ。それで、このお姉ちゃんは?」
メリーさんは池鶴の顔を見ると、なんと目が合った。手を振ると、振り返す。メリーさんの青い瞳が大きく開いた。
「も、もしかして。お姉ちゃん、わたしが視えるの?」
「きれいな金色の髪……」
「ええッ!? 視えるのか!?」
驚いて声を上げたのはサトルのほうだ。
空妖には、人形の空妖と異形の空妖の2種類ある。人形の空妖は人の姿をした空妖。異形の空妖はそれ以外の姿をした空妖である。
サトルの背中に憑いているバクは異形の空妖であり、金髪碧眼の少女の姿をしたメリーさんは人形の空妖だ。
なぜサトルが驚いたのかと言えば、人形の空妖は異形の空妖とは違って、いわゆる霊感がないと視えないからだ。
「へー、ふつうは視えないんだね」
「わーい! また友達が増えるね!」
当の池鶴とメリーさんは、あまり驚いていない。
「それで兄ちゃん。今日はお姉ちゃんと遊ぶの?」
「なんか言いかたが引っかかるけど……。違うんだ。メリーさんのチカラを貸してほしくて」
「わたしの瞬間移動を? いいよ」
「ありがとうな」
サトルはメリーさんとハイタッチすると、サトルの手にアンテナマークが浮かび上がった。4つ立っている。メリーさんの能力を借りた証だ。
空妖と人は、能力を共有できる。それには息を揃えるように、感情も合わせなければならない。
「それで、昨日のニュースで見た番号に電話をかけると」
サトルは番組の見逃し配信を見て、番号をスクリーンショットしていた。その番号に発信すると、ツーツーと音がするだけ。
「おいおい、掛からないぞ。情報求めてるんじゃないのか?」
「電話? そういえばさ、ズボンのポケットにあったの。コレ」
スマホを耳から離したサトルに、池鶴はくしゃくしゃに丸まった紙を手渡してきた。
「ああ、母さん洗濯して乾燥もかけてくれたのか。紙、読めるかな」
力を加えたらすぐに破れそうな紙を慎重に広げる。そこには11ケタの数字だけが書かれていた。
「090から始まってる……。携帯の番号か、コレ?」
「だよね。わかんないけど」
「連絡用の電話番号を持たせたとしなら、なんで違う番号をテレビに流したんだ? ワケがわからん」
親の番号か? それとも池鶴の携帯番号? 池鶴の周りは怪しさしか感じない。掛けてみれば、どこに行くかわかるだろうか。
サトルは非通知設定にして、その番号に電話を掛ける。誰が非通知の電話に出るんだと思いながら。
『……もしもし』
すると、すぐに通話口からの声。壮年の男のものだ。
(なんで非通知設定なのにすぐ電話に出たんだ? 明らかにおかしいッ!)
驚愕とめくるめく疑念を飲み込み、サトルはスマホを耳元から離し、池鶴の目を見る。
「これできっと帰れる。オレの手を握って」
「いいよー」
「いや軽いな!」
サトルは緊張しているのに、池鶴は相変わらずぽやぽやしている。ふたりは手を繋いで、再びスマホを耳に当てる。
「もしもし。オレは今、あなたがいる建物の表にいます――」
言い終えて、まばたきをする。すると景色は一変していた。
瞬間移動は成功したのだ。
「……で、ここどこーッ!?」
スマホを離したサトルの目の前に現れたのは、学校の昇降口のようなガラス張りの大きな建物の入り口がある。
振り返れば、これまた校門のような塀がある。門から入り口までの道は舗装されており、その左右には芝生が張られている。ここだけでも、かなり敷地がある。
「ここが池鶴さんの家……?」
サトルは恐る恐る訊くと、池鶴はため息をついた。
「ホントに瞬間移動しちゃうなんて。びっくりだなあ」
「居たくない場所なのか?」
「私は嫌いだよ。いや、きっと……」
池鶴は言い淀んだ後、きっぱりと言い放った。
「君も、どうせ嫌いになる」
「えっ――」
「誰かいるのか!?」
門の入り口から、紺色の服を着た警備員ふたりがやってきた。
「ヤバッ、もしかして、そういう事務所だったりする!?」
メリーさんとの能力の共有印は消えている。メリーさんとの距離が離れすぎたからだ。
なのでサトルは、メリーさんの連絡先に発信しようとするも、警備員に取り押さえられた。
「おまえッ、どこから来たんだ!」
「あっ、スマホ!」
スマホを取り上げられてしまったら、家に帰れない。
「このガキ、警察に通報してやる!」
「通報だと? アンタらのトコは合法の組織なのかよ!?」
「ここがどこか知らないのか!?」
「知ったコトか!」
喧々諤々と騒いでいると、正面の大きな門がゆっくりと開く。そこからひとりの男が現れた。
「き、教祖様!」
「教祖様ァ!?」
教祖と呼ばれた男は、微笑みをたたえ、サトルと警備員の下へ近づく。
「君、スマホを返してあげなさい」
「ハ、ハイッ!」
サトルのスマホは教祖の手を経由して、戻ってきた。教祖の左手には、それぞれの指に宝石のついた指輪がはめられている。その中の、薬指の指輪の宝石が自分で光った。サトルはそれを見逃さない。
「ど、どうも。返してくれてありがとうございます」
「いや、いいんだ。なぜならば……」
サトルはすぐにメリーさんに電話を掛けようとすると、画面が暗転。そして、バッテリー切れのマークが出てきた。
「不幸にも、もう使えないからね。それに警察にも連絡はしないよ」
「ど、どうなっているッ」
「君のコトを、よく知りたいからね。不都合なんだ、警察が来ると……」
教祖に後頭部を小突かれると、とたんに睡魔が襲ってきた。抗えないほどの眠気が。
「やばい……バク」
声を振り絞り、カバンを背後に置いてから、サトルはうしろへ倒れ込む。そして眠りに落ちた。
「やはり……奇跡はひとつではないのだな。そうだろう、池鶴?」
教祖は笑って、池鶴の肩を寄せた。
「この小僧を連れて行け」
「ハイッ!」
眠ったサトルは警備員ふたりに、巨大な建物の中へ連れて行かれた。
「……にしても、カバンがあったハズだが? まあ、よい」
首を傾げ、教祖も池鶴とともに建物に入る。灯りはまだ、点いていない。




