謎の建物から脱出せよ!①
「うーん、いててて……」
サトルが目を覚ますと、鉄格子の檻の中にいた。広さは人ひとりがギリギリ寝転べるくらいの小ささだ。
「えっ、ウソだろ、収監された!?」
鉄格子の扉のすぐ向こうは無機質なコンクリートの壁。窓だってない。ここにいるだけで気が滅入りそうだ。
「だ……誰かー! 出してくれー!」
サトルは鉄格子をつかみ、間から声を上げる。その行動に深い理由はない。ただやってみたかっただけだ。こうやって誰も来ないのは、むしろ好都合だった。
「フフ、起きて早々にやりたい放題するじゃないか」
「よう、バク。せっかく理不尽にブチ込まれたってのにさ、不粋だろ?」
「キミは大バカだな」
「わかってるつもりだよ」
バクと話していると、階段を登る音の後で扉の開く音がした。誰かが来る。
「オウオウ、おめーがウチに侵入したってヤツだなァ!? ずいぶん早いお目覚めじゃねえかァ!」
鉄格子越しに現れたのは、大げさなくらいワックスを塗りたくって黒髪がツンツンでテカテカになった男だった。それでいて真っ白な服を着ているのが、また不思議な雰囲気を醸しだしている。
「ここから出してほしいんだけど」
「うるせェ、ぶっコロスぞ〜!」
話が通じなさそうなので、脱出の方法を考えるしかない。
「なんておれが監視なんかしなきゃよ、いけねェんだよ〜ッ!」
扉のカギは見当たらない。檻の中の壁を掘るには時間がかかりすぎる。幸い鉄格子は細めだ。格子をバラして脱出するのが手っ取り早いか。
「おまえなんかどうでもいいんだよーッ」
(うるさいのはどっちだ……)
檻の中にいるのに、動物園にいる気分になる。
「大変だな、これが仕事? 学校は?」
「黙れよッ、うるせェってんだよ〜!」
「やりたくもない与えられた役割を優先されるのは、イヤだよな」
「おめーになにがわかるんだよ〜! ぶっコロスぞ!」
「わかるよ。なあ、バク」
サトルはバクに呼びかけ、シャドーボクシングを始める。
「なにやってンだ、バカか……!?」
看守男は目を見開く。檻にいる学ランを着たふつうの高校生が、猛獣に思えたからだ。
サトルの左目に赤い傷痕が縦断し、瞳も赤く光る。これこそサトルの先祖がかけられ、そして現代にたどり着いた呪いの証であり、バクと能力を共有した印だ。
「離れてろよ。オレだって、学校に行きたいからな」
サトルは腕に力を込めて、鉄格子に右ストレート! もはや格子とは呼べない鉄格子に、人がすり抜けられるくらいの隙間ができた。
バクの能力は、食べた生物の生態をコピーする能力だ。鉄格子を殴ったのは、シャコのパンチを模したものだ。
「まだ止めるか?」
隙間から抜け出し、サトルは看守男に言い寄る。
「な、なにが池鶴様と同じ奇跡の子だよ〜!?」
「奇跡の子? 池鶴さんが?」
「ヤだよもう〜! おれはこんなトコ、もう関わりたくねェのによ〜!」
「話にならん」
サトルは殴った反動で負ったケガを、あらゆる生命の治癒力ですぐに完治させてから、看守男が通ったであろう扉を抜け、暗い階段を降りる。
階段を降りた先のドアを少しだけ開けて、様子を見ると、廊下があるだけだった。人の気配はない。
「どういう建物なんだ、ここは」
廊下に出て、窓を覗く。4階くらいの高さだ。反対側の窓を覗くと、目下に芝生が広がっている。ベンチも木もぽつぽつとある。公園のようだ。
「敷地が広すぎるだろ……。そこらの高校くらいありそうだ」
「おおい、待てよォ!」
看守男が語勢のわりには自信なさげに出てきた。ベタベタの髪が照明でさらに光っている。
「いいところに来てくれた!」
「うわァ、あんま近づくなよォ!」
「なんだよ。待てとか近づくなとか、めんどうだな。なんもしないよ、敵意を持たなきゃ」
「それ、ガチかよォ……」
「マジ、マジ。んで、ここ案内してほしいんだけど」
「ああ、案内してやるよ。おれはおまえの、地獄の水先案内人だァ〜!」
「……つまり?」
「人、呼んじまったよォ〜!」
「今の話、ナシで」
廊下の突き当たりを曲がったところから、ぞろぞろと人がやってくる。反対側からもだ。囲まれてしまった。
「小太郎、なぜ脱走させた?」
追手が看守男――小太郎に訊く。
「おれのせいじゃない! こいつが檻をぶっ壊したんですよォ」
「これ以上ふざけたコトを抜かすと、追放されるぞ」
「それはイヤだァ〜! おれの居場所がなくなる!」
「そうだ、おまえの魂はどこも行くコトはない……。天国でさえも」
「なんでだよッ、なんでだよッ、おまえが脱走したせいでよォ〜ッ!」
(えっ、オレのせいなの?)
サトルはワケもわからず小太郎に肩を揺さぶられる。白服の男たちに囲まれて、どっちがピンチなのかわからなくなる。
「あー、コホン。あんたら、オレをどうしたいんだ」
サトルはわざとらしく咳払いをして注目を集める。
「捕らえて閉じ込めておけと、教祖様の言いつけだ」
「オレみたいなガキを? 法律守る意識はないのかよ」
「全ては理想郷へ行きつくため。教祖様の御心のままに……」
(なに言ってんだ、ダルいな……)
法を守る気がないなら、目には目、無法には無法だ。サトルは小太郎の背後に周り、腕で首を軽く締める。
人質作戦、決行だ。
「おい、コイツがどうなってもいいのか!?」
「構わないッ!」
「即答!?」
「貴様も追放されたくないのなら、教祖様のために動け!」
追手たちは人質になった小太郎を慮るどころか、さらに叱責する。これには小太郎も泣いてしまった。
見ていられなくなったサトルは小太郎を離し、肩を叩いて慰める。
「ああ、困ったな。案内してほしかったのに。泣くなよ、そのうちいいコトあるって」
「ぐすっ……。おまえを捕まえれば、いいコトあるかなァ?」
「ごめん、そりゃムリだ。オレ、捕まりたくないし、帰りたいし」
「おれだって……帰りたい」
「お互いがんばろうぜ。事情は知らんけど」
サトルは言いながら、中庭の見える窓を開けた。
「あんたらじゃオレは捕まえられねえよ。オレの目が赤いうちはな」
「やめろッ、死ぬ気か!?」
「生きるためだよ」
そう言い捨てて、サトルは窓から飛び降りた。追手が急いで窓から身を乗り出すも、目下に人影はない。
あったのは、ふわりと舞う黒い羽が一枚だけ――
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「――うう、寒い。冬に窓から飛び降りるモンじゃねえや」
「そのコメントがだいぶズレてる気がするが……。飛び降りるなら外側からのほうがよかったんじゃないか?」
「それだと、ちょっと目立つだろ?」
無事、中庭に降り立ったサトルは、木陰に隠れる。のどかな場所だ、四方から見える白服たちに目をつむれば。
「他にも気になるコトあるしな。バク、カバン出してくれ」
「消化してないといいがね。おえーッ」
サトルは眠らされる前に、背中でカバンを覆い被せ、バクの口の中に入れていたのだ。
吐いて荷物を出すという行為は、もはや見慣れたし、聞き慣れていた。
「毎度ありがとうな。にしてもあの教祖とかいうおっさん、なんなんだ?」
カバンからモバイルバッテリーを取り出し、スマホを充電する。
「スマホに触ったとたん、充電がなくなるなんて。90%以上あったのに。宝石が光ってからだぞ?」
「不幸、とか言っていたな。もし不幸を操れるのなら、空妖を装備している可能性もあるかもな。ましてや教祖サマだなんて。フフ、なんともコゲ臭い」
「空妖を装備、か。ありえない、なんて選択肢はないからな。頭に入れとこう。でもコゲ臭いってなんだよ、それを言うならキナ臭いだろ?」
話しているうちに、サトルは違和感を覚えた。なぜか黒い煙が視界に入ってくる。
「あれ? マジにコゲ臭いんだけど」
スマホに目をやると、モバイルバッテリーが黒い煙を上げていた。慌ててスマホからコードを抜こうとしたときには、もう遅かった。
モバイルバッテリーは爆発した。
「ウソだ、ウソウソ! ウソだろオイ! あるか? 爆発するヤツが!」
「だからコゲ臭いって言ったろう? 人のハナシは聞くものだぞ」
「不服そうに言ってる場合か!?」
サトルはすぐに学ランを脱いで、火に覆い被すように扇ぐ。なんとか消火はできた。
だが、ほっとしたのも束の間。
「煙が上がっていなかったか?」
白服たちがぞろぞろとやってきた。サトルはそのひとりと目が合う。
「あっ、あの学生だ! 教祖様の言うとおりにひっ捕えろーっ!」
「もー、池鶴さんの言う通りだ! こんなトコ嫌いだ!」
サトルは天を仰ぎ、嘆いた。早く帰りたいだけなのに、妙な集団に絡まれている現状に。
冬の空気が、いやに沁みた。




