プロローグ おかえり
【注意】
この物語の後半には、大地震を思わせる破壊描写や、東日本大震災の描写があります。
どうか、これを念頭に読んでいただけたら、幸いです。
── 東京都・昭鳥市
「冷え込んできたな……」
床暖房を利かせたリビングで、寒々とした暗い空を見つめながら、禅院サトルはつぶやく。
暦は12月。家の明かりが、よりまぶしく感じるのは、気のせいではないだろう。
「にしても、ママさん遅いな。帰ってくるの」
リビングにいるのはサトルただひとりだけ。にも関わらず同意を求める声の正体は、サトルの背中に取り憑く空妖――バクだ。
空妖とは、簡潔に言えば妖怪のようなものである。そんな存在に取り憑かれているのは、先祖にかけられた呪いを継いだからだ。
「もしかしたら、おみやげあるかもよ? 焼きイモとか」
「フフ、楽しみになってきた。ワタシの腹の虫が鳴いているぞ」
「腹なんてないクセに」
「おっと、そうだった」
しかし呪いの影響とはいえ、ひとりとひと口の関係は良好だった。
「でも、たしかに遅いよなあ。そろそろ帰ってきてもいい頃合いなのに。忙しいのかな、パート」
「キミがせっかく作ったご飯が冷めてしまうな」
「またチンすりゃいいよ」
談笑がてらテレビを点ける。特に見たい番組はないが、ただ静かだと寂しいからだ。静けさを紛らわすためなら、つまらなさそうなニュースでもよかった。
『続いて。3日前から行方不明になった、三重県津市棚田町に住む八尾池鶴さんの情報を求めています。些細な情報でも構いませんので、この電話番号に連絡を――』
画面には、サトルと同い年くらいのうつむいた女性の写真が映っている。このご時世、気分がよくなる報道なんてモノはない。暗い気持ちになるだけだ。
チャンネルを変えようとするも、自分の中にある違和感がそれ止めた。
「なあキミ、ホントに探して欲しいなら、明るい場所で撮った正面の顔を出すよな?」
違和感をバクが口に出してくれた。
「だよな。なんか他にあるだろ、卒アルの写真とか。あと最後の電話番号、警察に連絡するモンじゃないのかな」
「これで情報が出るとは思えんな」
のんびり談笑していると、カギのかかった玄関のドアノブがガチャガチャと4回音を立てる。
これが帰宅の合図だ。
「おっ、帰ってきた。バク、隠れてろよな」
「わかったよ」
バクが取り憑いてから半年以上経っても、母の久美子にはヒミツにしている。もちろん、呪いのコトも。余計な心配はかけたくないからだ。
カギの開いた音がすると「ただいま」という、いつもの声。サトルは安心した。
「おかえり、おつかれさま。風呂に入れるけど、どうする?」
「遅くなってごめん。ご飯は食べた?」
「食べたよ。母さんのぶんも残してるけど……」
「いやー、悪かったわね」
サトルがリビングから声をかけると、バタバタと床が鳴る。なにやら慌てている様子だ。それは顔にも出ていた。
「どうしたん?」
「いや、実はね……」
顔を見せるなり、久美子はまた玄関のほうへ引き返していった。サトルの頭には?マークが浮かび上がる。
「ほら、きなさい……」
小声でなにか話しているのが聞こえる。サトルはピンときた。
「あっ、もしかして……拾ってきた? ネコとかイヌとか」
「うん。惜しいわね」
「惜しい!? ノラ拾ってくるのに惜しいなんてコトある!?」
なにかの生き物を拾ってきたのは間違いなさそうだった。だが他に捨てられた動物は思い浮かばなかった。
(他のペット……ウサギ? モルモット? カメとか?)
様々なイメージを思い浮かべるが、それを見た瞬間、抱いたイメージなど軽々と吹き飛ばされた。
久美子に肩を押されながらリビングに上がったのは、見識はないが見覚えのある女性だった。うつむいて、顔はよく見えない。
「正解は人でした〜」
「えっ、その人……。なんで? なんでウチに?」
だからこそ、すぐにわかった。その人の名前が。顔が。
「なんで3日間も行方不明の人をウチに上げるんだあああッ!?」
その人の名前は、八尾池鶴。
彼女が何者なのか、どんな生い立ちなのか、どんな秘密を抱えているのか。
まだ、誰も知らない。




