家出少女?①
「それでさ……、どういう経緯で拾ったワケ?」
サトルは母の久美子と、拾ってきたという八尾池鶴をダイニングテーブルに座らせ、キッチンから久美子に声をかける。
キッチン越しからふたりの顔は見えるが、目は合わさない。
「だって、こんなに服は汚れてるし、親御さんも心配しているだろうし」
池鶴の恰好は、たしかに汚れている。黒い無地のTシャツに紺色のジーンズという、冬では肌寒そうなモノだ。
「警察には?」
「行きたくないって、首を振ってて」
「ふうん……?」
サトルは疑問を浮かべながら、ガスコンロに置かれた味噌汁の入ったナベを加熱する。
そういえば、ニュースで流れていた池鶴の情報提供でも、警察の番号はなかった。
「怪しいなあ。闇バイト申し込んだけど怖くなってー、とか?」
首を傾げて思わずつぶやきながら、大皿に乗ったチャーハンをレンジに入れて、加熱。チンできるのを待つ間に、急須に茶葉を入れ、ポットの湯を注ぐ。
「だって駅前で座って震えてたのよ? 道行く人はみんな知らんぷり」
「まあ、これだけ寒いとなあ。まずはこれ飲んで暖まって」
茶葉が開くのを待ってから、ふたつの湯呑みにお茶を入れ、久美子と池鶴の前に置いた。
「ありがと……」
聞こえるかどうか、という小さな声で池鶴が言ったのを、サトルは聞き逃さなかった。
(怪しいけども、悪い人ではないのかな。知らんけど)
続いてレンジが鳴ると、大皿に乗せたチャーハンを小皿に分けたあとで味噌汁も温まったので、お椀によそう。
タイミングよく温まったのと、ほんの少しだけ池鶴の人となりがわかったのも相まって、サトルの口元が上がる。
「はい。ちょっと少ないけど、召し上がれ」
「ありがとう、サトル」
「そういやレンゲってないの?」
「あったけど、落として割っちゃったのよね」
「あっそう」
お盆にチャーハンと味噌汁を載せ、ふたりに配る。いちおうレンゲを探したがなかったので、しぶしぶ箸を置いた。池鶴はゆっくりと手を合わせた。
「いただきます……」
池鶴はきれいな箸の持ちかたをしていた。無造作に盛られたチャーハンをつまみ、ゆっくりと口に運ぶ。食べているだけなのに、なにやら厳かな雰囲気を受けた。
「あらあら、すごく上品ね。サトルとは大違いだわ」
「ひとこと余計だわ!」
「次はもっとベチャベチャのチャーハンがいいわね」
「なに言ってんのさ……チャーハンはパラパラに限るだろ!」
「おいしい……」
池鶴の消え入りそうな声を聞き逃さなかった親子は、騒ぐのをやめて顔を見合わせた。
「やるじゃない、サトル!」
自然と笑顔がこぼれる。他の人に自分が作った料理が褒められると、こんなにうれしいものなのかと思った。
(母さんの手料理もおいしいとは思っていたけれど、これからは声に出して言おうかな)
そんなコトを思いながら、サトルは池鶴の食べる姿を見ていた。
……が、一向にチャーハンが減らない。お茶も、味噌汁も。食べるのがとても遅い。
「オレ、一番風呂いただいていい?」
痺れを切らしたサトルは久美子に小声で訊くと縦に首を振ったので、池鶴は任せるコトにした。
「はああああ……なんて日だ」
湯船に浸かって、疲れをため息に変えて吐き出してから、独りごつ。
「がぼ……ごぼぼ……」
「ん、バク?」
背後にブクブクと泡が沸いてくる。バクが話しがっているようなので、サトルは浴槽のヘリに腰を下ろした。
「キミは勝手に空妖を引きつけるが、ニンゲンまで引きつけるようになったな」
「連れてきたのは母さんだぜ。これも呪い絡みってワケじゃないだろ」
「きっと、まだな。それも時間だ経てばわかるコトだろう」
「曖昧な言いかただな。なにが言いたいんだ?」
「チヅルのあの手を見たか?」
「手?」
食べる所作は見ていたが、手など見ていなかった。
「ふつうに生きていて、あんなにボロボロになるものかと思ってな」
「そんなに言うほど?」
「まあ……色々あるんだろうがね。ただ、空妖から見たら、ふつうのニンゲンとは別の世界に生きているってカンジだ」
「そう、か」
バクが取り憑いてから一年も経ってないが、サトルは多くの奇妙な経験をして、もはやふつうというモノがわからなくなっていた。
(ふつうの生きかたって、なんだろうなあ )
ふつうというモノを考えすぎても、それは呪いに変わってしまうのだろう。
(……考えすぎないほうがいいか)
身体と頭を洗ってから、また湯船に浸かり、風呂から上がる。パジャマに着替え、ドライヤーで髪を乾かしてから風呂場から出てリビングに戻ると、光景が変わっていない。
「まだ食っとる!?」
いつもより長く入浴していたのに、池鶴はまだ少しずつ、黙々とチャーハンを食べていた。味噌汁とお茶の湯気は、もう上がっていない。
「サトル、ごちそうさま」
対する久美子は食べ終わって、食器がシンクに置かれていた。
「じゃあ、風呂入ってくるわね」
「えっ」
バスタオルと着替えを持ってすれ違う際に、久美子は耳打ちしてきた。
「あんまり喋ってくれないのよ。でも悪そうな子じゃないから、見ててくれない?」
「それはわかるけど……。でも気まずいて」
「じゃあ、よろしくね」
そう言って、久美子はそそくさと風呂に入った。急に家が静かになった。
どうせ池鶴は怪しいコトはしないだろうし、ひとりが好きなのかもしれないとタカを括り、サトルはソファに寝転がった。
「……ねえ」
サトルがスマホを弄り出した矢先、池鶴が声をかけてきた。
「ん?」
「食べるの遅くて、ごめんね」
顔を下げて言う。その姿はなんともいじらしかった。サトルも強く言えない。
「ああいや、いいよ。ゆっくりで」
「それと……ありがとう。私を家に上げてくれて」
(あれ? 意外と喋るぞ)
気をよくしたサトルはスマホを置いてソファーから身を起こし、池鶴の座るダイニングテーブルの対面に座った。
「お茶、入れ直そうか?」
「ううん。私、猫舌だから」
「そっか」
池鶴に初めて人間味を感じてから、やっと気づいた。箸の持つ手の肌が、妙な色をしていた。
赤よりも青いような、青よりも赤いような……。そんなヤケドのような跡が手の甲全体にある。袖で隠れた腕から先は、見る勇気がない。訊く勇気も。
「ねえ、どこから来たの?」
代わりに他のコトを訊いたが、ヘタなナンパのようだったなと反省した。
「四角くて、おおきな建物」
「それが……君の家?」
「よく、覚えてない」
「テレビでは津市から行方不明って流れたけど……」
「たぶん、そこ」
すっかり冷めた味噌汁をすすりながら、池鶴は答える。
「三重県……。どうやって、ここまで?」
「車に乗ってたけど、降りた」
「理由は?」
「イヤだったの」
(謎が……謎が多い!)
三重からここ東京に車で来て、なんの用だったのか。
観光? いや、そんな穏やかなものじゃなさそうだ。異様なまでに服が汚いのだから。
(まさか、逃げてきた?)
なにもわからないが、せめて今だけはゆっくりしてくれればいいと思わざるを得ない。
「なんか警察の取り調べみたい」
ようやくチャーハンを食べ終えた池鶴は、ぽつりと言う。
「えっ!? ご、ごめん」
「でも、私、怪しいよね。わかるよ」
初めて池鶴と目が合った。無造作に伸びた前髪から覗かせる無気力な瞳、そして今気づいたが、首元にもある。ヤケドのような跡が。
サトルが思わず黙ると、トドメと言わんばかりの発言が飛び出た。
「怪しいといえばさ……、あなたの背中。なにかいない?」
「――ッ!?」
光の灯らない池鶴の目は、全てを見透かしているような、なにも見えていないような、そんな瞳。目が合ったサトルは図星を突かれたコトもあり、心臓がドクンと鳴る。
「まあ、なんでもいいか。ごちそうさまでした」
「あ? ああ、お粗末さまでした」
掴みどころのない人だと思った。
池鶴はお茶を飲み終えた後、久美子がいつもより早く風呂から上がった。
「おまたせ。池鶴ちゃん、お風呂入る? 食後すぐで悪いんだけど」
池鶴は小さく頷くと、久美子は風呂場に案内した。
「母さん、どうするん?」
「今日はウチに泊めて、明日になったら帰しましょ」
サトルにとったら、それは帰ってもらうのが一番だ。だが、あんなヤケドの跡を見てしまったら、それでいいのかと自問する。
「なんだか、これから大変なコトになりそうだなあ」
きっと会えたのも、縁なのだから。




